保湿系トライアルセット

POSSLQ 6



 新、と小さな声で千早が名を呼ぶのが聞こえる。
「どしたんや?」
「……気に入ってもらえるかなあ、私」
 色々伝えておく、という話に対してのものだと新もすぐに気が付いた。
「母ちゃんは絶対気に入る。親やで贔屓目に見てるとかでなくて」
 新は母がずっと娘を欲しがっていたという話を千早に聞かせる。娘を育てたいというよりも「娘としたい事や娘にしたい事」への憧れと言うべき内容ばかりだが。
「ご両親だけじゃなくて……。前に……気にしてくれてたし」
 千早は言葉を濁したが、以前話した「田舎の排他性」の事だろう。嘘を吐いても始まらないから、と静かに話し始めた。

 「少しはあると思う。ほやけどの?」
 反面、銀行員や公務員、それに教師といった「お堅い職業」に就いていると見る目が変わる部分がある、と新は言葉を継いで笑いかける。
「それに、んー……子供ん時から知ってる『近所の新くん』の嫁さんで、おれ千早の味方やから。心配せんでいいよ」
 好奇心からの質問なら、まずは両親、特に母に探りを入れるだろうと地元育ちだから見当は付く。それに千早の事を「東京の人」と一括りで見られるのは、他でもない新自身が好まない。
「どこで生まれ育ったかって、千早は一人しか居(え)ん」
 きっぱり言い切ると、ようやく千早の表情が緩んだ。

 「ただやっぱりね、うちはどうなのかなあって不安はあるんだ。特にお父さんが」
 一般論で言っても娘さんを下さいとやって来る男は、子煩悩な父親にとって最初はどうしても敵に見えるだろう。新はそう考えている。
「かるたで言うんなら強敵やけど。おれは退かんし譲りもせん。諦める気もない。それもかるたと同じや」
 まして千早の夢のためなら尚更だ。
「……おれ自身の夢でもある。それに千早が味方やし。……そんな風に言うと、何か団体戦みたいやな」
 結局かるたに話は戻るなと新は小さく笑う。
「新とチーム……。そっか、そうだよね」
 二人で乗り越えていく事なんだ、と迷いが晴れた顔で言ってくる千早に、新も頷き返した。

 「それに結婚って枠じゃなくても、私達は一緒に進むんだ、って……お母さん薄々気付いてるって思う」
 料理を教わったり、その味が新好みに変わっていった事や、大学のかるた部に入って早々のゴタゴタ絡みから千早を守ろうと新が頑張っていた事を知っていて、教員採用試験も福井で受けたからと言葉を継いでくる。
「お姉ちゃんはね、前は『眼鏡の子』とか『かるたの子』って言ってたけど、クイーン戦の頃からだったかな……?」
 新を指して「名人戦に出ていた千早の友達」と、家の中ではそんな風に呼ぶと教えてくれた。
「長っ。……ほやけど友達って」
「ん……私やお母さんの前では千早の彼氏、って言ってるから、多分お父さんの事考えてだと思う」
 そんな姉の気配りは嬉しいが、その一方で「姉を差し置いて彼氏を作るなんて妹のくせに生意気だ」とも言う。千早が教えてくれたその話につい吹き出してしまう。
「今度はもっと生意気やって言われるんかな、千早」
 姉より先に結婚相手を見つけたなんて、と新が千歳の口調を真似ると、言わせてみたいと千早は朗らかな笑い声を立てた。

 千早の父に挨拶に行く前に、それとなく交際について時々話してくれると、やはり新には有り難い。
「……いきなり結婚とか一緒に住むとか切り込むんでなくて。付き合ってんのがこういう相手や、みたいな事。……頼んで、いいか」
「もちろん。けど、どんな事話せばいいのかな」
「んー、……千早んちの人が、ちょっとはホッと出来る……みたいな事」
 娘が遠くに就職するだけでも心配だろうが、加えて結婚前提で一緒に住むという話だ。少しでも不安材料を減らせたらと思っている。
「知り合ってから十年とか、付き合って四年とか、そういう感じ? かるたでは頂点で、四月からは安定の公務員だとかって」
「すごいな。……千早ほとんど言ってもた、今」
 千早は小さく肩を竦めながら、昔から「凄いな」という新の賛辞が一番心を暖かくしてくれたと笑った。

