POSSLQ 11
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淹れてくれたお茶をいただきながら、両親の問いに千早は一つずつ答えていく。今度は東京での新の暮らしぶりに話題が移った。 「スーパーでのお買い物なんか、とっても堅実です」 タイムセールを見逃さずに買いに行ったり、今では利用客やレジの人にも顔や名前を覚えられている事を千早はサラっと暴露する。 「車の免許の事とか、四月からの生活に充てられるように貯金しておこうとか、色々具体的な提案もしてくれました。……お料理では二人で勝負して、最近ようやく私が勝てましたけど……」 採用試験の合格を祝って新が作ってくれた食事は本当に美味しかったと言葉を継いだが、当の本人は耳を赤くしてそっぽを向いている。 「……それに大学のかるた部に入った時、少しだけゴタゴタがあったんですけど……私に累が及ばないようにって、新はすごく頑張ってくれました。だから私は、とても安心できていたんです」 不審な電話に代わって出てくれたり安全対策として合鍵をくれたり、新の部屋からは遠いのに大学の帰りに家まで送り届けてくれたり、とかくボンヤリしている自分の代わりに色々気を張ってくれていた、と千早は話していった。 「千早ちゃんが安心できたんなら、良かったわ。それが一番やもんの」 「……うん。ほやけど先輩らが力貸してくれたのは、千早の頑張りもあったからや。デモ試合かってそうやったし」 母の言葉に大学祭のデモ試合以降、頼もしい先輩たちが動いてくれるようになったのは、千早と自分とが全力でぶつかり合い、それを楽しめる試合が出来たからだと新は両親に伝えてくれる。 「あの試合は私も全力で楽しみたかった、それだけでした」 少しだけ面映ゆいが千早は笑って新の後に続けた。 「ほんで新、お前、ちゃんとプロポーズとかしたんかし。千早ちゃん、こいつ何て言ったんや?」 彰はむしろそちらに関心があるようだ。答えていいのかどうか迷って、千早は新の顔を窺って視線で問うた。 「ちゃんと言った。おれと結婚してください、って。千早が教員の採用通知受け取った日」 「それに勢いじゃなくて、じっくり考えて欲しい、その結果もし私が断ったとしても、それをそのまま受け入れる。新はそう言ってくれました」 熟慮の末にお嫁さんにしてくださいと返事をしました、と千早は彰にまっすぐ視線を合わせて答える。 「そうかあ。───新。この先、楽な事ばっかり待ってる訳ではないやろうけど。千早さんと二人で力合わせて、乗り切ってけ」 彰はこの時だけ「千早さん」と呼び直して息子の顔を見据えると、人生の先輩だけが持つ重みを含んだ声で告げてきた。 「はい」 新は背筋を伸ばしてそれだけを父に返し、千早も姿勢を正して彰と麻里に向き直る。 「まだまだ未熟ですが、二人で頑張っていきます。どうか見守ってください」 しっかりの、と麻里が新によく似た笑みを千早に送ってくれた。 「そやった。由宇んとこにも紹介しとこって思ってたんや。一番のご近所さんやしさ。ちょっと二人で行ってきていいやろ?」 「行ってきね? 由宇ちゃん驚かんやろけど」 そんな風に麻里が答えた。バラしたの母ちゃんやろ、と難しい顔をした新が千早を促してくる。 「あ、うん。……すみません、一旦失礼します」 新の両親に断って、揃って玄関から隣へ移動した。 「……普段は勝手口から行き来してるけどの。まあ一応礼儀やし」 そう言って新が呼び鈴を押すと、さほど間を置かず扉の向こうから近付いてきた軽い足音を耳が拾う。 「はーい……って何や、新やったんか」 玄関口にやってきた顔を見て、千早は以前一度だけ会った相手だと思い出した。 「なんやって何やの。嫁さん紹介しに来たのに。由宇、婚約者の千早。……千早、幼馴染みの由宇」 「綾瀬千早です。どうぞよろしくお願いします」 「ご婚約おめでとうございます、芦野由宇と言います。こちらこそ、よろしくお願いします。……お久しぶりですね」 名乗り合うのは初めてだが、千早も由宇にお久しぶりですと同じ言葉を返す。 「あ、そうやったな。高校ん時いっぺん会うてるか」 当時の新の事情を知っている二人は頷くだけに留めた。 「おばさん、めっちゃウキウキしてたわ。……ここ住むんか?」 「いや、四月から別に部屋借りて、二人で住む。今日もうちょっとしたら、下見行くとこや」 新はその話をした時の、息子を蔑ろにしたような母の言葉を由宇に教えている。 「蔑ろにされて良かったがし。ほんだけ気に入ってくれたって事やろ? おめでとう、千早さん」 「どうもありがとう。えっと、千早、でいいです。迷惑じゃなかったら、私も由宇ちゃん、って呼んでいいですか?」 千早の言葉に少しだけ由宇が躊躇ったように見えた。 「私、呼び捨て苦手やから……千早ちゃん、って呼ばせてもらうわ。私の事は好きに呼んでくれて構わんし」 「由宇ちゃん、ありがとう」 お礼を言われる事じゃない、と由宇は少し硬い声で千早に返す。 「あのな、由宇。