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No Regret side-T

Another:太一side



 通話を終えたスマートフォンを太一はテーブルの上に置くと、ソファにもたれ掛かって天井を仰ぐ。
「あー……はは、そっか……新、好きだって告白したのかあ……。そんで、千早も、言ったのか……好きだ、って。新が好きだ、って……。そっか……そっかあ……。……は、はは……っ、……っく、……。……っ」
 見上げている天井がだんだんぼやけて見えてくる。悔し涙を零すのは一年の高校選手権個人戦決勝で負けた時以来だが、あの時と違って自分の涙を止めるものはない。自分だって、千早に対しては目一杯懸けてきたという自負がある。だから涙は止まらなかった。
(夏に千早が入院してた時……大江さん、おれに『頑張らないと』って言ってきてた。千早がいつまでも恋愛音痴じゃないぞって。……あの時に告白しちまえば良かったのか?)
 その疑問が胸に兆し、太一は手の甲で乱暴に目元を拭って身体を起こした。

 「……あの時言ってたとしても、千早に気持ちが通じたかどうかは……疑問だな。それに第一……おれ自身がまだ言える立場じゃなかったよな」
 千早が入院する直前に、ようやく太一は新や千早と同じA級に昇級したばかりで、A級選手としてはまだ何の大会にも出ていなかった時期だ。富士崎の合宿を経て力が付いてきた自覚が芽生えてきた太一は、右手が治った千早に公式戦で勝ってようやく告白出来る立ち位置になれるという考えを持っていた。
「けど……吉野会大会の決勝で負けたから、言えなかった。東日本予選でも小石川さん陣の『ちは』取り逃がした。……千早なら絶対取ってた。……それに、吉野会大会終わった時の新……あれは新からおれへの、千早の事でもう遠慮はしないんだってメッセージ、いや宣戦布告だ」
 言葉にはしなかったが、お互い心のどこかで千早と自分達との距離は同じくらいなのに、どちらもそこから距離を詰められずにいたと思っていた。新も「千早は誰のでもない」と言ってくるまでは、あくまでも太一を挟んでしか千早に接して来なかった。だが千早の存在は太一の中でずっと特別で、思っている事が読めなくても側にいたいと思う唯一の相手だった。
「……千早を新の『特別』にしちまったのは、突き詰めりゃおれ、なんだよな……」
 新に電話で言われた時はつい虚勢を張ったが、「卑怯な奴やの」というあの一言は確かに今でも太一が引きずっている言葉だ。自分にとって千早が特別なように、新にとっては転校後初めて分け隔て無く接した千早はとても大切な存在になっていた筈だ。
(ガキだったおれは、千早の関心を惹いた新を排除する事しか頭になかった。……しかも新の眼鏡まで隠して……)

 医者の祖父と父を持つ太一は、車椅子や白杖、盲導犬といった存在を早くから知っていた。勝利に拘る母の目を気にしたからといって、負けるのが怖くて極度の近視である新の眼鏡を隠した事は、面白半分に車椅子の前に障害物を置いたり、わざと白杖を蹴飛ばす行為と何ら変わらない。
「負けるのが嫌で……。おれ、そんな事ばっかりだな。平井にも色々言っちまった。あいつだって裏も何もなかったのにな」
 中学時代の同級生、平井悠貴にはテストでもサッカーでも常に敗北感を味わわされてきた。邪険にした事も一度や二度ではないのに、平井は太一に対する態度を変えた事はない。そもそも平井は「太一に勝つ」という考え方さえしていなかった。難しい本を読むのも、「知らない事を知るのが楽しい」という、本当の意味で「勉強が楽しい」と感じるタイプの人間だった。
「おれは……逆だな。いつも誰かより上か下か……そんな見方ばっかりだ……」
 平井の事を思い出した途端、太一は自分の周囲の人間に対して、敵味方のようにはっきり二分化して考える癖を持っている事に改めて気付かされる。
『太一は、仲間には優しいのになあ』
 小学生だった千早の声がふと蘇る。
「……違う。おれは優しい訳じゃ、なかった。上から見下ろせる時だけ、余裕ぶってただけなんだ……」
『高校で、かるた部作るの難しかったか? ……最低でも三人いたら団体戦になんのに』
 千早と決勝を戦った吉野会大会で、新からそう言われた時自分は咄嗟に「千早の強引さがほぼ全てでコツはない」と答えた。
(団体戦だけは……おれと千早だけが共有してたもの、だったから……新に入り込んで欲しくなかったんだ……)
 ちょうどいい機会だからと太一は「仲間」というものについて、じっくり考えてみる気になった。

 さっき新と電話で話した時も「一度仲間になれば、物凄く優しい」と言われたが、裏を返せばそれは「仲間以外の人間に対してはそうではない」という事だ。その両方を体験した新の言葉には説得力があった。
「ホントの意味で、いい仲間が持てたって思えるのって……高校でかるた部五人揃ってからだったかもな……」
 所属している会で重点的に教える事の差で、攻めがるたか守りがるたかという共通点はあるが、下級生二人も含め、個々の部員のプレースタイルは誰一人被らない。その違った得意分野を元に互いに欠点を指摘しあいながら練習を重ねてきたが、意見が異なっても相手に悪感情を持つ者は一人もいない、と気付かされる。
「……特に西田は、結構ズバっと言ってきたよな。おれが恥ずかしがって素振りしねえ、かるたは頭と身体両方要るんだって」
 それでも西田の事を嫌だと思わないのは、彼の言葉の根底に「一緒に強くなりたい」という思いがあると知っているからだ。同じ事を千早からも言われた覚えがある。
「仲間でも、意見が違っていいんだ。……意見が違ってても、仲間なんだ。それが『尊重』って事だよな……」
 自分と比べての優劣ばかりに気を取られていた中学時代には、そんな関係性を持てなかった。平井は対等である事を喜んでいたが、自分に受け入れるだけのキャパシティがなかったのだ。

 「そう言や新も前の暗記忘れさせる方法とか、おれに教えてくれたっけ……」
 会場の隅で校歌を口ずさんで、前の試合の暗記を忘れようとしていた時、新は即座に「分かる」と言ってきた。そして自分も百マス計算などで工夫して前の暗記を忘れる、と隠さずに話してくれた。
(アドバイス、って……聞いた相手がそれ出来るかどうか、考えて言うよな、一般的に……)
 全く泳げない人間にバタフライのコツを話したところですぐに実行は不可能だ。あと少し改善すれば到達可能だという相手に話してこそアドバイスは活かせるものでもある。
「試合の中でも忘れてまた覚えるって……あれも新は、おれなら出来るって思ったのかな……」
 逆に西田からは「お前の頭の中は文字ばかりだ」と記憶しすぎを指摘された事がある。それらを併せて考えた結果、対千早戦のために太一が思いついたのが「より強く暗記させる事」が必要なあの配置だった。
(……おれ、色んな人に助けてもらって来てるんだな……新にも、千早にも、みんなにも……)
 特に千早の言葉は、目から鱗が落ちるような思いを何度もしてきた、と太一は更に考えを巡らせた。





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written by Hiiro Makishima