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No Regret side-T 4

Another:太一side



 春休みに入ってすぐ。新の姿は福井駅の改札近くにあった。南雲会の道場は新の住むあわら市ではなく県庁所在地である福井市にあるため、新もローカル私鉄で福井まで出て、じきに到着する太一を待っている所だった。
「太一、ここや」
 ホームからの連絡通路を降りてきた一団の中でも一際目立つ姿に、新は手を挙げて呼びかけた。
「悪いな、迎えに来てもらっちまって」
 改札を抜けてくる短い間も、太一の整った容姿は他の乗客の注目を集めている。
「いや、いいよ。太一、南雲会の道場は初めてやろ? ……行こっさ」
 こっちやざ、と声を掛ける新の背中を、太一はボストンバッグを揺すり上げてから追い掛けた。

 路線バス乗り場でバスを待つ間に、太一は聞いてみた。
「……結局、千早に話してねえのか? 今日の事」
「いや、試合するとは言うてあるよ。ただ泊まりがけになるでさ。南雲会の人がビデオ撮るで、それで勘弁してって伝えたんや」
「そうなのか。……部室でも特に何も言ってなかったから、話してなかったのかと思ってたぜ、おれ」
 あのかるたバカの千早が、よく何も言わずに我慢したもんだと太一が言う。
(……太一と同じ宿に泊めるの嫌や、っておれが言うたでや、なんてよう言わんな太一には……)
「あ、そうや。読手やけどさ。五人は集められんかったで、同じ読手で二試合になってまうけど、勘弁しての」
「いや、いきなり申し込んだ話だし。それでも無理言っちまってるもんなあ。……手土産、足りっかな……」

 ようやく道場方面のバスがやって来て、二人はベンチから立ち上がる。
「さて、行こか。……あ、太一これ整理券」
 どの停留所から乗ったかを示す整理券を車体後部の乗車口から引き抜き、太一に手渡す。
「あ、サンキュ。……所変われば、って感じだな。こういうの」
 二人掛けのシートに腰を下ろし、太一は窓の外を流れる風景を眺めている。停留所にバスが止まるたび、徐々に乗客が増えていく。
「あ、ここどうぞ」
 二人は立ち上がり、停留所から乗ってきた、腰の曲がった老人に座席を譲る。
「お兄ちゃんらぁ、きのどくなぁ」
(……気の毒? おれらの事か?)
 太一がきょとんとしている横で、新は老人が話す古い福井弁に合わせて答えている。
「なんも、おれらも次降りるさけ、だんねんにゃ(構いませんよ)。……太一、停留所、次や」
「え、あ、おう」
 網棚から太一は自分の荷物を下ろし、新は座席の横や天井にまで付いている降車ボタンを押す。次の停留所で運賃を払い、二人はバスを降りた。

 「……気の毒、って、おれらの事?」
 歩きながら太一は自分達の何が気の毒に思われたのかと新に尋ねる。言われた新はしばらくきょとんとしていたが、バスの中での会話だと気が付いた途端、ふっと笑う。
「ほうでのうて、わざわざすみません、って。……まあ年寄り言葉やで、おれらの世代では普通使わんけど、おれじいちゃんと住んでたで結構慣れてるしの」
「へえ……方言って、面白い表現あるんだな。あ、いや別に変な意味で言ってるんじゃなくってさ」
 昔、クラスメートに「綿谷語録」と称してメモを取られていた新が気にするといけない、と太一は慌てて付け加えた。
「太一がほんなつもりで言うてるんでないのは分かってるで」
「……そっか」
(そんなつもり、か。……おれがさっき変な意味、って言った事、通じてるんだな)

