No Regret --Nothing to hide-- 1
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春休みを利用してやってきた東京駅。待ち合わせ場所としてよく知られる「銀の鈴」には既に千早が待っていた。 「やっほー、新! ここだよー!」 大きく手を振る千早の元へ、新は足早に近付く。 「ごめんな、大分待ったやろ」 広い駅は不慣れだ、とバツが悪そうに言う新に、千早は気にしてないよとサラリと返す。 「新だって、大学こっちなんだし、すぐ慣れると思うよ?」 「ん……ほうやと、いいんやけどの。やっぱまだ、路線図見てもワケ分からん時あるわ」 よく千早は迷わず乗り換えられるな、と言うと、千早は自分もたまに逆方向に乗ってしまうと肩を竦めて笑った。 「それより新、チェックインしなきゃだよ。ホテルのサイトに書いてあるよね? アクセスとか」 「え、あ、うん。……これ」 新は懐から携帯電話を取りだして、予約を入れたビジネスホテルのサイトを表示させる。 「あ、分かる分かる。行こ? 私、道案内するから」 千早に先導される形で、二人は私鉄に乗り換えて新が予約したビジネスホテルまでたどり着いた。 「チェックインしてくるで、ロビーで待ってて。荷物置いたらすぐ戻るし」 そう行って新は足早にフロントへ向かい、部屋の鍵を受け取るとエレベーターに乗り込んだ。その背中を見送る千早はどうしても表情が緩んでしまう。 (大学入るまで、試合の時ぐらいしか会えないって思ってたから、すっごく嬉しいなあ。かるたも一杯取れるし、ゆっくり話せるし) そんな事を考えている耳に、エレベーターが上から降りてくる音が飛び込んできて千早はドアの方に向き直って到着を待つ。一階に下りてきた新が少し驚いた顔で千早の元にやって来た。 「早かったねえ」 「うん。……て言うか千早、あれも聞こえてたんか? 今」 事も無げに頷く姿を見て、新は嘆息するしかない。エレベーターのドアが開いた時、千早は既に身体ごとこちらに向いていた。それもドアが開くのを待っている感じで。それはつまり、箱が下降する音を耳が捉えていたという事だから。 「……あれ? 新それ何?」 千早の視線が今度は新が手にしている何枚かのディスクに向いた。 「これか? ほら、太一と試合したって言(ゆ)ったが? ……千早に、お土産」 南雲会の人が焼いてくれたというDVDを受け取った千早は目を輝かせている。 「早く見たいなあ。……新がいる間なら、細かいとこ解説してもらえるし」 そう言われて新は思案顔になった。確かにノートパソコンの貸し出しサービスはホテルにあるが、規則上、客室に千早を招き入れる事は出来ない。かと言って他の利用客も居るだろう一階のビジネスコーナーを長時間占領するのも気が引ける。 「ちょっと待ってて」 短く言い置いて、新は再びフロントに向かい、外出するからと鍵を預けるついでに近くのネットカフェの場所を尋ねて戻る。 「千早、ネットカフェ行こっさ。小声やったら解説しても邪魔んならんやろし」 「やったあ!」 軽い動作で椅子から立ち上がり、千早は新を急かすように外へ出る。新は苦笑しながら、それでも足を速めて千早に追いついた。 ネットカフェの受付で千早がペアシートの部屋を借りてくる事にした。新はニュースでしか知らなかったが、食事や飲み物だけでなく、シャワーまで完備されているという店内の見取り図を目にして、なるほどネットカフェ難民が出てくる訳だ、とそんな事を思う。 (ベッドあるのと、ちゃんと風呂浸かれるぐらいやろか? ホテルの部屋のが便利なんは……あっち自販機カップ麺やし) 「……新、ペアシート塞がってたから、こっちにしたよ」 そう言って千早が示したのは、長時間利用者用なのかペアシートより多少広めの部屋だった。こちらは椅子ではなく、床一面がクッションになっている。 「あ、うん。四試合分あるし、足楽に出来るで逆に便利かもの。ありがとう」 時間分の料金を支払って、千早が決めた部屋に入る。パソコンのスタート画面に設定されているネットカフェのホームページをツールバーに仕舞い込み、ディスクトレイにDVDをセットすると、内蔵のメディアプレーヤーが自動再生を始めた。新がマウスを操作して一旦映像を停止させ、全画面再生に切り替える。 ヘッドホンを使うと解説が出来ないからと、他の利用客の邪魔にならないように音量をかなり絞ってから一時停止を解除すると、暗記時間終了までの部分はカットされているらしく、すぐに序歌が流れ出した。 「……」 千早は画面を食い入るように見ている。相変わらずなかるたへの食い付きっぷりに小さく笑みながら、新はすぐ側に胡座をかいて、問われるまま再生されている試合の状況を説明していった。 名人戦と同形式に、最大五試合でと申し入れがあった太一との試合は、新が二勝して四試合目に突入している。一試合目の運命戦で太一の陣が出たのも勿論驚いたが、辛うじて見えている札から判断するとその試合中、まだ友札が読まれていない筈の「わたのはらや」を新が送っていた事も不思議だった。 (……新、渡り手得意なんだから、自陣に同音札ある方が取りやすいと思うんだけど……。……何でだろ? 何か作戦とか?) そんな事を考えていると、画面から次の札の読みが聞こえてくる。 『ちはやぶる───』 太一の陣にあった「ちは」を、画面の中の新があの誰も真似出来ない「超加速」で抜き去っている。差し出した札は、一試合目と同じ「わたのはらや」。 「……新、送り札、何でこれ?」 さっき頭の中に浮かんだ疑問を小声で尋ねてみた。 「ん? まあ普段は千早の言(ゆ)った通りや。……ほやけど、こん時は試合以上に譲れんもんがあったで送った。千早にとって『ちは』は特別な札やけど、おれにとっても『ちは』は千早やから。試合中は声出せんで、太一にも誰にも渡さんって言葉の代わり、やの」 決まり字が長い「わたのはらや」はよく「わたや」と略される。「ちは」を抜いて送ったのがそれだった「意味」を新から告げられ、千早の顔が真っ赤に染まった。 「……渡さん、とかって……迷惑、やった?」 尋ねる新の耳も赤い。 「う、ううん。ただその、そう、いう事……言われたの、は、初めてで……あの、照れ、ちゃって……」 それでも意を決したように、千早は赤い顔をしたまま新に向き合った。 「でも……嬉しい。それは、ほんと……だ、よ……」 千早の言葉に鼓動が高鳴った。さっきは試合の画面を見ていたから、そこそこ平然と言えた事だが、こうして向かい合うと新の言葉は喉に引っ掛かってしまう。 「……新?」 案の定、千早に訝しまれてしまい、一つ深呼吸をしてから、新は思い切って口を開いた。 「千早……おれ、……や、ええっと……。キ、ス……しても、いい……?」 つっかえながら言われたそれに、千早の胸も高鳴る。それでも、新に対して嘘は吐きたくない。千早も同じように一度深呼吸をした。 「……うん」 隣に座ったまま、小さく頷いた千早の顔に新はそっと顔を寄せた。 |