むらさめの 6
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半ば強引に新を部屋に引き入れた千早は、机の引き出しから紙袋を一枚取り出して、中身を自分と新の間にそっと置いた。 「懐かしいでしょ」 「……千早もやっぱ、のけたった(取ってあった)んか」 福井の新の部屋にも、今目の前にあるのと同じ赤いTシャツがある。背中には自分の筆跡で「チームちはやふる」と書き込まれた、この世に三枚きりのTシャツだ。 「源平戦でもいいから、また一緒のチームでかるたしたいね。あ、もちろん新と対戦もしたいけど!」 「……欲張りやな。……まあ、おれもおんなじ事考えてたんやけどの」 そんな事を話していると、階段を上がってくる足音が聞こえてきた。 「綿谷くん?」 「あ、はい」 千恵子が開けっ放しのドアの所から呼んでいる。立ち上がって歩み寄ると、濃いピンク色の携帯電話を差し出してきた。 「ポケットの中探しちゃってごめんなさいね。何度か鳴ってたから」 「あ、すみません。ありがとうございます」 礼を言って受け取り履歴を見ると、父からメールが何通か届いているようだった。 「何やろ、父ちゃんがメールって珍しい……」 受信トレイには『感謝しろよ?』という件名が並んでいる。何の話や、と言いながらメールを開く。 「……は?」 何も書かれていない画面に、ゆっくりと添付画像が映し出されていく。ホテルのロビーで千早と待ち合わせた時に彰が撮った写真だった。 「なに?」 千早が首を傾げている。その目の前に新は黙って携帯を差し出した。 「あーっ!」 フレームの中で照れている新と千早の姿がそこにあった。 「新、これ転送して?」 「え……この写真をか? 千早はともかく、おれ変な顔で写ってるんやけど……」 元来照れ屋なせいで、新は写真を撮られる時にあまりいい表情が出来た試しがない。試合中撮られたものと、祖父と一緒に写っている子供の頃の何枚かが例外だと思っている。 「そう? ……でも、どんな顔してても新は新だよ。私は好きだけどな、この写真」 そんな風に言われるのは初めてな気がする。 「ほうかぁ? ……千早がいいんやったらほんでいいけど。何枚かあるみたいやし、順番に転送するわ」 「やった、ありがとう!」 大輪の花のような笑顔に気を良くした新は、彰が送信してきた画像を一旦自分の携帯に保存した。そこからさっき見た一枚目をメールに添付して千早の携帯に送る。二枚目、三枚目も二人で写っているのでそれも続けて送信を終え、転送し忘れはないかと保存フォルダを呼び出した。 「……?」 保存フォルダの最後の一枚。撮ったのは父らしいが写っているのは一人だけだ。新を待っていた時だろうか、ロビーのソファに一人腰掛けている千早の姿がフレームに収められていた。 (……父ちゃんおれより後にロビーに来た筈やけど……) あり得る可能性に思い当たった新は頭を抱えそうになる。偶然ロビーで見かけた千早を芸能人か何かと思って携帯で撮った。その後新と一緒に席を立ったから、さっき撮った相手が息子の友人と分かって一緒に送信してきた、そんな所だろう。 「新?」 千早の声で新は我に返る。 「あ、いや、ごめん。最後の一枚だけ手ぶれが酷かったでさ」 「そうなんだ。……でもまあいいや。新と一緒の写真ってナニゲに初めてだし」 嬉しそうな千早の表情に、新は少しだけ後ろめたさを覚えてしまう。送らなかった千早だけが写っている一枚は実の所ブレてもボケてもいない。言ってしまえばこの一枚は父の携帯からも消去して、自分だけで持っていたいと思ったのだ。 (……父ちゃんの事や、携帯に残してたら絶対色んなとこで見せびらかす……) それもどこか言い訳のように感じられる。 「……ごめん、嘘。……これ、最後の一枚」 やはり千早を目の前にしていると、小さな嘘も吐き通せない気分にさせられる。新は自分の携帯画面を千早の方に向けた。ディスプレイを覗き込んだ千早の頬がぽっと赤くなっていく。 「と、父ちゃんの携帯のデータは消させるで……これ、おれ持ってていいか? ……その、待ち受けとか」 尋ねるだけで耳が熱い。答えを迷っているのか千早は自分の携帯を取り出して、転送された画像をじっと見ている。 「……新」 顔を上げないまま千早が名を呼んできた。 「な、何?」 やはり気に障っただろうか。綺麗に撮れている写真は勿体ないが、消した方がいいかと聞こうとしたその時、いきなり目の前に閃光が走った。 「……わッ?!」 咄嗟の事で新は目を閉じられず、瞬きをするたびに残像がチカチカと残る。その向こうに目の高さに携帯を掲げた千早が見えた。これでお相子だよ、と言われてしまっては新は降参するしかない。 「私もこれ、待ち受けにしようっと」 (まあ、千早がいいんやったら、ほんでいいか……) 「ほやけど、ホントにダディベアだらけやな、千早の部屋は」 写真の話をこれ以上続けると、多分照れくさくて耐えられそうにないと新は話を振ってみた。 「だって可愛いし」 その意見には同意しかねるものがあったが。 「この前、ブックカバーの新作が出てたんだあ。ほらこれ!」 そう言って一冊の本を引き抜いた拍子に、何かの紙が一枚はらりと床に落ちた。新が何の気なしに拾い上げたそれには、「短歌二十選」と印刷されている。どうやら学校で配られたプリントらしい。その中に千早の名前が見え、ふと目線を動かす。 『かささぎが渡してくれたあの声をお守りにしてかるたに向かう』 携帯電話がかささぎのようだ、と言っていた千早らしい歌だと思う。 「千早、これ落ちたざ?」 そう言ってプリントをひらひらとかざすと、千早はもの凄い勢いで新の手からプリントを引ったくった。 「こ、これはあの、その! ……えー、っと……」 千早の口調が急に歯切れが悪くなった事で、新は何となく理由が分かったように思う。 「別に無理に言わんかっていいざ。……大体は見当付くし」 「何で分かんの?!」 目を丸くして千早が聞いてきた。 「何でって……おれかって高校生や。何やかんやで課題出るがの」 「えっ、新も点数足りなかったの?!」 語るに落ちるとはこの事だろう。堪えきれずに新はつい吹き出してしまい、慌てて手のひらで口を押さえた。 「新ひどーい、何で笑……あ」 ようやく千早も自分が何と言ったのか思い至る。 「や、ごめんな笑ろて。お詫びって言ったら何やけど……」 そう言って新は携帯電話を取り出し、画面を睨んでしばらく何事か考えた後、文章を入力してボタンを操作すると、すぐに千早の携帯がメール着信を報せてきた。 「新、これ……」 「ち、千早のかささぎの歌……の、返歌。……即興やで変やけど、わ、笑わんといてな」 千早の携帯画面には、短い一文が表示されていた。 『かささぎが渡す声より雨の日の懐かしい部屋で札を取る君 新』 |