保湿系トライアルセット

POSSLQ 15



 三月の入居日。予定を合わせて同行してくれた新と一緒に、契約した部屋に最初の一歩を踏み出した。
「浸るのは後でいくらでも出来るでさ。引っ越し屋来る前に掃除だけしとこ? 床だけでも」
 新は実家で借りてきた掃除道具を手に呼び掛けてきた。確かにこの後家具を買い足しに行くのだし、設置してしまったら掃除が難しい箇所もある。
「あ、ねえ。ベッドの枠とかが畳傷めないタイプなら、買っちゃおうよ。収納ついてたら便利だし」
 フローリング部分をモップがけしながら、隣の和室で畳を拭いている新に呼び掛けた。
「そうやな。収納あると確かに楽やし、ちょっと奮発しよ。……ダブルでいいんやろ?」
「え、あ……う、うん。けどお布団とかは?」
「枕は当たり前やけど二つやし、……ほやなあ、タオルケットとかはシングル二枚でいいかもの」
 床のモップがけを終えた千早は一旦メモを出し、今の話を書き留めて浴室の方へと移動し、水回り掃除用のブラシなど買うべきものをメモに付け足す。
「お風呂掃除は買い物済んでからでいいし」

 「他に買っておくものって何かあるかな。私も今日ここで一晩過ごしたら卒業式まで来れないかもだし」
「……それって、次にこっち来た時にすぐ生活始められるように、って事やろ? カーテンは確定やな。おれの部屋にある物が入るで、タンスとかの収納一つと、テーブルぐらいやろ。台所用の。調理家電とか鍋なんかは足りんかったらそん時買えばいい事やしさ」
 そうだね、と和室の掃除を終えて出てきた新に頷き返す。
「さすがに夕飯は外で食うしかないな。今なーんもないし」
「しょうがないよね。……あ、引っ越し屋さん着いたっぽい」
 千早の耳が捉えた通り玄関のベルが鳴り、千早が部屋から持ってきた荷物が運び入れられる。もっともそう多くはない。向こうで使っていたファンヒーターや寝具、コートなどを掛けておける細いラックと新が使っていたような衣装ケース。
「……除湿器? 千早持ってたか?」
「あ、これだけは新しいの買ったんだ。加湿器しか持ってなかったから」
 なるほど、と言っているうちに運び入れは終わる。新の家に掃除道具を返し、車を使わせてもらって家具や生活用品を扱う大型店舗へと出掛けていった。

 店内に表示されていた、配送関係の案内に目を通す。
「……大きい物はおれの引っ越しと合わせた方が無難か。玄関先で受け取ると取り回しとか厳しいし」
「けど無料のトラックあるよ? 寸法に問題ない物なら、今日持って帰って据えられるんじゃないかな」
 確かに千早の言う通りだが、自分の目線で考えてみると一つ気掛かりな事があった。
「乗ってきた車、千早、一人で運転大丈夫か? 道もやけど、結構乱暴な運転する人居るでさ……」
「でも慣れないとだし。ゆっくり走るから、新が先導して? それで道順は覚えてくから」
 そうするしかなさそうだ。頭を切り換えて店内を見てまわり、カーテンやセンターラグ、さっきメモした水回りの掃除用品、それにダイニングテーブルを選ぶ。
「あ、組み立て式あるじゃん。二人だし、こんな感じで良くない?」
「へー……これ、テーブル伸ばせるんやな。いいと思う」
 そして本題のベッドとそれ用の布団セット。
「布団は今日持って帰れるやろ。大した重さでないし、和室の押し入れに片付けとけるしの」
 店員を呼んで、日付指定で選んだベッドとタンスの配送をお願いする。他の嵩張らないインテリアは借り受けたトラックに積み込み、二人で一台ずつ運転をして部屋に戻った。

 カーテンを取り付け、ダイニングテーブルを組み立ててフローリングの床に据える。千早が家から持ってきたラックは本人の希望で玄関に置き、コートハンガーに「転職」させた。
「……部屋らしくなってきたなあ」
「だね。あ、お風呂とか掃除する洗剤買ってこないと」
 それならドラッグストアが安いからと、トラックを返しがてらまた買い物に出る。
「えーっと、卒業式済んだらすぐ使うんだから、洗剤とシャンプーとかと、んー……」
「日用品やな。あ、これもカゴ入れといて」
 そんな事を言って新が寄越したのはコンドームの箱だった。
「え、ちょ……」
 狼狽える千早の耳に片手を当てて内緒話をする。
「……必需品やろ?」
「それは……そうなんだけどさ……」
 なにも日が高いうちに言わなくてもと耳が熱くなった。

 「あっと、そうだった。新、どっか合い鍵屋さん寄ってくれる? 新の分の鍵作っとかないと」
「そうやったな。……って、おれもあっちの部屋の鍵、受け取っとかんと。引き払う時に大家さんに返すでさ」
 じゃあ今のうちに、と千早はキーホルダーからアパートの合鍵を外して、新の手に乗せる。
「……この鍵、出番はそこまで多くなかったんやな」
「新が風邪引いてた時は、貰ってて良かったー、って思ったなあ」
 元々は通学中の安全確保のために千早に渡した合鍵だったが、幸いその理由で使った事はない。その出番のなさを二人で笑い合い、新しい鍵を作りに向かった。
「はい、新。無くさないでね?」
 店を出て車に乗り込んだ千早が、作ったばかりの鍵を新に差し出した。
「ありがとう。……何やろ。鍵見たら、千早と一緒に生きてくんやなあ、始まったんやなあ……って実感、強なった気する」
 受け取った鍵を宝物のように手の中に握り込んで、噛み締めるように新は呟く。
「そうだね。まだ今は、札を並べてる……みたいな所だけど。新の引っ越しが終わったら」
「うん。……かるたと違ごて試合終了はない。……ほやけど、序歌や」

 部屋に戻り、買ってきた日用品を片付けていくと、部屋の生活感が増したように感じた。
「……挨拶、今日しておく? 揃ってからの方がいい?」
「難しいとこやなあ。前はおれ一人やったで入居初日に行ったけど、ここで実際生活始めるのって二週間ぐらい先やし、千早も明日また東京戻るし。……て言うか今、手ぶらやし。向こう引き払う時に何か買っとこっさ」
 部屋の出入りの時に顔を合わせたら、じきに二人で住み始めるとだけ言って、引っ越しが完全に終わったら改めて挨拶に出向くと伝えればいいだろう。
「ん。私、お風呂掃除してくるから、新さっき買ったお布団、カバーかけて?」
「分かった。後ちょっと気になった所とか、雑巾がけしとくな」
 手分けして掃除を済ませると、部屋の中はますます「自分達の生きる場所」になった。
「新ー、待望の広いお風呂、今沸かしてるからー。楽しみでしょー?」
 浴室から千早のそんな声が飛んできて、つい吹き出した。確かに東京の部屋では狭さを散々愚痴っていたから「待望」も間違ってはいない。新はドアを開けてひょいと中をのぞき込む。
「広いなあ。試合の後も足伸ばせそうやし……一緒に入れるやろし」
 向こうのアパートの狭い風呂場でも、一緒に居たがるのは千早の方だ。新の言葉に顔を赤くしながらも、千早は頷いた。



POSSLQ = Person of the Opposite Sex Sharing Live Quaters


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written by Hiiro Makishima