POSSLQ 4
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教員採用試験の面接を突破した千早のお祝いにと、いつもより少しだけ奮発した夕食は進む。 「栗ご飯美味しい。……天高く馬肥ゆる、っていうか食欲の秋って言うし」 「限度問題や。……何やったら持って帰んね」 「じゃあ遠慮なく。かるたで体重は減るし。スポーツの秋」 「……学校の先生やのに、読書とか芸術は言わんの?」 会話と笑顔は普段のまま、テーブルに並べた皿はだんだん空になっていった。 「赴任先、どこになるかなあ。かるた部あったらいいなあ。なかったら作るけど」 ある意味とても千早らしい最後の一言に新はつい肩を震わせて笑ってしまう。 「かるた部作りたい、って生徒が言うてくるのを認める側やろに。先生から言うのって前代未聞やな」 けれど実際に千早がそうするなら、前代未聞でも何でも出来る手助けはしたいと思った。その熱意で人が動くのが千早だ。 今日だけ特別だ、と一緒に洗い物を済ませて部屋に戻る。 「藤岡東に行けたらいいなあ。……かるた部出来たの、新のおかげだけど」 新が在学中に積み上げた実績で作った部だから、後に続く選手を育てたい、と頬を紅潮させて千早は言葉を紡いだ。 「おかげも何も、その通りやよ?」 かるたの話だからさらりと認め、袴を着けて各クラス順番に勧誘して回ったと新は話す。 「……すごい熱意だけど、校則問題なかったの?」 「足元だけ注意された」 「まさか雪駄履き?!」 新は笑って頷きながら、他校の部にも同じ熱意があると知っているが、OBとしては千早がもっと強くしてやって欲しいのも本音だと付け足した。 「おれが作った部が弱くなるとか嫌やから。頼むでの」 「うん。……けどさ? 他の学校に赴任したら、そこの部を強くするんだよ?」 そうなれば必然的に新の母校も降す事になる。 「ほん時は、おれ出張って直接指導してまう。OBの特権や」 地区予選の決勝で二校が当たるのは、言わば自分と千早の代理戦争のようなものだ。 「直接試合する方がいいんだけどなあ。先生の勇姿、見せられるじゃん」 「おれ以外と当たるんなら見せれるやろうけど。ボロ負けする姿見せてまうかもの?」 けれど、それはそれで決して諦めない千早の姿を見せられるだろう。新がそう言うと、千早は酷く複雑な顔付きになる。 「新が言うのも分かるけど、分かるんだけどー! やっぱりヤダ」 教師としては頷けるが、選手としての千早は諦めずに取って勝ちたい、とややこしい表情のまま言葉を返した。 「まあ顧問の話はこの辺にしとこ。いつか叶えるんやろし」 力強く千早が頷く。 さっきの話も楽しいが、お祝いをしている今日だから言いたい。 「……千早」 千早の正面にきちんと座り直した新は、畳に両手をつけた。 「はい」 千早もすぐに真面目な表情で正座になる。 「何年も先の話になるけど。いつか、としか今は言えんけど」 新は一度だけ深呼吸をして、言葉を続けた。 「───おれと結婚してください」 言い切った時、自分と同じに背筋を伸ばして手を付く姿が視野に入る。 「はい。……不束者ですが、よろしくお願いします」 千早が静かに頭を下げて答えてくれ、新の緊張が少しだけ解れた。 お互いに照れくさそうな顔を上げる。 「千早。受けてくれて、ありがとう。……おめでたい日やから、どうしても今日、ちゃんと言いたかった」 「うん。今日は新から、いっぱい嬉しい事もらった。私の方こそ、ありがとう」 耳を赤くしたまま泣き顔にも見える笑みを交わした。 「……卒業までに、きちんと千早のご両親にも言いに行く。……それ含めて聞きたいんやけど、いいやろか」 「どんな事?」 今度は普段通りの笑みを向けてくれる。 「あっち行ったら、一緒に暮らしたい。もちろんご両親が許してくれたらの話やけどの」 「え? それって同居とか同棲って意味? ……理由聞いてもいい?」 予想外の申し出に驚かされて千早は真面目に尋ねた。 「もちろん、話す」 一人暮らしに慣れるまでは金銭面に余裕がある方がいい、と貯金を勧めてきた新自身はてっきり自宅から通勤するものと思っていたから、その訳を知りたいと問う千早に新は頷き返した。 