No Regret side-T 7
|
名人戦と同形式での試合、と言ってもあくまで個人で申し入れた事のため、本来の名人戦よりは短めな休憩を挟んでの二試合目となる。それでも参加者の多い一般の大会と比べれば十分長い休憩時間ではあった。 二試合目と三試合目は、どちらの手札にも「ちは」が入っておらず、太一も新も札への拘りを忘れて互いの全力を出し切った。新の渡り手や「超加速」は言うに及ばず、プレースタイルさえ状況に応じて攻守、バランス重視と臨機応変に変えられる柔軟さを見せてその二試合を連勝した。 太一も新の札移動を全く苦にしないずば抜けた記憶力と集中力、厳しい練習でものにした過去の対戦相手の得意技をいくつも繰り出して新に食い下がった。富士崎の前主将、江室が得意な「短い決まり字でも囲い、そのまま払う」取りを見せた時は流石の新も驚いた顔を見せていた。 だが周防との試合で知ったような、相手のミスを誘うためのフェイントに新は引っ掛からなかった。周防と太一の「感じ」の差もあるだろうが、新自身相手にお手つきをさせる取り方も公式戦で使っていたため太一の意図をすぐに読んでしまった。 とは言え新も楽に勝てた訳ではなかった。地道に努力を重ねてきた太一に対しては、祖父から教わった「得意を崩す」が上手く働かなかったのだ。結果、一試合目ではあまり出さずにおいた渡り手や加速を何度も繰り出す事になったが、太一も荒削りながら渡り手を使い始め、その器用さにも驚かされた試合となった。 そして迎えた四試合目。スタミナは両者全くの互角のようで、取りのスピードはどちらも落ちていない。一試合目とは逆に、太一の陣に「ちは」があったが新が凄まじい気迫と加速でまた壁際まで札が水平に飛ぶ勢いで抜き、リードを広げる。 「……ありがとう、ございました」 両者が試合終了の礼を交わした時、太一の手元には三枚が残っていた。 「はあ……、はあ……っ、く……っそぉ……、っ……」 俯いた太一の髪の先から汗の雫がぽたり、と畳に丸く吸い込まれる。それは汗だけではないかも知れないが、新は敢えて何も言わないまま札を引き上げて太一の近くに腰を下ろした。 しばらく二人とも何も言葉を発さずにただ座っていたが、ようやく太一がタオルで顔を拭ったのを見て新は口を開いた。 「……太一は、ほんとに器用やな。試合で見た物を自分の技に出来るって、凄い事や」 新も汗を拭いながら言葉を掛けてくる。太一は気持ちを落ち着けようと深く深く息を吐き出して、一度胸の中を空っぽにする。肺が新鮮な空気を目一杯取り込んだ時、ようやく表情を普段の物に戻すことができた。 「はあ、やっぱ強いな、新。……でも、何かスッキリした気はする。……おれさ、電話で言ってたお前や千早との友達付き合い、今もまだ答えは出てないんだけど、二人を見てておれが耐えられなくなるまでは、今のままでいいかって気もしてるよ。……それにこれは、おれ個人の事情だけど、医学部入ったらかるたに割ける時間は激減しちまう。そうなる前に、新に今のおれの全力でぶつかっていけたから、良かったよ」 疲れた、と太一は畳の上にごろりと仰向けに転がった。 「……今の太一の言葉聞けて、おれ、ほんとに嬉しい。試合かって、凄い楽しかったし」 新は畳に座ったままで太一に言葉を返す。 「なあ、新」 床から身体を起こして太一は呼びかけた。新は座ったまま、身体を太一の方に向き直らせて言葉を待った。 「───勝てよ、絶対。……次の名人戦」 自分も絶対いつかその目の前に座るから、とは、たった今負けた身としては口幅ったくて言えなかった。 「うん。太一が向かいに座るの、待ってる」 それでも新には太一が飲み込んだ言葉が届いていた。 「……こういう時やと、男同士やでいいの。……かるたでは千早かってライバルやけど、名人戦では絶対に試合出来ん相手やで」 新の一言に太一も同意を示すように笑う。 ようやく息が整った二人は服を着替えて栗山会長に今日の試合を組んでもらった事への礼を揃って述べた。 「いやいや。いい試合やったしの。……真島くんは器用なかるたを取るんやのお。うちの若い会員にも、いい勉強になったやろ」 栗山の柔和な目の奥に、それでも一度目にした手の内はもう通用させないという光を感じたように思い、太一は表情を引き締める。 「いえ、おれも色々勉強させてもらいました。もっと練習します」 太一の一言を聞いた栗山は今度こそ大きく包み込むような笑顔を見せた。 道場を辞した二人は再びバスで駅まで戻り、ローカル線に乗って新が取っておいてくれた宿まで向かう。 「新、聞いていいか?」 「……いいけど、何やろ?」 「お前ってさ、試合中でもリラックス出来てるじゃん。個人戦でクイーンに当たった時も試合中とは思えねえ顔してたし。……何でそんな落ち着けるんだ?」 今日の試合でもそれはずっと太一の中に疑問としてあった。 「んー……。まあ、太一にやったらいいか。おれいつも頭の中に最高のかるたのイメージがあったんやけど、ほんでも勝ち切れんかった頃に、じいちゃんが言うたんや。イメージって言っても色々や、って。自分の身体が一番軽く動いたのはいつや、かるたが一番楽しかったのはいつや、っての。……そういうのイメージしてくうちに、気持ちもなんか軽く出来るようになってったんや」 それでもやはり、自分が心に描く具体的なイメージについては、新は太一に話さなかった。 (……心狭いかも知れんけど、あのアパートの話は……千早にしか言いとないの、やっぱ) 「一番かどうかは分かんねえけど……東京で雪降った時、おれら三人で雪玉投げてかるたの暗唱やりあったじゃんか。……あれ、すげえ楽しかった」 太一の言葉を聞いて新も懐かしそうに目を細める。その表情を見て、新が言う「心をリラックスさせるイメージ」の効果を太一も何となく理解し始めた。 |