On the other hand
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「頼んだよ」 駒野の言葉に頷き返し、菫は筑波と共に団体戦予選リーグの別会場へ向かう。 「おれ先輩達の試合見たかったなあ……て言うか出たかったのに」 試合に出たい気持ちが強い筑波が呟くと、菫はキッと筑波を睨み付けた。 「先輩達にとっては最後の選手権でしょ?! バカな事言ってんじゃないわよ。……それに今度の偵察は、真島先輩からも頼まれてる事なんだから! あんた、よそ見なんかしてたら承知しないからね!」 言うだけ言って菫はさっさと目的の会場へと歩き出す。 やはり、と言おうか綿谷新率いる藤岡東高が割り振られた予選会場にはかなりの観戦者が集まっていた。 昨年の個人戦A級優勝者であり、男子最年少の西日本代表にもなった彼が、高校三年の今になって何故団体戦に初めてエントリーしてきたのかという囁きがあちこちで上がっている。 (……綿谷さんの動機は、きっと真島先輩や綾瀬先輩なら知ってる筈だから、私は言われた通り他の四人をしっかりチェックしなきゃ……) 『二人で藤岡東高を偵察してきて欲しい。かるたの細かい事は筑波の方が見れるだろうけど、あそこはかるたのデータがないのに加えて、綿谷新の他は全員女子部員だ。そういう面のチェックは花野さんの方が向いてる。去年、明石女子を偵察した時のように、色々見てきて欲しいんだ。頼んだよ』 駒野は二人にそう指示を出していた。菫は持ってきたメモ帳をめくり、一番上の空白欄に「藤岡東高」と書き入れると、さっき太一達に紹介されていた部員を一人ずつじっと見る。 「……花野、あの子試合場の空気に比較的慣れてるっぽくね?」 筑波が小声で言いながら一人の選手をそっと指差している。その示す先に菫も目を向けると、筑波が言う通りそのショートヘアの部員は他の三人に比べると緊張の度合いが小さいように思えた。 「だね。……あんた、あの子の試合メインに見てて。私、駒野先輩に言われた方のチェックするから」 藤岡東高のメンバーから視線を外さず、菫は答えた。 (さて、まず四人の特徴を……っと) 一年生部員の名前が分からないので、菫は外見上の特徴を一人ずつ細かくメモしていく。髪型や体型、持ち物に至るまで、見える物は全て書き込み、それから暗記時間中の様子をじっと見る。 (……さっき筑波が言ってた子、やっぱり暗記も早い……) 対照的に、新の左右に座っている一年生はまだこの空気に慣れていないのか、暗記を入れようとしては周囲に視線を動かしている。暗記時間中は声を出せないため、時折新が身振りで落ち着くよう示しているが、菫が見た感じではあまり効果がないように思えた。 一試合目は藤岡東高が何とか三勝を挙げて終わり、菫は一旦廊下に出てオーダー表から彼らの名前を書き写し、ついでに余白に走り書きしておいたメモをきちんと書き直す事にした。 「……花野、これおれが取ったメモ。一緒に挟んどいて」 「ん、分かった。今の席順で書いてあんでしょ?」 筑波が頷き、菫はメモを受け取った。 「それにしてもお前って、マメにメモ取るよなあ。タオルの色とか靴下まで書いてあるじゃん」 「だって駒野先輩、『去年明石女子を見た時みたいに』って言ってたじゃん」 このメモを駒野が分析する事で、太一の役にも立てるのだから、と菫は試合中の独り言さえ逃さず余白に書き込んでおいた。 「……あ、そろそろ二試合目始まるな。行こうぜ。いい席取らないと」 筑波に促され、菫は試合場へと入っていく。二試合目は新が一番手に座るようだ。さっき気付いた比較的強い一年生が逆側の端に座り、実力的に劣る三人を挟み込むように並んでいた。 「……さっきの試合、綿谷さんは流石の強さだったよなあ。まさに圧勝って感じで」 「試合慣れしてそうだった子は?」 「えっとな、確か六、七枚差で勝ってた。もう一人がギリギリ二枚差だったかな。……ほら、真ん中の子」 選手達が札を混ぜ始めたので菫と筑波も口を閉じて藤岡東の試合を見る事に集中する事にした。 二試合目、藤岡東高の勝ち星は二。新は圧勝でもう一人の落ち着いていた選手も一勝したが、残り三人は明らかに格上の選手を当ててこられたらしく、おろおろとしている間に負けてしまい、チームの予選敗退が決まってしまった。 「綿谷先輩、ごめんなさい……! 先輩、西日本代表にもなった人やのに、私達が先輩の足引っ張ってもて……」 負けた選手がぼろぼろと泣いている。一年生の中で一番強かった生徒は新に一度だけ「済みませんでした」と頭を下げたが、後は泣かずに拳を握りしめていた。 「や、おれの事はいいで。……気にしてえんし。もう泣かんときねって」 新は一年生を泣きやませようと何度も言葉を掛けているが、彼女たちは聞こえているのかいないのか、涙をこぼし続けているのが菫にも見えた。 (何なのあれ。そりゃあ負けて泣く選手は何人も見てきたけど……何か、雰囲気違う気がするなあ……) 「……とにかく、決勝トーナメント見に行こっさ。人の試合見るのも大事な事やでの」 (あっと、私達も行かなきゃ。駒野先輩にメモは渡しておかないといけないし) 菫は足早に朝日の間の前へ行き、駒野に予選のメモを手渡した。 「ありがとう、二人とも。藤岡東高は残念ながら予選敗退だけど、来年以降、二人も活かせるデータだしね。後で細かく纏めておくよ」 「……駒野先輩、団体戦全部終わってからでいいんですけど、さっき見てて受けた印象とかも話した方がいいですよね」 今から始まる試合への集中を妨げたくないからと、菫は宿に戻ってからその話を、と駒野に振った。 「そうだね、じゃあ花野さんと筑波、宿に帰ってからちょっと聞かせてくれるかな」 「分かりました。先輩達も、心おきなく試合して下さい」 控えの菫と筑波は部屋の隅に腰を下ろし、大きな試合でいつもそうするように、顧問の宮内も含めて皆で手を繋ぎ合う。 (あ、綿谷さんと……後輩四人もやっぱり決勝トーナメントは見るんだ……) 新たちは菫たちから少し離れた所に座るのが見えた。 (……真島先輩、綿谷さん居るからって気負わないで下さいね……!) 心の中で強く強く祈る。太一と新が恋愛でもライバル関係にあると知っている菫は気が気ではなかった。横目で新の様子を伺っていると、瑞沢の試合前の掛け声に目を丸くしているのがちらりと見えた。 試合が進み、千早の払った札が新の膝の前に転がる。札を手渡す時、何か短く言葉を交わしたのは分かるが、何と言ったのかまでは聞こえない。その直後に藤岡東の一年生が新に何か耳打ちし、新は試合から目を離さないまま頷いているが、これもまたどういう会話なのか菫には分からなかった。 (……けど、綾瀬先輩、ロビーではあんなぎくしゃくしてたのに、今は綿谷さんが見てる事も全然意識してない。……告白に返事したような雰囲気は全然ないのに……) 宿に帰ったら聞いてみようか、と菫はそんな事を思う。 「瑞沢、一勝っ!」 千早の声が響き、仲間が応じている。それに続いて西田、太一と勝ちを収め、チームの勝ちが確定する。菫と筑波は繋いでいた手を離し、お互いの手の平をぽん、と打ち合った。 |