 おれも実家の親に千早の事をちょくちょく話していく、と新はさらに言う。
「うちの親は付き合ってんの知ってるで、そんなに付け足す事もないけどの」
 春から福井で高校の教師になるという事と、新のプロポーズを受けてくれたという事ぐらいだろうか。
「……て言うか、福井で暮らすって話した時点で、結婚前提やって言ってるのと変わらんか」
 千早の人間性に関しては、昔送ってきた五枚綴りの年賀状などで知っていそうだと言葉を重ねる。
「や、あの、年賀状の事は……。あの時って、な、何か言ってた? 新のご両親」
「ん? 新の事ほんと好きなんやのー、やと」
 千早が真っ赤になりながらも、そんな風に思われていたのは嬉しいと答えると、新が優しい笑みを向けてくれた。

 「おれが一番緊張せんと物言えるのって袴着けてる時なんやけど……そういう訳にいかんしなあ」
 新は苦笑を押し上げる。
「緊張せんと、って……高二の決定戦の後、真っ赤だったのに」
「……多分、言い終わってから照れるタイプなんやろ」
 周防に引退を撤回させた時や、高校時代に袴で各教室を回って部員を募った時も、同学年も含め全教室を訪ね終わってから真っ赤になった。けれど一緒にかるたをしようという言葉で、形はどうあれ共に人生を歩いていこうと千早に伝え終わった時が今までで一番照れたと言葉を返した。
「だけどあの時、新は笑ってた。まっすぐ私の顔を見て言ってくれたね」
「うん。……一番大事な、自分が本気でそう思ってるんや、って事を伝えるのに目線は逸らしたらあかん……おれはそう思う」
 大切な話を伝え終えた後で、いくらでも照れくさく感じればいい。
「最初は、わー言い切ったー、って思ったんやけど、その後は、本音にしろ人前で凄い事言ったなあ、言えたなあ……って」
 周囲の事は大して気にしなかったが、すぐ目の前の千早と視線を合わせ続ける気恥ずかしさが最高潮に達して場を外してしまった、と新は白状した。

 「えー、何その理由。私さ、新は返事を求めないんだ、すごい勇気だなって思ったのにー」
 千早がわざとらしく口を尖らせる。
「かるたしよっさ、って言った時。答え聞きたいとか頭になかった。気が向いたら、がほんとに本音や。照れくさかったのも事実やけど」
 今ならともかく、あの当時に自分だけを見て欲しいと告げたところで、千早自身がそうしたいと思わない限り叶うものではなかっただろう。
「あん時に気付いた事、形になってえんかったけど前から思ってた事。そういうの……ただ、伝えたかった」
「知ってる。……知ってた。だから私自身の気持ちで、今ここに居る」
「うん。おれも知ってるし、根底にある気持ちは変わってえん。欲が増えたのは確かやけど」
 これから先、きっと増えるだろうが、心に今ある望みの中でまだ叶っていないものは時期が問題になる事ばかりだ。そう新は答えた。
「時期が問題って、どういう望みなの?」
「千早が顧問になるとこ見る事、婚姻届出して夫婦になる事」
 それなら分かる、と頷く千早に、少しばかり悪戯っぽい目を向けて、もう一つ、と新は口を開く。
「ちゃんと夫婦になってから……千早が、おれの子供産んでくれる事」
 千早の顔が一気に茹で上がった。



POSSLQ = Person of the Opposite Sex Sharing Live Quaters


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written by Hiiro Makishima