POSSLQ 8
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「……やっぱり緊張したでしょ? 普段通りにしてくれて構わないわよ、新くん」 お茶を勧めてきた千恵子が笑いながら言ってくれ、少しだけ気持ちが軽くなる。 「ありがとうございます。……言葉だけ、普段のに戻させてください」 ほっとした気分で礼を言い、いつも通りの抑揚が新の口をついて出る。その方が私も楽だと千早は隣で笑った。 「単なる疑問だけどね。よその土地で何年も暮らすと、言葉が変わったりするって聞くけど、新くんもかい」 「……小学生の時、引っ越してきた時は直した方がいいんかなって思った事もありました。通じん事もあったんで」 標準語と違う言い回しをメモに取られたりで元から言葉数の少ない新がますます無口になってしまった一件。 「けど千早は、たった一言でそれを止めてくれて。おれ魔法みたいやって思った事あります」 何て言ったの? と千恵子が尋ねてきた。 「あたしが綿谷くんだったら、笑うためにメモ取る人と話したくないなあ……って」 「私、大した事してないし」 当の千早は「自分の言葉が新を救った」について、相変わらずそんな風に言う。 「ほやけど事実や。メモなんか取らん、って言(ゆ)ってくれたで、おれやっと普通に話せたし。どうもありがとう」 二人の話を聞いた健二が少し考えながら言ってきた。 「……転校生が外国人ならその言葉を笑ったりできないだろう。笑える程その言語を分かっていないから。そう思うと色々考えさせられる話だねえ。子供の時は、って言ってたけど、今は?」 「今は敢えて福井弁から変えてません。地元でしか通じん言葉だけ、なるべく使わんようにはしてるんですけど」 健二の問いに答えると、それは地元で仕事に就く事を考えていたからか、と重ねて問われる。 「それもあります。けど今のおれが福井弁抜かんのは、千早と初めて一緒にかるた取ってからの時間が宝物やからです」 知り合った時から今日まで千早と結んできた縁、繋いできた絆の全てが地元言葉で成されていたからだと、新は衒いなく答えを返した。 「あっと、あのねお父さん。卒業して向こう行ったらの話なんだけど……」 千早が思い出したように口を開く。 「待って、千早。おれからお願いせんとあかん事や。……これも許していただけたら、の話になりますが、結婚資金を貯めていきたいんで、二人で暮らさせて下さい」 まずは結婚そのものを認めてもらわなければと思っていたので、さっきは言いませんでしたと新は頭を下げた。 「多少、心配はあるなあ。二人ともいわゆる『お堅い職業』じゃないか。それって問題視されるんじゃあ……?」 「単に同棲やとその可能性はあるかも知れません。ほやからお許し頂いて、婚約者って風にしときたいって思いました」 挙式であれ入籍であれ、時期を含めて千早の両親の希望になるべく添いたいと新は考えを述べる。 健二は出来れば花嫁姿を見てから籍を入れて欲しい、と娘のスクラップが生き甲斐らしい言葉を返してきた。 「千早のスクラップに大きく貼りたいなあ」 かるたを始めてから、気が付けば千早のスクラップブックも随分と冊数が増えた。誇らしげな顔に千歳や千早は苦笑を浮かべている。 「そういう外からの問題がないなら、それでいいんだ。一緒に住むのは結婚資金だけが理由かい?」 「いえ。千早は学校の先生やから、仕事始まる時間がおれより早いです。仕事持ち帰る事もザラやろうって思います。けど、おれは定時に帰れるんで、うちん中の事とか色々やっておけば千早の負担を軽くできる、それも理由です」 赴任先次第では更に早く家を出なければいけなくなる。新は三月に入ったら「走ればいいだけ」な安い中古の軽自動車を買うつもりなので、千早の通勤の足にしてもらえばいいと考えている事も告げた。 「……なるだけ一緒にいたい、っていう願望でもあるんですけど」 千早と揃って照れくさそうに笑みながら最後の言葉を付け加える。 「なんかアンタが主夫って感じじゃん。千早甘やかしてんの?」 千歳が姉らしく問うてきた。 