保湿系トライアルセット

むらさめの

福井弁特有の言い回しは括弧内に補足しています



 部屋でお気に入りのダディベアに囲まれて寛いでいると、不意に携帯が鳴った。取り上げてディスプレイを見ると、千早は大慌てでフラップを開き「通話」ボタンを押す。
「もしもし、新?! 珍しいね、新の方から電話かけてくるって。どしたの?」
『え、うん、まあ……千早、次の休みって何か予定とかあるんか?』
「え? 白波会の練習」
『……練習かぁ』
「うん」
 電話の向こうから、そっか……という呟きが聞こえてきた。
「なに?」
『親戚の結婚式がそっちであって、おれもそれ出るんやわ。……その後にちょっと会えんかなって思ったんやけど……。練習やと無理言われんなぁ』
「え、新こっち来るの? 会えるよ、会うー! 次の日に倍取るもん! で、何時? どこ?」
 矢継ぎ早の質問に受話器越しの新がプッと吹き出す。

 『ありがと。場所とかは後でメールするわ。ほんで、そん時ちょっと千早に頼みがあるんやけど、いいか?』
「私で出来る事だったら勿論いいけど」
『良かった。……実はの、おれら通ってた小学校にちょっと行ってみたいんやけど、式やるホテルからやと今イチ道順自信ないんや。ほやで千早に案内頼めたらって思ったで電話したんや』
「なんだ、そんなのお安い御用だよ! じゃあ、式やる場所と終わる時間メール待ってるね!」
 じゃあね、と通話を終える。
「そっかー。新と東京で会えるんだ……」
 試合会場で顔を合わせても、落ち着いて話せる程時間は取れない。新がこちらの大学に来るまでは仕方ないと考えていたが、思いがけず二人で会える機会が訪れた事に千早の顔はどうしても綻んでしまう。
「そう言えば私も、卒業してから行ってないなあ、小学校……」
 夢の始まった場所。そしてかるたへの情熱を教えてくれた新と出会った場所。今の自分達には、あの小学校はどんな風に見えるのだろうか。そんな事を考えていたら、携帯電話がメールの着信を告げた。
「あっ、来た!」
 新からのメールには親戚の結婚式が行われるホテル名や住所と、式の予定時間が書かれている。その最後に『お開きの時間がずれるかも分からんで、ロビーで待ってて』と書き添えてあった。千早は手早く了解と返信を送り、わくわくした気分で勢いよくベッドに飛び乗った。

 「……ふう」
 電話を切った新は階下へと移動する。居間では両親が式に出席する準備をしている筈だ。襖を開けると案の定、新の母は留袖の帯はどちらがいいか並べて悩んでいて、それに父が「どっちでもいいがの」といい加減に言葉を返している所だった。
「父ちゃん、母ちゃん。ちょっといいか?」
「何や、どうしたんや新?」
 帯選びの話から逃げられる、と彰は即座に息子に答える。
「結婚式の後、おれ友達とちょっと会いたいんやけど、いいやろか」
 式の後に親戚達が連れだって食事に出かけるかも知れないからと、新は予め両親に言っておく事にした。
「おう、行ってこいや」
「ほやけど新、あんたお友達の都合は聞いたんかし?」
 彰はあっさりと承諾するが、麻里は相手に迷惑ではないのかと思案顔になる。
「うん、さっき電話して聞いたで大丈夫やって」
 息子の手回しの良さに麻里はやれやれと頷いた。

 「ほんでお友達って、どの子やの」
「ああ、うん。千早やけど。……東京にいた時、母ちゃんいっぺんだけ会うてるやろ、覚えてえんか?」
 麻里はしばらく天井を見上げて記憶を辿る。
「千早ちゃん……ああ! あん時のガールフレンドちゃんか!」
「ガ……っ」
 流石に新も口ごもってしまう。今となっては母の言う通りではあるのだが。
「新も一丁前な事やってんにゃなぁ。……写真とかないんか? 携帯の待ち受けとか」
 茶化すような彰の一言だが、そう言われてみれば、と新はふと思った。小学校の卒業アルバムの他は、高校一年の時、東京予選を突破したというメールに添付されていた、携帯のカメラで写したらしい大きさの部員全員の写真しか持っていない。
「いや、パソコンのメールに一枚だけ付いてるけど……部の人らと一緒のやつ」
「集合写真なんか見たかって、面白ないがの。新、ちっと抜けてるんでないんか」
「べ、別にいいやろ、写真なくったかって……もう寝る」
 ぷいと席を立つ。彰の大笑いを背中で聞きながら、新は部屋に戻った。

 「……んっとに父ちゃんは……」
 不思議な事にこれまで、千早の写真が欲しいと思った事がなかった。かるたで深く繋がっているという信頼のせいもあるし、大学に進めば会う機会も今より増えるだろうから、今無理に頼む事もないと思っていた。
「けど、どうなんやろ……千早は」
 学校の友人には、片思いの相手や恋人の写真を待ち受けにしている者は結構居る。お互いの気持ちは確かめ合ったが、千早自身はそういう事に憧れているのかどうか、よく考えたらそれすら尋ねた事がないと気がついた。
(聞いてみよっか……。おれがほんな事聞いたら、笑うやろか)
 どうやら自分も父にいくぶん感化されたらしい。苦笑を一つ頬に押し上げると、新は床に就くことにした。






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written by Hiiro Makishima