保湿系トライアルセット

No Regret --Nothing to hide-- 3

R18版



 大通りから外れると、いきなり「それらしい」看板がいくつも並んでいるのが二人の目に飛び込んできた。
「……どこに、って言うか、どやって決めたらいいんやろ」
「う……そんな事言われても……いっそ何か、私たちに関係ある言葉とか?」
 自分達にちなんだ何かと言われて、新は少し考えを巡らせる。
「んー。……通りの看板、いくつある? 二十越えてるやろか」
 目のいい千早は指で示しながら、ざっと数えていく。新が言った通り、建物の二階も含めれば二十は越えているようだった。
「なら、一番近いとこから数えて、十七番目って……どう、やろ」
 千早もすぐに意味を察した。
「……うん」
 新と一緒に、自分達に近いところから看板を数えていく。
「十五、十六……十七。……あれか。……往来でもたもたすんのも恥ずかしいし、移動しよ」
 そう言ってから新は千早の耳に口を寄せて言う。
「……おれの我慢が利かんくなるし」
 どう答えようかと言葉を探す千早の肩が押され、そのまま勢いでエントランスを潜る。

 狭い入口に、室内の写真が付いたパネルがあり、パネルのライトが点いている所が空室のようだ。
「えっと、さ。今度は十一番目っていうのは、どう?」
 千早が口にしたのは「わたのはらや」の歌番号だ。さっき看板を数えた時は「ちはやぶる」の歌番号だったから、公平かもと二人して小さく笑い合う。
「ほんなら、そうしよ。上から数えるんでいい?」
 千早が頷いたのを見て、新はパネルの上部から数えていく。運良く中層階に十一番目の空室を見つけ、パネル上部の説明に従ってボタンを押すと、その部屋のカードキーが下部の受け皿にすっと出てきた。
 床にはエレベーターへ向かう矢印が描いてあって、行き方に迷う事はなさそうだった。新はまた千早の肩をそっと押して歩き、エレベーターの上昇ボタンを押す。
「う……緊張してきちゃった……」
 箱が降りてくるのを待っていると、千早が床の上に視線を落として呟いた。
「ほんなもん、おれかってそうや。……ほやで」
 嫌なら一旦部屋に行き、その場で精算して出てもいい。新がそう告げると、千早はかぶりを振って、ただ緊張しているだけと小さな声で答えた。ちょうどその時エレベーターのドアが開き、顔を見合わせてから中に乗り込み、部屋がある階のボタンを押した。

 百貨店などでよく見かけるエレベーターより狭い箱の中、黙ったままだと余計緊張しそうに思った千早は階数表示の方を向いたまま口を開く。
「い、今の部屋決めだけど。……もし、塞がってて十一番目なかったらどうしてた? 新はさ」
「んー……塞がってたら空札や。ほん時は六番目にする。……千早の誕生日の月やし、『かささぎの』やが?」
 それもいいね、と千早はようやく緊張が解れたような声で新に答える。「かささぎの」も二人にとって思い入れのある特別な歌だ。少し気持ちが落ち着いた千早が新の顔を見上げると、新も少し照れたように視線を合わせてくれた。
「さっき新、ありのままを、って言ってくれたよね。……私も、そうする。ダメな所も一杯あるけど、全部……私だから、新には隠さない。期待はずれでも、がっかりしないでくれたらいいんだけど」
「せんよ。全部千早やし」
 新がきっぱり言い切ると同時に、エレベーターの上昇が止まりドアが開いた。
「……行こっさ」
 少しだけ、新の声音も普段より固い。それは耳が感じ取ったが、千早は敢えてその事には触れず、頷いてエレベーターを降りた。

 妙に狭い廊下を進み、部屋番号が記されたドアの前に立った。新が持っていたカードキーをリーダーに通すとガチャリ、と解錠の音が廊下に響く。
「中、入ろ?」
 新が片手でドアを押さえ、もう一方の手を差し伸べてくれた。その手をそっと取って、千早はドアの中に恐る恐る足を踏み入れる。
「なんか見た目、普通のビジネスホテルみたい」
「……ほんな感じやの。横に精算機あるけど」
 そんな事をぽつぽつ交わしながら靴を脱ぎ、その奥の客室に入り込んだ。確かに部屋の入口はビジネスホテル風だったが、もう一枚のドアを潜った先には普通の窓の他に、多分こことバスルームを仕切っている壁にも何故か四角い窓がついている。部屋の中央に鎮座しているダブルベッドを目にし、千早の鼓動が一気に高まった。
「ティーバッグあるし、お茶でも淹れるか?」
「え、あ……ううん、今はいい」
 備え付けのティーバッグを見ていた新が振り返る。

 「んと……千早、さ、先にシャワー、使う……やろ?」
 流石にぎこちない口調で新が尋ねる。その耳も頬も、決定戦の後「一緒にかるたしよっさ」と告げてきた時よりも朱を刷いていた。
「え、えっと……そう、する……、うん……」
 同じくらい赤い顔で頷き、まるで右手右足が同時に出ていそうな程ぎくしゃくとした歩き方でバスルームへ向かう。ドアの向こうに千早が消えるのを見て、新の口から長々と息が漏れた。
「やっぱ……緊張、する……。て言うか、優しくするって約束したけど……よう考えたら、基準がないんやなあ。おれら、どっちも経験ないし……」
 強引にしない、性急に事を進めたりしない、は分かる。ただ行為そのものについて「どの程度」が優しくしている事になるのか、それがさっぱり分からない。
「……とりあえず部屋明るいと、千早出てくる時、恥ずかしがるやろか……?」
 試しに枕元の調光パネルで部屋を暗くしてみる。照明はほとんど落とした筈なのに、背中側から光が漏れている事を訝しんで振り向いた新は固まってしまった。
「こ、これ……、マジックミラーやったんか……」
 四角く切り取られた明かりの中、湯気越しに見える髪の長い姿。大慌てで新が室内照明を元の明るさにすると、四角かった光はただの薄暗いガラス窓に戻った。
(……上がってきたら、やっぱ、伝えとかんとアカンやろなあ。……や、その前に謝らんと)
 そんな事を考えている新の耳に、浴室のドアが開く微かな音が届く。ベッド脇のソファに慌てて腰を下ろすと、ここの備え付けらしい薄手のガウンを身に纏った千早がそっと出てきた。





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written by Hiiro Makishima