Photograph 2
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「さっき、若い頃のじいちゃん見ながらカッコいいって言(ゆ)ってたけどさ。……おれは?」 かるたの強さで言えばもちろん当時の祖父の方が遥かに強い。だから千早のその賛辞をまだ受けられないだろうけれど、やはり聞いてみたいとも思ってしまった。 「新もカッコいいよ? かるた強いし。……さっき写真見て思った事なんだけど。顔立ちはやっぱり似てる。でも、何て言うのかなあ。目の表情? そういう所はお祖父さんと新で違うなあって」 「……どういう意味?」 あまり聞かない言葉に興味を惹かれて新は尋ねる。 「この写真とは年齢差なんかでそう見える部分もあるとは思うんだけどね? イメージ中や試合の間に新も笑ったりしてるけど……そういう時の目って、何だかワクワクしてる風に私には感じられて」 リラックスしてもいるが、「勝つのは自分だ」という気持ちも新のかるたから強く伝わってくる。その辺りも違って見えた理由かも知れないと千早は言葉を継いだ。 「……私も、永世名人が今の私達ぐらいの年だった時の試合は見てないから、言い切れる訳じゃないけど」 時々言葉を探るように返してきたそれで、新にも祖父との違いとその理由が分かってくる。 「競技歴の差か。おれはまだ試合を楽しんでるだけやけど、じいちゃんは何て言うか対戦相手を『若いなぁ』って思うようんなった頃の写真やもんな。違って当然なんやろうな」 千早が言ったように、自分が写真の中で笑んでいる祖父と同じ年になった時、同じような微笑みを浮かべていたい。 「今のそれ教えてくれて、ありがとう。……ほうやな。一足飛びに『かるた界のアラン・ドロン』には、なられんもんな」 新はにっこりと笑って礼を述べた。 今口にした祖父の二つ名に千早はきょとんとしている。その顔に現役時代の祖父がそう呼ばれていたと話した。その時ついつい高校の頃にバイト先の店長が言ってきた事まで一緒に思い出してしまい、新は堪えきれず声を立てて笑った。 「……じいちゃんな? 地元では『あわら市のクリント・イーストウッド』って言われてたそうやけど……競技かるたの名人やのに、呼ばれんのどっちも洋画の俳優って、どんなんや」 半ばツッコミに聞こえる新の口調に千早の肩も震えてしまう。 「名人になったら、新は何て呼ばれるのかなあ」 「おれは呼んでいらんわ。おれのまま……千早が呼んでくれてる『新』のままが一番いい」 千早やったらどうやの、と問い返した。何しろ千早の実姉は二つ名で呼ぶには持ってこいの現役女優だ。 「……かるた界の」 「わー、わー! わーー!!」 新の言葉を千早は大声でかき消す。 「私だって呼ばれたくないもん。……あのアパートで『ちはやぶる』教えてくれた、あの日のままがいい」 新が自分の夢を話してくれ、「千早っていい名前やの」と言ってくれたのが嬉しかった。 自分達の名という話が呼び水になったのか、新の脳裏に雪景色がふっと浮かんだ。 (……ああ、あの時かあ。楽しかったなあ、雪ぶつけ合って百首暗唱とかって) 「千早は、小学生ん時に雪玉投げて百首言い合ったの……覚えてるか?」 「うん。楽しかったよねえ。あれ最初にぶつけてきたの、新だよ。『よのなかは』で」 「自分かって『いにしえの』の後、おれの足引っかけてコケさせたがの。まあ雪玉は本題でのうて。あん時おれ言っ(ゆ)たが? 新って呼べって」 千早が即座に頷く。 「おれが自分の方から名前で呼べって人に言うたのってあの時だけや。……千早にしか言ってえん」 新の言葉に千早の胸が高鳴った。 「……新は? 私の事『千早』って呼び始めた切っ掛けっていうか。かるた取って話すようになってからも確か、しばらくは『綾瀬さん』って呼んでたと思うけど」 初めてかるたを取った時にも一度口にしてはいるが、あれは「決まり字」の事を話すためで、呼び掛けるために言った訳ではない。 「眼鏡探してくるって言うて、裏山飛んでったやろ。おれと太一で探しに行った……あん時」 照れを堪えて最初の「ち」を口に出来た事が、今でも嬉しい。そう答えると、肩に千早がもたれ掛かってきた。 