「一緒にいたいっていうおれ個人の気持ちもあるけど、役所は九時五時やから」 教員になれば仕事を持ち帰る事もあり得る。自分が家事のいくつかを引き受ければ千早の負担を軽く出来るから、と千早からの真面目な質問に新は話を続ける。 「生活費折半にすればお互い余裕できるやろうなっていうのもある」 新も三月にはこの部屋を引き払う。千早に抵抗がないのなら今ここにある家電製品のいくつかはそのまま使う事も出来るだろう。 「家電は全然抵抗ないけどさ。なんか私ばっかりメリットある気がするんだけど……」 金銭的にも家事の話も「千早が楽になる」事ばかりだと問いを重ねてくる。 「……おれにも十分メリットあるざ?」 家賃も同額出し合えば、比較的広い所を借りられる。そこに和室があれば一緒にかるたが取れる、と新は言葉を継いだ。 「それに、人目憚らんと出来るし。……こういう事」 少しだけ悪戯っぽく言って千早の唇に小さくキスをする。 「……かるた以外の新のメリットって、下半身ばっかり?」 「それもあるけど、それだけでないざ? ……気障ったらしい本音、聞くか?」 「聞きたい。聞かせて」 ふっと笑って語り始めた。大好きな笑顔をその日一番に見て、おやすみを言うまで見ていられる。笑顔だけでなく、千早の表情全部を独り占め出来るから、という新の「気障な」本音を耳にした千早の顔が夕食に添えた「ちはやぶる」の紅葉と同じ色になった。 笑って話していた新の表情が一転して引き締まる。 「ただの? ……今は、もしかしたら一時の感情って事もあるかも知れんから、結婚しようって言った事も含めて今日の事、千早にはじっくり考えて欲しいんやけどさ」 その上で千早の答えが今と変わらなかったら、と新は切り出した。 「名人戦と高松宮杯で、おれら予備校のバイト休み取ってるけど、その前に一日か二日、延ばしたい」 生徒にとっては大学入試直前だから悪いとは思うのだが。 「出来るとは思うけど、何で?」 首を傾げる千早に、先走りすぎに聞こえるだろうけど、と前置きをして口を開く。 「二月入ると卒論の追い込みやし、その後やと千早は住む所探さんとあかんから。時間の余裕あるうちに千早のご両親に挨拶しときたいで。……こういう事って先にお嫁に出す方に言う事やから」 自分達の進路も含めて結婚前提で付き合っていると話して、一緒に住む事を認めてもらいたい。そう新は告げた。 しっかり考えろと新が言うのは分かる。ただ千早には一つだけ、拭いきれない懸念があった。 「……あの、でも……こんな言い方するの、まるで保証して欲しいみたいで、すごく嫌なんだけど……」 考え抜いた結果、答えを翻してしまったら。真剣に言ってくれていると分かっているからこそ、それが新を酷く傷つけてしまうのではないか。何度も口ごもりながら、千早は言った。 「返事が変わらんといいな、っていうのは本音や。ほやけど、それ以上に千早には後悔して欲しくないって思ってる。傷付くとか気にせんでもいい」 結婚の事も含めて今日告げた事に何の後悔もない。けれど一生を決める重要な事だからこそ、とことんまで考えて欲しい。何だかんだと先走ったのは自分の方だから、と静かな声が返ってくる。 「保証する。千早が真剣に考えた事やったら、おれはそのまま受け入れる。最初から全部、覚悟の上で言った」 きっぱりした言葉に少しだけ気持ちが軽くなった。 「……あと一つだけ、聞いていいかな」 さっきよりは滑らかに千早が聞いてくる。 「いくつでも聞いて構わんよ?」 「一時の感情って、さっき言ったけど……新には、そうじゃないって事?」 その問いに新は穏やかに笑んだ。 「それまでも漠然とは思ってたけど、千早が酔っ払った時に、付いてこいって言ってから少しずつ考え始めた。免許取って、料理持ってくるようんなって。……いつかちゃんと申し込もうって、決めた」 千早の答えが何であれ受け入れると考えるようになったのはもっと前の事で、新は指を折って確かめる。 「もう六年前になるんか。千早に好きやって、一緒にかるたしよって言った、あん時からや」 |