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「……あれ、ポストん中何か入ってるな……チラシか何かやろか?」 大学から帰った新はアパートの集合ポストに何か入っている事に気が付いて、中身を取り敢えず全部引っ張り出してから部屋に入った。思った通りほとんどはフリーマガジンや業者のチラシだったが、一枚だけ毛色の違うものが入っていた。 「管理会社からのお知らせか。……ええっと……」 近隣住民から騒音の苦情が出ているとの事で、深夜に音楽を聴いたり、人を招いたりする際には各自周辺住民に配慮するように、と書かれていた。文面から判断すると、管理会社は全戸に注意喚起のチラシを入れたらしい。 「音楽はまあ、おれ聞かんし、素振りの音は入居ん時に聞こえそうな部屋の人には全員、挨拶しといた筈やけど……人を招いた時、って言われると……どうなんやろ。響いたり、してるんやろか……?」 もっともこの部屋に招き入れる相手も一人しかいない。新の思考はいきおい、「千早が部屋に来ている時に響く物音」に向いてしまう。 「……ほんなもん聞かれてたら、挨拶とかしづらいなあ……」 どうしたものか、と新は胡座をかいて考える。 「そんな雰囲気んなった時に、どっか行く……? ……って、ほんなもんどう判断したらいいんや……。大体、そういうトコどこにあるんかも知らんがし、おれ。大体ああいうトコってお金かかるやろし」 親からの仕送りとバイトで食いつないでいる身にそういう余計な出費は痛い。定期的にバイトに入れるならともかく、平日は授業と部活、日曜は全部ではないにしろ大会に出る事もある。そのため新が一月にバイトで稼ぐ額などたかが知れている。 「……ほうなると千早が来ても、そういう事せんとく、ぐらいやけど……。もっと無理やろ、ほんなもん……」 好きな相手がすぐ側に居て、指一本触れる事さえ我慢出来る気がしない。新は胡座のままごとりと身体を横倒しにした。 「おれが部屋に居る時は、気になった事ないけどのぉ」 新がこの部屋に住み始めて、上階や隣の物音が気になった事はないが、それは「生活音」に限った話だ。それとは逆に、男の一人暮らしだと分かっているこの部屋に千早が来ている時に、周囲が聞き耳を立てていたりするのだろうか。 「あー……もう。聞くのも何かアレやけど、相談……するしかないかの」 今度千早に会う時にでも見せて話そう、と新はそのチラシを鞄に仕舞い込み、残りの広告はゴミ箱へ放り込んだ。 「あっ、新。ちょうど良かったあ! 今メールしようと思ってたとこだったんだ」 大学のメインストリートでばったり顔を合わせた千早は朗らかに笑いながら駆け寄ってきた。 「……メール?」 「うん。私が取ってる講義のレポートにね、子供の遊びについて色々書かなきゃいけなくてさ。……で、良かったら新にも話聞かせて欲しいなあって」 「それは構わんけど、おれの話が参考になるんかどうか分からんざ?」 何しろ物心つくより先にかるたを祖父から仕込まれた新は、世間一般の子供がするような遊びもあまりした記憶がなかった。 「うん、新がした遊びじゃなくても、幼稚園とかで見たとかでもいいんだ。私も自分の記憶とかひっくり返して書いてたんだけど、流石にネタ切れになっちゃって。……お願いしていい?」 「ん、分かった。思い出しとくわ。……あ、おれも実は千早にちょっと相談……っていうか、まあ、そんな感じの話があるんやけど、レポート上げてからでいいで、聞いてもらっていいやろか?」 その頼みに千早は「もちろん!」とにっこり笑う。内容が内容だけに申し訳ない気もしたが、話さない訳にもいかないだろう。 「じゃあさ、帰りに寄らせてもらってもいい? 新のとこ」 「……んっと……いや、うん。いいざ、おれんとこで」 どこか別の場所で話そうかと一瞬考えたが、千早のレポートの事もある。夕方早い時間なら近所迷惑にはならないだろうと新は自分の部屋で話す事にした。 「まあ、入って。お茶淹れるし」 「うん、お邪魔しまーす」 千早を部屋に通し、お茶の用意をしながらどう話を切り出したものかと新は考える。 (……って言うか……どう話したかって、『そういう』単語は出てまうか……。まあとにかくまずは千早のレポートの話やな……) 「はい、熱いでの」 礼を言ってマグカップを受け取った千早はお茶を一口飲んで早速ノートを取り出した。 「子供ん時の遊びやったっけ。福井は雪降るで、やっぱ雪遊びはようやったかもの。かまくら作るとか、雪合戦とかもやけど、山作って、途中にジャンプ台作っての。ソリとか短いスキー使ってそこ滑るんや。