 「おれさ。団体戦で千葉国際情報ってとこと対戦した事あるんだけど、そこの選手全員日本育ちの外国人でさ。最初全員英語で話してたんだよ。誰が一番多く取るか賭けようぜー、とか」
「え、ほんで百人一首も分かるんや? 凄いな」
 新はそこに興味を持ったらしい。
「いやそれがさ。そいつら実は英語の方が苦手だったんだよ。まあそれは本題じゃなくて。そん時思ったんだよ。そこの選手が英語話すのは誰も笑ったり突っ込んだりしねえし、実際うちの部員だって浮き足立ってたのに、同じ日本人が地方の言葉話すと笑ったりするって、実は物凄く恥ずかしい事じゃねえか、って」
 太一は真面目な顔で言ってくる。
「……まあ、ほうやの。おれかって千早が『あたしメモとかとんないし』って気ぃ遣こてくれてようやく話せたし。……千早には何でもない事やったんやろうけど、おれには……凄い嬉しかった」
 その日の朝「笑うためにメモ取るような人と話したくない」とサラリと言えた千早だから、その気遣いが本物だと当時の新は素直に感じる事が出来たと話す。
「……」
 懐かしそうな目で話す新の横顔を太一はそっと伺う。その視線に気付いたのか、新がこちらを見、太一は慌てて視線を戻した。

 「の、さっき千葉の高校の話してたけど、他にも団体戦で印象に残ってるトコとかあるか?」
 新が話題を変えてきたおかげで、太一の気分もいくらか楽になった。
「印象に、かあ。……山口美丘かな。高校生クイズ王三人がレギュラー入りしてたせいだろうな、札の配置がホント変わってた」
「……どんな?」
「ん、二十五枚シャッフルしたら、そのまま等間隔に並べるだけ。しかも試合中頻繁に移動してくんの。マジめんどくせー」
 太一は手振りを交えて「定位置なしの等間隔配置」を説明する。
「って事は暗記力の勝負やの、それ。……ほやけど、奇策っちゅうのは言うたら虚仮威しやし、枚数減れば把握楽になってくで太一の敵ではなかったやろ。この前千早から聞いたわ。部員入れる時に裏返しでかるた取ったって」
 裏返しの札の決まり字変化まで太一は頭に入っていた、と聞いたと新が言うと、太一は照れくさそうに頭を掻く。
「あー……あの時はちっと、意地になったしさ。けど、虚仮威しか。……言われてみりゃそうだな。仮におれが山口美丘の配置で取ったって、原田先生には通用しねえだろうな。……て言うか、逆にもっと酷え奇策で返されそうだ」
 太一の言葉に新は思わず吹き出す。それを見ているうちに太一の肩も震え出した。

 連れだって歩いていくと、住宅街の中にある「福井県かるた協会」という看板が見えてくる。
「着いたざ。……ここが、おれら南雲会が練習してる道場や。おはようございますー」
 扉を開けながら新が中に向かって声を掛けると、栗山会長が柔和な笑みを浮かべてやって来た。
「ああ新くん、おはようさん。白波会の真島くん、やったの。今日はよろしくの」
「こちらこそ、急に無理なお願いを聞いて頂いて、ありがとうございます。改めて府中白波会の、真島太一です。今日はよろしくお願いします」
 玄関口で太一は丁寧に今日の試合を認めてくれた事への礼を述べた。
「太一、着替えこっちや。案内するわ。……って、先生。今日練習でないのに、何か靴多くないですか?」
 中を案内しようとした新が、玄関に揃えられた靴が妙に多い事に気付く。役員の会合かとも思ったが、それにしては脱いである靴は若い感じの物が多い。
「あー。新くんと真島くんの試合があるって言うたら、見学したいって子が結構居ての」
 吉野会大会で太一が村尾を破っている事で、観戦希望者がかなり出たという事らしかった。その村尾も読手として今日は来ている筈だ。いきおい太一の顔が引き締まる。
「太一、早よおいでやー」
 新が更衣室の前でドアを押さえて待っている。太一は栗山会長に「失礼します」と会釈をしてから早足で更衣室へと向かった。





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written by Hiiro Makishima