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No Regret side-T 8

Another:太一side



 「おれからも聞いていいやろか、太一」
 新と太一の二人しか乗っていない車両だが、それでも声を落として新は聞いてきた。
「……何をだ?」
「や、あのさ。……太一の部にすみれちゃん? って居るが? ……こないだ、その子は元々太一の事が好きで入部したって聞いたんやけど、ほんなので部の中、揉めたりとかってなかったんや?」
 新の口から飛び出た質問は、太一にとって予想外すぎて、しばらく何も言葉を返せずにいた。
「あ、ごめん。……答えづらい事やったかの」
「いや、まさか新からそんな質問出ると思ってなかったから、ちっと驚いただけだよ。……揉める、ってーか……花野さんも含めてだけど、一年生が入部してきた当初は、おれら二年の間の空気が悪くなったのは確かだな。ただそれは、恋愛問題がどうのって意味じゃなくて、おれら五人が重視してる物が違ってたって理由でだったけど」
 学年が上がってすぐ、今の部室を他部に明け渡すという問題が起きた事と相まってはっきりした、個々の二年生部員が何を大事にしているかという意見の相違について、太一は簡潔に新に話す。

 「まあ結局、その空気を元に戻したのも千早だったけどな。……一年の時の団体戦で倒れたろ、千早。あれ以来もう一人部員が居たらってずっと思ってたって言って。それ聞いて西田は本腰入れて筑波に基礎を教え出したし、大江さんは花野さんに上級生として色々教え出したんだよ。そのおかげかな、一年生もちょっとずつ変わってった」
 入部当初は太一へのアピールと、序歌が読まれている最中ですらコンパクトを取り出してメイクを気にするばかりの菫さえ、団体戦での偵察要員としての役割を果たしたり、次の試合にはもっと勝つと口にするようになった。
「……正直、今は花野さんの気持ちに応えられない。そういう対象として見てねえのもあるけど。……たださ。東日本予選の時、おれ修学旅行サボって出ただろ? あれでうちの母親が会場に乗り込もうとしたらしんだけど……そん時ドアの前に立ちふさがって『先輩は自分になりたくて頑張ってるんです』って言ったのが聞こえてきた時は……ちょっと、嬉しかった。っていうか、おれ自身ずっと、こんな事しておれは何になりたいのかって思ってたけど……そういう事なんだな、って思えたって言うか」
 上手く説明できねえな、と太一は頭を掻く。
「自分か。……ほうやの。分かってるつもりで、一番分かってえん事なんかも知れんの。おれも何度か考えさせられた事あるで、何となくやけど太一の思う事、分かる気する」
 多分、祖父の事があったりした分、そうした事を考える時期が太一より少しだけ早かっただけだろう、と新は静かに言った。

 停車駅に電車が止まると、乗客が数人乗り込んできたため二人はその話を一旦止める。
「……さっきのさ、『自分』って話やけど、どうなりたいんかも含めてさ、誰か自分以外の存在がえんと考えようがない話やの。最初はどうしたかって、その誰かとの比較で自分はどうなんやろって考え始めるもんやろうし」
 乗ってきた客がめいめいシートに座り、周囲の目がなくなってから新は話を再開させた。
「確かに、そうだよな。誰も周りにいないなら自己嫌悪だって感じる筈もねえし、変わりたいとか思う事もないよな。……他人って、そういう意味では自分の『鏡』なのかもな」
「……かるたも、そうやの。試合は一人では出来ん。どんだけ孤高を気取ったかって、相手がえん事には始まらんのやで」
 新は少しだけ遠い目になって、そう答えてきた。その視線の先に一体誰の姿を見ているのだろう、と太一はふと気になった。
「それ……周防さんとかクイーンの事、言ってんのか?」
「ん? ……んー、まあちょっとはそうかの。……残りは、自戒かの。相手や仲間の大切さを忘れたらあかんって」
 だから瑞沢と試合をしてみたかった、と新は自分の高校で一緒に団体戦に出る者を集った理由を太一に話した。
「うちの部と?」
「ほや。瑞沢って、いいチームやし。村尾さんとかも言うてたざ」
(そうだったのか……前に新に聞かれた時、もっとちゃんと聞いておけば良かったな……)
「高校選手権は無理かもだけど……同じ学校でなくても三人見つけたら、……試合、するか。……うちの部室ででも」
「……ありがとう」
 そうこうしているうちに電車は新たちが降りる駅へと滑り込んだ。

