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No Regret in Tokyo 6

新の春休み



 「……ところで滅茶苦茶話変わるけど、千早らって学校帰りとかは、どんな事してるんや?」
 DVDを見終わり、ノートパソコンを閉じながら新が口を開いた。
「それって、白波会の練習ない日って事? ……うーん、時々みちるちゃんと買い物とか。部活終わる時間が合えばだけど」
「みちるちゃん、って、この前学校の昼休みに電話した時に側通った子やった?」
「うん、そう。……けど、どうしたの急に?」
 千早は小首を傾げて尋ねてくる。
「ん、おれさ、千早とかるたの事は色々話してるけど、考えてみたら普段何してるとか、そういう話ってあんま喋ってえんなあって」
「……あれっ、そうだったっけ?」
 大好きなかるたの話をいつもしていたせいか、千早は何となく新とは何でも話していたような気がすると肩を竦める。
「実はおれもほうやったんや。ほやけど、こないだ修学旅行の写真送ってくれたり、友達の名前が電話で出たりした後で、そう言えばって思い出した。……おれの学校の話もあんましてえんかったし」
 新はバツが悪そうに頭を掻いた。

 「行ってみる? 買い物」
「……え? 行ってみるって、それ……女の子が行くとこでないんか?」
 新の地元の高校でも学校帰りに連れ立ってファンシーショップで雑貨を見ていく女子生徒は多い。ずっと帰宅部だった新には一番無縁の場所でもあったが、かるたの練習が一番だと思っている新自身は気にした事がなかった。ただ千早に好きだと告げて以来、千早の日常はどういったものだろうかと思う瞬間が増え、聞いてみたくなったのだ。
「そうかなあ……結構男の子いたような気もするけど」
(……それ、彼氏が付き合わされてるんでないんかなあ……)
 そう考えかけて、今まさに自分が「彼女の買い物に付き合わされる彼氏」ではないかと新は気が付いてプッと吹き出した。
「え? 何? ……え、私何か変な事言った?」
「ああ、ほういう意味で笑ろたんでないんや、ゴメン」
 そう言って新が今さっき頭に浮かんだ事を話すと、千早の肩も細かく震え出した。
「たまにはいいかも知れんの、そういう過ごし方も。千早、連れてって」
「うん。じゃあ私が案内で」
 部屋に戻ってくるのが遅くなるかも知れないからと、試合のDVDは千早の鞄に入れ、新は自分の貴重品とフロントへ返却するノートパソコンを手に持つ。

 フロントにパソコンを返し、新は千早と共に再び外へ出かける。
「学校の最寄り駅まで一旦出るけど、いい?」
「あ、うん。……そう言うたらおれ、瑞沢の校舎も見た事ないんやなあ」
 東京に来るのは大会がある時ばかりだから、会場とその周辺しか移動しないし、南雲会の人の車に相乗りで来るため基本日帰りだ。
「……珍しい物なんてないけど、寄ってもいいよ? 休み中だから中入れないかもだけど」
「や、別に今日でなくてもいいざ。まだ何べんもこっち来る機会あるし、千早があんまり遅くなるとあかんし」
 ホテルからの最寄り駅でとりあえず千早が通学に使っている駅までの切符を買ってホームに並ぶ。すぐに電車がホームに滑り込み、二人は並んで釣り革に掴まって立つ。
「……推薦決まったら住むとこも探さなあかんし、何回出てくる事んなるかの……」
「あ、そっか。下宿決めないといけないんだっけ。……大学決まったら賃貸情報誌とか、新んちに送ろうか?」
 そんな話をしているうちに、電車は高校の最寄り駅に到着した。

 「こっからは歩きね。行こ、新」
 千早が差し出してきた手を新はそっと握る。
「今日は、実際何か買いたいもんとかある?」
「どうだろ。買ってもメモ帳ぐらいかなあ……分かんないけど」
 それぐらいの値段のものなら、買ってあげようか、と新はふと思う。
(今日の記念、って言ったら大袈裟か……って言うかそもそも、今日の『何に対しての』記念なんやし? ……会うた事? やったらまたすぐこっち来るやろうし……。初デート、って言えるような場所には出かけてえんし。……初エッチ記念? ……もっと有り得んやろ、ほんなもん)
 頭の中をぐるぐる巡る妙な考えを、新は頭を振って追い払った。
「……新? もしかして疲れたとか頭痛いとか……?」
「え、いや、何でもないし、疲れてもえんよ。ごめん」
 千早があっさり納得してくれたのが救いだ、と新は気取られないようにそろそろと息を吐き出した。やがて百貨店の看板が見えてくる。