「早よ帰れる方が家事やっとけば、かるた取る時間が多く取れるんで」 甘やかしたくて提案した事ではないと新は言う。 「けど、お気遣いありがとうございます」 その礼に千歳は別にそんなんじゃないわよ、と言葉を寄越してきた。 「新くんの事でお母さんが一番感心してるのは、いつもきちんと『ありがとう』を言える事よ。お祖父様の教えだったのよね?」 「はい。慣れて疎かにしたらあかん、その人へのお礼やからこそ、ちゃんと言わなあかん……常々そう言ってくれてました」 うーむと健二は腕組みをして頷いてくれる。 「身近にいい例があると自分もそうしようって思える。その意味でも新は私の先生なんだ」 「先生って程でないやろけど……どうもありがとう」 少し面映ゆさはあるが、新は普段通りに礼を口にした。 「新くん今日、うちでご飯食べて行けるかしら」 「そうしたいのは山々なんですけど……」 せっかくの誘いだが、明後日の名人戦に出る仕度があるからと新はそこだけ申し訳なさそうに答えた。 「また呼んでいただけたら、喜んでお伺いさせてもらいます。千早の好きなメニューとか、もっと教えてください」 新が教えを請うた「好きなメニュー」という一言を耳にした千早が、また勝負する気なの、と笑いながら言い返してきた。その様子を見ながら「食事の時に言おうと思ってたんだけど」と千恵子が娘に向き直る。 「今は婚約した訳だし、新くんの所に泊まったりするのは反対しないけど、必ず連絡を入れてからにしてね。新くんも」 「はい」 千早と新の声が綺麗に重なった。 「さっき千早がちょっと言ってたけど、勝負ってどんな事? やっぱりかるた?」 穏やかに笑いながら問う千恵子に、新も同じ表情を見せる。 「いえ。おれ自炊なんで、時々千早もうちで食べてたんですが……。あれ一年のとき……やったっけ?」 「だったと思うよ。私の方がお料理上手になったら、新に『美味しいよ、参りました』って言わせる勝負」 少しばかり胸を張って千早が説明してくれ、新は頬に苦笑を押し上げた。 「……ようやく言わされました、おれ」 昔はカレー鍋を焦がしていたのにと健二と千恵子が揃って笑う。 「またそれ言うし……今お母さん言ってたけど、何ならかるたで決着つける?」 千早が挑むような目を向けて寄越し、新の目も見る間に鋭く変わった。 「決着つけるでって高松宮杯出るんやろに。料理は負けた方が嬉しかったけど、かるたはおれが勝つ」 「お料理対決で勢いついてるし。私が勝つって言ってるじゃん」 一歩も退かず言い合っていると、あんた達には他の話題ないの? と千歳から突っ込まれようやく表情を戻す。 長居した事を詫びて、今日はこれで失礼しますと新は暇乞いを告げた。 「日を改めて、両親と一緒にご挨拶に伺います。今日は本当にありがとうございました」 「卒論や準備で忙しいだろうけど、新くん、また遊びに来なさい」 千早の父が言ってくれ、新は深々と頭を下げて玄関を出る。千恵子と一緒に千早が表へ出てきたのは見送ってくれるからだろうと思ったが、何故か物凄い大荷物を手にしている。 「……何でほんな嵩張るもん持って出てきてるんやし」 「新幹線乗るの新のとこからのが便利だから、泊まらせて欲しいんだ」 「え?!」 あっけらかんと言ってのけた千早とは対照的に、新はそのまま固まってしまった。 何も言えないでいると、千早が畳み掛けてきた。 「実は真面目に相談したい事あって」 もちろん相談ならちゃんと聞くが、何もこんな日にと、今日だからこそ家族だけで過ごした方がいいのでは、とやはり思ってしまう。 (……ていうか高松宮杯の後までやと、一週間近く家開けるのに……) 確かに明日の夜以降は大会の前泊などで新の部屋に泊まるとしても今夜だけだが、だからと言って来ていいと言える状況でもない。 「お母さん、今言ったから連絡はいいよね?」 新が何か言う前に千早にそう言われ、苦笑を浮かべて千恵子が折れる。 「……すみません。今晩だけお預かりします」 宿泊先と実家の電話番号をメモにして手渡す。一礼してその場を去るが、背中に視線を感じる気がしてぎくしゃくとしか歩けない。千早の自宅が見えなくなって、ようやく新の口から長々とした息が漏れた。 |