 「あ、おれ自転車取ってこんと。ちょっと待ってて」
 新は駅の駐輪場から愛用の自転車を押して戻ってきた。以前特急の窓から見えた、あの自転車だと太一は気付く。
「そう言や新、本屋のバイトってまだやってんだ?」
「うん。卒業するまでは続ける。……ほら、あそこや」
 新の指で示す先に「勝義書店」という看板が見える。
「……あれ? おれ、太一に言うた事あったっけ? バイトの事」
「いや、ほら。前来た時さ、お前んち留守で。お隣だって子が教えてくれたんだよ」
 太一は高一の春に新の家を訪ねた時の事をざっと話す。
「ああ、ほんでか。そう言うたらちゃんと引き合わせんかったなあ」
「や、あん時は仕方ねえよ。千早泥だらけになっちまったし、お前も……色々あった後だし」
 太一にしても他にどう言えばいいのか分からない。

 「……おれな。じいちゃん死んでかるた出来んくなったで、かるたが縁で友達んなった太一と千早にはもう連絡したらあかんって思ってた。千早の手紙はかるたの事ばっかやったし、太一の年賀状にも、かるた好きやって分かって続けてるって書いたったやろ。かるたに誘ったおれの方が止めたとか言うたら、二人の事傷つけてまうかなとか思って」
 新はふうっと息を吐き出した。
「ほやで、A級んなったって電話ん時も、おれ気持ちぐちゃぐちゃでさ。電話くれたのは嬉しいくせに、話したり会うたりする資格なんかないんでないかって。二人が来てくれた事も嬉しかったけど、吉野会大会で顔合わせた時さ、太一が『遅えよ』って言ってくれたやろ。……ああ、戻ってきて良かったんや、って思えて凄く嬉しかった。ありがとう」
 衒いのない笑顔で新はそう言ってきた。
「おれも似たようなもんだよ。あの大会でお前見て、嫌だって思うのと同じだけ、やった、て思ってるおれも居るって分かったしさ」
 新の復帰を喜ぶ自分の存在に気づけたのは、混じり気なしの喜びを見せていた千早のおかげだった、と太一は少し顔を赤くして答える。

 「……ほや、あん時も不思議やったんやけど、千早A級やったのに何で出んかったんやろ」
 それを聞いた太一が堪えきれずに激しくむせ込んだ。
「……っと、悪ぃ。……えーっと、千早には絶対内緒な? ……ちっと耳貸せ、新。……、……。……って訳」
 東京に居る千早に聞こえる筈もないが、何となくこっそり話しておきたくて、太一は千早が欠場した理由を新に耳打ちする。
「……え? ……えぇ? ほ、ほんな理由?」
 そう言えば試合場で同じ年格好の女の子に千早が叱り飛ばされていた事を思い出す。
「だからその後から、試験前は部室で全員で勉強する事にしたんだよ。んな理由でエースが大会出られねえとかイヤじゃん」
「ほやなあ。勝ち負け以前に士気ダダ下がりや」
「だろ。……大学進んだら、今度はお前の番って事だな。……っつか同じ目に遭え。あいつに公式一つ教えるのがどんだけ面倒か、新も肌身で知れっつーんだ」
 「お前の番」と言ったのが照れ臭いのか、憎まれ口のように言ってくる太一に新はいつもの笑みで返す。
「あ、旅館ここやざ。……太一、明日はどうするんや? どっか見たいとこあるんなら、おれ案内するけど」
「あー……試合で頭一杯で全然考えてなかったな。明日起きてから決めてもいいか?」
「うん。……ほんなら起きたら電話してや」
 言いながら新は自転車に跨る。
「新。……『また』な」
「……うん、また」
 見る間に小さくなっていく自転車を見送ってから、太一は旅館の玄関を潜った。  








written by Hiiro Makishima