お前は家族同然やから、ちゃんと紹介しときたかったんや。……そこだけ、分かっての」 新の声に少し由宇の反応を探るような響きがあるのは、その気持ちに薄々気付いていたからだと千早にも分かる。 しばらく口を閉ざした由宇の口から小さく溜め息が漏れる。すっかり息を吐ききってから、はっきりと分かる笑みを向けてくれた。 「千早ちゃん、いつでも遊びに来ての。ここいら辺の事とかやったら、少しは力なれると思うし」 「うん。ぜひお邪魔させてね。……ごめんね、実は私、由宇ちゃんに嫉妬してた事あるんだ」 「過去の時間には入れない」という、以前新と話したことを千早は由宇にも話す。 「そんなの、誰だって同じなのに。勝手にヤキモチ妬いて、ごめんなさい」 「頭下げんといて? 私かって似たようなもんやから。……新がこっち戻ってきてすぐやったかな」 あまりにも新が嬉しそうに東京での出来事を話すものだから、つい妬いてしまったと由宇も当時の感情を教えてくれた。 「ほやから、私もごめんなさい。絆の結び方かって色々あるのにの」 「あー……ほんであの頃、表情なんか変やったんか……」 「……鈍っ!」 新のその一言に千早と由宇の声は重なり、顔を見合わせて笑う。 「なんや、女二人結束してもて……。まあ、構わんけど」 そのまま三人でぽつぽつ話した後、そろそろ下見に行くからと芦野家を後にした。 「嬉しかった、由宇ちゃんと話せて。おんなじ事で笑えて」 「……おれが鈍いって話題やっていうのが複雑なんやけど」 愚痴っているような言葉だが、新の目は微笑んでいる。 「これから長い時間ここで生きてくんやから、もっと一杯話せる」 「うん。慌てないで、ゆっくり友達になっていきたい」 千早が返した言葉に頷き返してくれた。 「さて下見行くか。その後いっぺん駅戻って、飯食おっさ」 「あ、さっき言ってたお店? うん行く。どんな味かなあ。楽しみー」 「……メインの目的、部屋の下見やって忘れてえんか?」 そんな話をしながら不動産屋と合流し、新の名前で詳細を知りたいと申し込んでおいた建物に案内される。 ここはどうやら自社物件らしく、立地や日当たりの他にも、仲介手数料は必要ないんですよ、と売り込んできた。 「うっわあ、綺麗。今はここの一階に空きってありますか?」 「三月末に空く予定ですね、一階なら。間取りは二階も同じですんで、中はそっちで案内になりますが……」 頷いて中を見に部屋へ上がった。ネットで見た時驚かされた通り、十分な広さがある。 「ここ、いいなあ。二階の物音って、どの位下に響くか分かりませんか?」 「音にもよりますね。どんな物音をお考えですか?」 業者の質問に、千早はかるたと即答した。 「ええっと……このくらいです」 畳の上で構えて、一番の狙い札を取りに行く勢いで右腕を振り抜いた。バン、という音が空き部屋に響く。 「大丈夫だと思いますよ。どうしても気になるんでしたら、何か敷かれる方がいいとは思いますが」 「……畳の下に防音用のマット敷くとか、ほんな感じですかね」 新の質問にそんなところです、と業者が頷いた。 「私、ここ気に入った。……決めていいかな、新」 新が頷き、千早は三月の卒業式の後すぐにでも生活を始められるように、入居希望日をその月の頭にする事にした。 「おれは向こうの部屋の退去届けがあるで、もう少し後んなってまうな」 新は卒業式までの間に引っ越し準備を進めておいて、便宜上千早が入居してのちに同居人が増えるという形で東京のアパートを引き払おうと答えてくれた。そのまま三人で不動産屋の事務所に移動する。 「入居申込書だけ、今書いてしまいます。……保証金とかって必要ですよね?」 「いえ、頂戴しておりません。ここに記載がございますが保証人も不要の自社物件です。敷礼金は各一ヶ月分、共益費と駐車場管理代が家賃に含まれておりませんのでご注意ください」 印鑑証明等の必要な添付書類は一度東京に戻らないと役所で発行出来ないため、本契約の細かい部分は三月までに郵送でやり取りをさせてもらう事にして、今書ける必要な部分だけを埋める。 「入居してから、おれ名義に変更って出来ますか?」 敷金礼金が再び発生してしまうが、可能だとの事だ。それなら話を進めて行こうと千早は新のゴーサインを貰い、入居申込書を担当者に手渡した。 「それにしても、綿谷先生のお孫さんがお部屋を借りられるとは意外でしたが、ご結婚されるんですね。おめでとうございます」 「ありがとうございます。二人ともようやく仕事始める所ですし、実際に結婚するのはもう少し先になるんですけど」 業者の言葉に新が答える。 「先生もさぞかし鼻が高い事でしょうね」 「そうだといいんですが」 そんな事を少し話し、千早は部屋の玄関の寸法は間取り図の記載通りかどうかを再確認する。 「……玄関通せる大きさの家具にしないとですし……」 「東京から運び入れるんですよね? コピーお渡ししますよ」 細部を確認し終わって、事務所を出る。少し疲れた感じはあったが、新おすすめのソースカツ丼を頬張っているうちに元気はぐんぐん回復していった。 |