むらさめの 5
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ようやく浴槽から上がった新は、風呂の床や椅子など自分が使った物にシャワーの湯をかけて浴室の端に片付ける。そのまま手にしたシャワーで上がり湯を浴び、脱衣所へのドアを細く開き、腕だけ伸ばしてバスタオルを掴んだ。 (よそんちの床なんやから、汚さんようにせんと……) 浴室でざっと身体を拭いてから脱衣所へ出る。確か千早が着替えを置くと言っていた。左右に目線をやると、脱衣籠が床に置いてあるのが見えた。 「まああんだけずぶ濡れんなったのに、下着が無事ってだけでもラッキーやな」 そう呟いて、千早が貸してくれた着替えを手に取った新の動きがぴたりと止まる。 「……ダ、ダディベア……」 グレーのパーカースウェットはともかく、前身頃にでかでかとプリントされた千早一推しのキャラクター、ダディベア。 (そう言うたら詩暢ちゃんも大会とかで変わったTシャツ着とったけど……かるた強い女の子って、こんなトコも似るんかなあ……) とりあえずその微妙な熊は脇へやり、スウェットパンツを履く。千早は女性としては背が高い部類に入るから裾は気にするほど短くはならない。ウエストが少し心配だったが紐を結ばなければ何とかなった。 「借りもんに文句言(ゆ)ったらあかん……あかんよな、やっぱ」 この際気にしない事にして、パーカーを頭から被る。生地が動いた時微かないい香りが新の鼻をくすぐった。 (洗剤の匂い……? でもないな。何やろ……でも、いい匂いやなあ) 少しだけ袖丈が短いが、それは肘までたくし上げれば問題ないだろう。 「……よし、と」 使い終わったバスタオルを畳んで手に持ち、新は脱衣場を出るとリビングへ向かった。 「あ、お風呂頂戴しました、ありがとうございます。……バスタオル、どこ片付けたらいいですか?」 リビングと続きのキッチンに居た千恵子に風呂の礼を述べる。千恵子は新からバスタオルを受け取ると洗濯籠に入れ、新に椅子を勧めた。 「おおっ、新もダディベア似合うー!」 先に座っていた千早が目を輝かせて新のダディベアデビューの感想を口にした。 「……男が似合うててもしょうがないやろ……」 椅子を引きながら、ぼそりと返す。 「そろそろ千早も卒業して欲しいけど。……綿谷くん、お茶どうぞ」 千恵子がお茶を勧めながら、二人の向かいに腰を下ろす。その様子から新は、千恵子が自分に何か聞きたい事があるらしいと気付いた。 「千早は昔っからこんな子だから、綿谷くんや他のお友達の事振り回したりしていない?」 「お母さん、振り回すって酷くないー?!」 言い返しかけた千早を手で制し、新は「いいえ」と答えながら姿勢を正し、千恵子に視線を向けた。 「おれ東京に来たばっかの頃、言葉とかのせいもあって馴染めずにいたんですけど……千早に助けられたんです。何べんも。……千早自身は助けようって思ってした事でなかったんかも知れんのですけど、おれには凄い有り難かった事で、どんだけお礼言っても足りんぐらいです」 普段は口数の少ない新が迸るように話す姿を、隣で千早は黙って聞いている。お礼を言われるような事は何もしていないと思っているが、新が感じた事は新のものだからそれでいいと考えていた。 「そんな事があったのねぇ……それで、綿谷くんにとって千早は今も『恩人』なの?」 「いえ、かるたではライバルやと思ってますけど、……それも含めて、おれ……この前千早に好きやって伝えました」 最後の一言を伝えるべきかどうか少し迷ったが、千早に対して誠実でありたいのと同じに、千早の家族に対しても正直でありたい。それに千早の事が好きなのは己の偽らざる本心なのだから、包み隠さず告げる方を新は選んだ。 「お、お母さん……」 新の言葉を受けて千早がおずおずと口を開いた。 「わわっ、私もね、新に好きって答えたよ。ほ、ホントの事だし」 二人並んで耳まで赤くなったまま、固まってしまう。沈黙を破ったのは千恵子のクスクス笑う声だった。 「やあねえ。お母さんそんなの気付いてたわよ。……だって千早、綿谷くんの事話す時は表情が違ってたもの」 千恵子が笑っている事で、千早も新も少しだけ緊張が解れてくる。 「───綿谷くん」 「はっ、はい」 「私は反対しないわ。……もちろん、節度は守ってもらうけど」 その言葉を聞いた新はやおら椅子から立ち上がり、深々と頭を下げた。千早も新に倣い、慌ててその隣で深く一礼する。 「……ありがとうございます。ご心配おかけしないように努力します」 「ありがとうございますっ!」 ふっと千恵子は笑い、パンパンと手を打ち鳴らす。 「堅苦しい話はこれくらいにしましょうか。綿谷くんのスーツ、まだ湿ってるのよね。乾くまで待っていらっしゃい」 頭を上げた新の背中を千早がぐっと掴む。 「新、付いて来て」 「え、ちょ……ほんな引っ張ったらコケてまうって。……すいません」 千恵子に会釈を返す暇さえあるかないかという勢いで、千早は新を二階へと連れていった。 |