「あの大会、驚かされたなあ。途中で割って入ってきたで配置も空札も把握できてえん……って言うかまだ百首覚えてなかった筈やのに、飛び出して札押しすればいいって直感的に分かって。最後の『ちは』……あの頃やで『ちはや』か。綺麗に払ったし」 逆に基本通り取る事に慣れていた分、千早ほど柔軟に考えられなかったのだと現在の新は思っている。 「話戻るけど……学年別やったけど五連覇してた人間として、言うわ。千早は凄くカッコよかった」 そんな千早と、もっとちゃんと友達になりたい、また一緒に取りたいと思って名前で呼び、自分も名で呼んでほしいと言えたのだろう、と新は話を締めくくった。 新の肩に頭を凭れさせたまま、千早は口を開く。 「試合の合間だったっけ。私は直感的に『かるたのやり方』が分かったんだって新は言ってたけど、あの時よく分からなかったんだよねえ」 校内かるた大会の前に一度しか取っていないのに、新は何故そう言えたのかと千早は聞いた。 「試合も含めて、かるたに慣れてえんもんは決まり字で取れるって知らんやろうし、知ってても動けん事のが多い。最悪、上の句全部聞かんと動かれんやろ?」 「あ、あー……そっか。私も最初は読まれてから探してた。けど新の取り方見て覚えてる歌なら待たないでいいんだ、って思ったんだ」 誰に教わる事もなく気付けた事。そして気付いた事そのままに動けた事が「才能」の一つだと肩の上にある千早の髪を撫でながら言葉を返す。 「……ほやから、千早はカッコいいんや」 それに千早は素直な礼を述べた。 「千早かって、いっぺんしか取ってえんかったのに……おれが誰にも負けんって、何で言い切れたんや?」 たった一度取った翌日に、そこまで断言できた理由をそう言えば聞いた事がなかった。 「強いのもそうだけど、日本で一番は世界で一番って言ったよ? 一番になるって誰にも一度も負けない事。そうだよね?」 「うん。……あん時おれが言った事、ちゃんと信じてくれて……ありがとう」 もう片方の腕を伸ばして千早を抱き締める。 「あんなに分の悪い賭けだったのに、新は誰にも負けなかった。だからカッコいいんだよ」 新の抱擁に応えながら、千早も声を紡ぐ。少し腕を緩めてきた新と視線が交わるが、その顔に照れはなかった。 「おれは、じいちゃんを超えるって昔から決めてた。そん時に言ってくれたら嬉しいの」 その言葉ですぐに意味を察する。さっきは「新も」カッコいいと言ったが、千早に求めているのは「新の方が」という一言だ。視線を合わせたまま、挑むように千早は笑う。 「……八連覇したら、言いたいな。……ハードル高い?」 「なんも? 三連覇で千早は永世クイーンやし。受けて立つ」 「じゃあ先に言わせる」 「うん、言わされるの楽しみや」 そんな「カッコいい」千早が自分のライバルで、恋人で、ずっと一緒に生きていこうと願う唯一の存在で、そういう相手が居る事が誇らしい。 「……どっちが先に達成するかって勝負だけは、おれは五連覇せんと永世名人になれんで勝てんけど。負けた方が嬉しい勝負って生まれて初めてや」 だから勝て、と言う新に千早は瞳を煌めかせて頷いた。 「強なったっていうのも一つの変化って言えるのに、かるた大好きで、負けん気強くて。そういうとこは初めて取った時から変わってえん。……それでこそ、おれが大好きな、千早や」 微笑みながら告げてきたそれに、千早も笑みを返した。が、急にその目が悪戯っぽい表情に変わる。 「なんで『強くなった』って過去形で言うかなあ、新は」 「そこ突っ込むんかし……なら、言い換えよっか。強いのに、もっと強くなりたい……とかって」 千早は笑っているが、まだ瞳の色はそのままだ。 「だめー。足りないから、お詫びが欲しいな」 それ以上言い換える言葉も急には思い付かない。千早がそう言ってくるなら、それでいいかと新は口を開く。 「……おれに出来る事やったら、いいけど」 「新にしか出来ないよ。……キス一つ。取り敢えずのお詫びで」 一瞬目を丸くしたが、確かに「自分にしか出来ない」事だ。新は苦笑を頬に押し上げる。 「……過去形で言ってごめんな?」 千早の背中を腕で支えられるように座り直して新はそっと唇を重ねた。 |