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No Regret side-T 2

Another:太一side



 千早の言動に驚かされるのは珍しくないが、原田先生と新が対戦した挑戦者決定戦の時は久々に千早の物の見方、考え方に驚かされた。二試合目を棄権するという原田の手に翻弄されて苛立っていた新に千早が何事か耳打ちした途端、新が落ち着きを取り戻したように見え、一体何を話したのかと千早に問うた。
『白波会は全力で新を倒すってタンカ切っといて、お前、新に勝ってほしいのかよ』
『違うよ。でも、全力出して勝った方が上に行く。それが決定戦でしょ』
 敵だ味方だという見方をしていない事にその時は単純に驚かされたが、今こうして冷静に思い返すと、あの時千早には「新が全力を出せるための何か」が分かっていたのだと気付かされる。
(千早が何言ったのかは今も分からねえ。けど……三試合目の新はまるで別人に見えた。取りのイメージはそう変わらないのに、原田先生さえ子供扱いしてるみてーな雰囲気があった……)

 翻って自分はどうだったのか、と太一は決定戦前後の出来事を振り返る。
『助けられた方が強くなれるんだ』
 原田のその言葉がなかったら、新の配列で取る事を拒絶したままだったかも知れない。
『新も、頑張れよ』
 千早の「宣戦布告」の電話を横から奪って、太一は新にそう言った。だが「白波会は全力で新を倒しに行く」という千早の言葉がなかったら、自分は新に「頑張れ」と言えたのだろうか。
「……多分、言わなかった。……言えなかっただろうな、おれ」
 あの電話で千早も自分と同じ、言うならば「新の敵」というスタンスだと聞いたから言えた事なのではないかという気がする。
「はは……おれって、器小せー……。けど、周防名人に言った事だけは間違ってねえと思う」
 名人戦前に練習試合をした千早に周防が告げた心ない一言。あれだけは普段の千早を知る人間として、どうしても許せなかった。だからこそ千早の次に取った時、千早が散々翻弄された「お手つき狙いの誘い出し」にだけは絶対引っかかるまいと取ったのだ。そしてその日の事だけは、きっと新も同じ事を言っただろうと太一は確信している。

 「さっきの電話で、言っときゃよかったな……その話」
 そう口にして、太一は自分が新の事をやはり友人として捉えていると気付く。
「ポカ作さん見たせいかな……なりたい人間像と、そうなれないのがおれだ、って最近ちょっと分かってきたかもって気がするな……。おれは狡くて、自分の周りを敵か味方かはっきりさせないと気が済まない所があって。自分の仲間には自分と同じ感じ方や行動を取って欲しいってつい思う所があって……」
 千早が名人に借りたというマフラーを返しに行った時もそうだ。あの時自分は千早に「名人に借りなんか作るな」と言った。往々にして他人の思考や言動を、自分の持つ「枠」に填めたがる癖がある、と思う。
「……それって、小学生の時のおれそのまんまじゃねえか……」
 よそ者に構うならそいつもハブだと言い、そんな枠組みに囚われない千早の机を教室の隅に押しやったのは、そうすれば千早も自分の枠の中に収まると思ったからだ。泣きを入れてきたら、上から目線で仲間に「戻してやる」つもりだったのは間違いない。
(考えてみたら、千早が絶対折れなかったらどうするかって考えてなかったな、おれ……)
 千早に頭を下げて「新と話してもいいから自分とも普通に話そう」と申し入れる、という考えが浮かんだが、太一はそれを即座に捨てた。そう言えば千早はきっと「だったら新のハブを解除すればいい」と答えてくるに違いなかったし、当時の自分に千早に頭を下げるだけの度量があったのか疑問だった。

 (あのかるた大会で救われたのは、ほんとはおれの方なんだ……)
 新はかるたなら誰にも負けないと鮮やかに言い放った千早と、その言葉を実力で証明した新。新に眼鏡を返して裏山に千早を捜しに行き、一緒にかるたを始めた事で新へのハブは自然に立ち消えになったが、千早のまっすぐさと、新が自分の心情を酌んで黙っていてくれた事で校内での太一の立場は守られたのだ、と今は分かる。
 もしあのかるた大会の時、千早が「ずっとここに居た」という言葉を疑い、あの場で自分のポケットを探っていたら。もし眼鏡が手元に戻ってきた新が、千早に本当の事を話していたら。
「決勝で負けた事以上に、おれお袋にこっぴどく叱られただろうな。……千早にも軽蔑されて、クラスの奴から色々言われて……」
 だからこそ、物事にはケジメが必要なのだ。電話で新に言われた一言が、ようやくストンと胸落ちした気がした。
「新や千早に対してだけじゃなくて……おれが、過去のおれ自身と決別するためにも。……千早の前に、胸張って立ってられる自分になるためにも」
 そのために、どこから始めたらいいのだろうと太一はしばらく腕組みをして考える。

 「……いや、やっぱ原点から手をつけねえとだろ、こういうのは……」
 そうなるとやはり、新に対しての行動という事になる。さっきまで小学生時代の事を思い返していたせいか、そう言えば今に至るまで「眼鏡を掛けた万全の状態」の新とかるたで対戦した事がない、と太一は思い至る。
(原田先生とのあんな凄え試合見た後じゃ、おれはまだまだ追いつけてねえって良く分かってるけど……)
 それでも今の自分はかるたが好きだ。始めたきっかけだった新への対抗意識や、千早ありきだった姿勢からも徐々に脱却している自覚はある。そして自分の意志で強くなろうと思っている。
「原田先生みたいに、自分を懸けたいんだ。何年かかっても……千早に、新に挑みたい。そして、勝ちたい。……違う。勝つんだ」
 言い切った途端、身体の隅々に力が漲ってくるのが分かる。太一はまっすぐ顔を上げると、テーブルに置きっ放しにしていたスマートフォンを手に取った。





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written by Hiiro Makishima