 「ここの中にね、オフィシャルショップがあるんだよ」
 千早は目を輝かせて言ってくる。エントランスの内側に設置された店内案内表示を新はざっと眺めた。
「……オフィシャル? ……千早、それ、もしかして……」
「そ。ダディベア」
(うわぁ……。やっぱしそうやったか……。まあ、こういう機会でもないと入らんトコやろし、何も言わんとこ……)
 新の手を引っ張って、千早は早く行こうとせっついてくる。
「……あ、うん」
 なるようになれ、と新は千早に引かれるままエスカレーターに足を乗せる。
「新、こっちこっち」
 エスカレーターの降り口からも「単身赴任中のおっさんベア」という、新には理解が困難な設定らしい熊が通路に立っているのが見える。聞いた話では元クイーンの猪熊六段の長男もよくこのダディベアの服を着ているという。
「かるた強い女の人って、何でみんな好みがこんななんやろ……」
「……新、何か言った?」
 手を繋いでいるこの距離で千早に聞こえていない訳がない。
「いや、えっと……ご、ごめん」
「ま、いいか。……行こ」
 千早が楽しそうにしているならダディベアでも何でもいいか、と新は手を引かれるまま、入り口で子供が大泣きしているショップへ近付いていく。

 「……あれっ、ちーちゃん?」
 急に背後から千早の愛称が聞こえ、新の背中が竦む。
「わ、みちるちゃーん! 偶然だねー」
 一方千早はぱっと笑みを咲かせて声の主である、親友の堀川みちるに答えている。
(……この子がさっき千早が話してた、みちるちゃん、やったんか)
「新、中学からの友達で、堀川みちるちゃん。……で、みちるちゃん。こ……こちらが、えーと、その……」
 みちるに新を紹介する段になって、気恥ずかしくなったのか千早の言葉が尻すぼみに小さくなっていく。
「初めまして。……綿谷新です」
 千早の言葉を途中で引き取って、新はみちるに名乗った。
「堀川みちると言います。どうぞよろしく。ちーちゃんから色々話は聞いてました。……彼氏なんですよね?」
「え、み、みちるちゃん?!」
「うん。学校が春休みに入ったんで、千早に会いに」
 千早と新の反応は対照的だった。照れた千早があまりにも慌てているせいか、新の方は逆に落ち着きを取り戻せたようだった。千早が目を丸くして見上げている。

 「そうなんだ。あ、そうだ。……この前ちーちゃん遠慮してたけど、良かったら二人並んでるとこ撮りましょうか? 携帯で」
 みちるの申し出に千早がさらに赤くなる。
「千早、遠慮ってもしかして……高校選手権終わるまで、って話か? ほやけどあの話、もうおれ伝えてもたがの」
「あ、そっか」
 新も千早も敢えて個人の名前は出さずに話す。
「んーっと、私は新と一緒の写真ってあったら嬉しいけど……新、写真苦手だったっけ?」
「……一人やとちょっとの。ほやけど今は、千早一緒やし。おれもそういう写真やったら欲しいかな」
 話がまとまりそうだ、と見たみちるは鞄から自分のスマートフォンを取り出してカメラ機能の設定を確かめ出す。
「えっと、みちるちゃん。じゃあ……その、お願いしても、いい?」
 みちるは頷き、千早の好きなダディベアショップが背景に来るように移動して起動させたカメラを構える。千早は新の腕を両手でしっかり抱えて自分の近くに来るように腕を引いた。
「え? ……わっ」
 よろけた体勢を立て直そうとして、新の身体が千早に一番接近した瞬間を狙って、みちるがシャッターを切った。
「ちーちゃんの携帯に送信しておくね? 私も用事あるから行かないとだけど、綿谷くん、ちーちゃんの事、お願いします」
「……うん。堀川さんも、ありがとう」
 千早の携帯に画像を送信し終えたみちるは二人に手を振って立ち去った。

 「新の携帯にも転送するね?」
 みちるから送られた写真を今度は新の携帯に送信する。届いた画像を見て新はにっこり笑った。
「会いに来た、いい記念になったわ。……おれ写真どうも苦手やけど、こういうのがもっと増えてくんやったら、写真も悪ないなあ」
「じゃあ、新が推薦面接とか下宿探しで来た時、また一緒に撮ろうよ」
 ダディベアショップの入り口に並んでいる小物を手にとって眺めていた千早が新の顔を見上げて言ってきた。
「……ん、そうしよか。……さっきから色々見てるみたいやけど、何か気に入ったのあったんか?」
「気に入ったのは一杯あるよ? ……でも流石に全部は無理だしさ。お母さんとかお姉ちゃんがまた怒っちゃうよ」
 色々グッズを揃えてしまうので、母や姉が時々溜め息を吐いている事を千早は少し不満げな顔で新に教える。
「まあ……ほうやろなあ。……今日の記念って事で、おれ何か一つ買おっか? 千早に」
 新が言うと、千早は目を輝かせて「いいの?!」と食いついてきた。
「えっと……じゃあ、このシャープペン二本にしたいけど、いいかな」
 千早が差し出したシャープペンを頷いて受け取り、新はレジで会計を済ませて千早の手にそれを戻す。
「おんなじの二本より、デザイン違うの一本ずつの方が良かったんで?」
 そう問うと、千早は紙袋のテープを剥がして一本を取り出し新の目の前に差し出した。
「一本は新にと思って」
「……え?」
「だってさ……お、お揃いに、なる……でしょ」
 そういう事か、と新は照れながら千早の手からシャープペンを受け取った。

 




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written by Hiiro Makishima