よう飛ぶように、子供なりに工夫したんやよ? 段差とか傾斜とか。……ほんな話でいいんかな?」 「うん、すごく助かる! 私雪遊びって、ほら……三人でやったじゃん? あれくらいしか記憶になくってさ。ジャンプ台って、かなり雪ないとダメなんじゃないの?」 千早が首を傾げながら聞いてくる。 「道路とか屋根、雪かきすればもうでっかい山出来てまうでさ。ほういうの、大抵空き地に集めるで、後はもう子供の遊び場や」 「へえ、いいなぁ……」 「結構大変やけどの。雪ん中に長靴がぼって……あ、『がぼる』って福井弁か。えっとの、雪ん中に填り込んで抜けんくなったりするし。……後は何したやろ……? まだ日にち余裕あるんやったら、地元のもんに電話して聞いてみよっか?」 「そこまではいいよ。今の話だけでもいいレポート書けそうだし。ありがとうね」 お安いご用だと新は笑う。 「……で、新の方の話って、どんな事?」 千早に聞かれ、一瞬新は固まってしまった。 「……新?」 「あ、ああ……ごめん。いや、実は集合ポストにこんなの入ってたんや」 新は自分の鞄から、先日投函されていた騒音について書かれていた管理会社からのチラシを取り出して千早に見せる。 「……これ、新にだけ来てたの?」 「全部の部屋に入ってたみたいやけどさ。……ここ入居する時に、上とか隣の人にはおれは競技かるたの選手で、素振りで畳を打つ音がするかも知れん、って挨拶はしておいたんやけど、他の音とかで何か言われたら嫌やしさ」 千早はもっともな話だ、と相槌を打っている。 「他の音って、例えば朗詠CDの音とか? でもそんなに音量上げてないよね?」 「うん。……かるたの事で何か言われた事はないんやけどさ……その、な……? どの位外に響いてるんか分からんなって思ってるのは、そういう音でのうて……」 なかなかその一言を口に出せず、新の口はぱくぱくと金魚のように開いたり閉じたりを繰り返す。 「何?」 (……覚悟決めて、言わなあかんよな、やっぱ) 千早を送って行く時に、彼女が妙な目で見られるのは嫌だ。新は大きく息を吸い込んでから口を開いた。 「ろ、露骨な言い方するけど、ゴメンな。……ち、千早と……してる時の……声とかが、さ。隣とかに聞こえてたら嫌やなあって……思ったで……話しとこう、って……」 「……そ、れって……あの、私の……声、だよね……? ひ、響いてるの?」 二人揃って茹で上がったように真っ赤になってしまう。 「や、今んとこ何か言われたとかは、ないんやけどさ。……隣に迷惑掛けるのも嫌やけど、隣に聞かせるのも嫌やし。ほんで、どうしようかって話そうと思ったんやけど……」 「……どうしようか、って言われても……」 千早も困ったように下を向いてしまう。 「えと……例えば、ここに来ても……しない、とか?」 「……おれも実はそれ考えたんやけど……、ごめん、絶対無理」 偉そうに言い切る物でもないだろうが、千早と一緒に居て触れるのを我慢していたら、まず間違いなく新のヒューズが飛んでしまうだろう。 「ほんで次に思ったのが、……そういうトコ行く、やったんやけど。……おれ場所知らんし、仕送りで生活してる身でほんなトコ行くのもやっぱの。後ろめたいちゅうか」 「まあ、うん、そうだよね。……お互い、お金に余裕ある訳じゃないし」 千早にしてもそういう所へ行った事はない。一度くらいは好奇心で行ってみたいと思わなくはないが、財布の事情という現実的な問題が横たわっている。 「ほやで、まあ……一番現実的なのは、その……、千早が……声を我慢、する事……やと、思うんや、けど……」 そう告げる新の顔は「一緒にかるたをしよう」と告白した時以上に真っ赤になり、言葉もどんどん小さくなっている。 「……我慢って、例えばドラマの誘拐シーンみたいに、何かで口塞ぐってこと?」 千早の頭に最初に浮かんだのはそれだった。 「それ……猿轡って事やろ? ……それは流石にちょっとのぉ。痛々しいっちゅうかさ」 それも本音だが、何かで千早の口を塞いだら、キスが出来ないというのも新の心の中にはあった。そう考えた時、新はふと閃いた。 「……あ、そうや。……あのさ、今ちょっと思ったんやけど……し、してる間……ずっと、キス、してたら……どうやろ?」 どうだろう、と問われても正直千早にも、可能なのかさえ答えようがない。 「分かんないけど……新に迷惑掛けたくないのもホントだし。……わ、私も出来るだけ、自分で我慢してみる……で、どうかな……」 新は一度天井を仰いで大きく息を吐く。 「……試してみんと、分からんわ」 短く言って千早の腕をぐいと引き、胸にしっかり抱き留めた。 |