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No Regret side-T 5

Another:太一side



 着替えを終えて道場に入ると、栗山会長が言っていた通り結構な人数が部屋の隅に陣取っていた。
「真島くん、久しぶり」
 吉野会大会で対戦した事のある村尾が片手を挙げて近寄ってきた。
「お久しぶりです。今日はおれ個人の我が儘に付き合ってくださってありがとうございます」
「別に? ……まあ確かに僕、普段はあんまり読まんけど、今日は精一杯努めさせてもらうわ」
 村尾は穏やかに言葉を返している。そこに他の会員が太一と新に札を並べるよう言ってきて、二人は道場の中央に歩み出た。

 新はいつもそうするように、道場の壁に飾られた、祖父が写っている集合写真に向かって一礼し、それから太一の方に向き直る。札を混ぜながら太一は周囲をぐるりと見渡してみた。南雲会の過去の優勝者名がずらりと書かれている紙に、新の祖父の名が何度も書き連ねてあるのを見て、これが「かるた王国」と言われる所以なのかと思う。
(新もいつか、ここに名前を載せようって思ってんだろうな……)
「……太一」
 二十五枚の札を取りながら、新が不意に呼びかけてきた。
「ん?」
 太一も自分の手札を取りながら短く返す。
「暗記時間始まる前に、おれ太一に謝っておきたいんや。……おれな、多分心のどっかで太一の事、見下してた。千早みたいにかるたの才能がある訳でないって。……一緒にかるたしてくれた大事な友達やのに、ごめん」
「いや……まあ、外れちゃいねえしさ。んなの、おれだってお前が転校してきたばっかの頃、酷え事散々言ったし、……したし」
 札を取る手が思わず止まってしまう。
「うん、ほやから今日は、おれ全力で太一と取る。……そう、言いたかったんや」
「そっか……」
 話し終えると二人とも再び畳の上に視線を戻し、手札の枚数を確認して開き出した。

 「暗記時間に入ります」
 その声で道場内は暗記中の二人の呼吸さえ聞こえてきそうな程静まりかえる。今回太一は新が得意な渡り手対策に、友札を左右ではなく上下に配置した。持ち前の記憶力を発揮して自陣の暗記を手早く終えると、新の陣に並んだ札の暗記に取りかかった。こちらは渡りやすいように友札を徹底的に左右に分けてある。
(……けど、新は柔軟に札を動かしてくる。それにあの加速だ、一字決まりは捨ててしまってもいい。極力決まり字を長くして、おれが取れる確率を上げるんだ……だけど……)
 太一の目は新の右陣にある「ちは」に吸い寄せられる。
(……あれだけは、必ず取る)
 新の初期配置を覚え切ると、今度は彼が取ってきそうな戦法に太一は意識を切り替えるが、かるた歴の長い新の技術は自分より上なのは間違いない。
(いや、だからこそ新にも通じるかを試すんだ。須藤さんとの試合でやったみたいに。……おれだって必死に練習してきた、それだけは何の嘘もない事だ)

 太一が暗記を終えてどう取るかを考えている中、新はいつものように脳裏に古いアパートの部屋を描き出す。イメージの中の窓際に、新は祖父を座らせて心の中で呼びかける。
(じいちゃん、今日は友達の太一と試合や。若いって笑うか知らんけど、おれも太一も譲れんもんがあって、こうやって向かい合ってるんや。ほやでじいちゃんも……見ててや)
 脳裏に描いた和室の畳にも、今並べたのと同じ五十枚が描かれる。自陣右にある「ちは」がふっと光ったような気がした。
(ああ、ほやったなあ……福井帰る前の日に取った時、同時やったで千早の取りやったな。……おれ、わんわん泣いつんて。……ほやけど、決定戦の後で千早教えてくれた。『必ず取ると勝負に出る』……今度はおれの番や)
 太一も必ず「ちは」は狙ってくるに違いない。だがその札は新にとっても「千早」だから、一指たりとも触れさせない、と新は自分なりの拘り方を決めた後は心をリラックスさせる事に専念した。

 対面に座る新の表情は、以前見た試合の時同様穏やかなものと太一の目には映る。
(……こういうトコは本当、対極だな。……おれなんか、気負わねえでいるだけで精一杯だってのに。……そう言や西田が前に言ってたな。技術云々より、新は試合中でもリラックスできる事が一番怖い、って)
 取り方や試合運びは練習を重ねれば追いつける「技術」だが、どんな場面でも力まない「心」はどうすれば近づけるのか。特に元来ストレスやプレッシャーに弱い質の自分にとって、喉から手が出る程欲しい資質だが、その方法が太一には分からない。
(けど、おれだって漫然と取ってきた訳じゃねえ。……須藤さんや、名人とも取ったし、名人なりきりの千早と、新になりきって取った事だって……ある。そこから引き出せる物が絶対ある筈なんだ)
 おもむろに太一は腕組みをして、目の前に新ではなく自分が居ると仮定して、試合前の須藤がよく見せる不敵そうな表情を形作った。新が興味深そうに自分を見ている事には気付いているが、須藤ならそれすらも薄く笑って跳ね返し、相手へのプレッシャーに変えてしまう筈だ、と太一は意志の力で表情を崩さずにおいた。
(……太一、えらい強気な顔してるなあ。……どっかで見たことある気するけど、気にせんとこ。……おれは、いつものあの部屋で、いつものかるたをするだけやし)
 表情がどうであれ、太一の本質まで変わる訳ではない。その表情の奥には新がよく知る真島太一が必ず居るのだから、と新は自分の心に更に強くイメージを描く。懐かしい部屋の目の前に、今度は太一を座らせた。
「……時間です」
 暗記時間終了を告げる声が聞こえ、太一が静かに構える。新は敢えて即座には動かず、太一が構え終わった所でゆったりと畳に手をついた。





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written by Hiiro Makishima