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No Regret side-B 2

電話編(パラレル)



 「……さっきな、最初の電話。千早から受けた時はやっぱちょっとショック受けたけど……今はなんか、気にならんって言うか、告白の返事自体、小さい事に思える気がしてる」
 話しているうちに千早に幾分影響されたのか、今度は舌が滑らかに動いている。千早は短い相槌だけを寄越して、話を遮らないようにしてくれていた。
「強くなりたい、おれと取る時は全力やって言うてくれた時な、すごい嬉しかったんや。何か、好きとかそういうの通り越して、千早が近くに感じられたって言うか」
『……ちょっと分かる。手術で入院した時、新が教えてくれたでしょ。試合する時はあの部屋に帰るって。……あの話聞いた時、私もそんな風に思ったなあ。……だからかな、名人戦クイーン戦の後、部の女の子だけでお泊まり会した時、新の話も出たんだけど、その言葉だけは新と私だけのものにしておきたいなって思っちゃった』
 少し照れ臭そうな千早の声が耳を打つ。電話で話しているから高鳴る鼓動が千早に勘付かれなくて良かった、と新は内心思う。

 「ほやで、おれらがこの先どうなるんかは、自然に任せるんでもいいかって。……考えてみたら大学行くより先に、大会あるしな。……瑞沢の部は、いつぐらいまでなんや?」
 高校受験前「頭のいい人がいる学校に行って、かるた仲間を見付ける」と千早が手紙に書いて寄越していた事を考えると、瑞沢高校では早めに受験対策で部活動を引退するのかも知れないと思って新は問うた。
『ん……全員揃って出られるのは高校選手権までだと思う。私もその後は、クイーン戦予選一本に絞るつもり。高校受験の前もそうだったけど、どっちも中途半端になるのはイヤだから』
「ほうやな。両立出来れば一番やとは思うけど、一日が二十四時間やっていうのは変えられん事やから……どっちも頑張らな、って自分のネジ巻き過ぎると、潰れそうんなる事かってあるしの」
 中学生だった新もその事でどんどん気持ちから余裕が失せていた。祖父との約束を早く実現したいと強く思っていたのに、現実には十分な練習時間も取れず気ばかりが焦って大会でも結果が出せず、それで尚更心の余裕を失するという悪循環に陥りかけた。
「……おれな、昔……中学の頃ほんな感じやったんや。気ばっか焦って、試合出ても身体が思った通り動かんくて負ける。ほんでまた焦る。……千早は、そうならんといて欲しい」

 同じ轍を踏まないようにと、かつての自分について話す新の口調はやはり重い。
(中学生の時って言ったら……お祖父さんの介護手伝いながら、学校と……かるた頑張ってた時の話だよね……)
 新の祖父の病状について詳しい話は一度も聞いていないから、当時の新がどう感じていたのか本当の所をくみ取るのは千早には難しかった。ただ以前太一と福井まで行った時に隣の家に住む少女から少しだけ聞かされた事だけでも、祖父の死が新の心にどれだけ深い穴を開けてしまったのかは分かる気がした。
「うん……ありがとう、新」
 あの頃の新に何があったのか、知りたいと思う一方でそれを問うのはあまりにも酷だとも思う。千早が持ってきた札を足蹴にしてまでかるたを拒んだ新が、また競技かるたの世界に帰ってきてくれた。それだけでいいではないかと千早は思い直し、礼に続けて聞きそうになっていた言葉を飲み込んだ。
『追い返しつんたし……詳しい事、って……やっぱ、気になってたりとか、する?』
 新が探るように言葉を継いできた。
「ううん、いい。……新はかるたに帰ってきたから」

 畳の上でまた会える、それだけで十分だと答える千早の声に、新はほっと小さく息を漏らす。
「ありがとの。……あ、そや。あん時……千早の札蹴っつんて、本当にごめん」
『うん』
 拍子抜けしそうな程あっさりした声が返ってきた。
「うん、って……ほんだけ?」
『……お隣さんが、何があったか少しだけ教えてくれた。それで……帰りの電車に乗った時は、もう新は、かるたも私達の事も嫌いになっちゃったのかもって思ったけど……』
 祖父の死への負い目から、かるたを続ける資格がないと思っていた自分が、かるたやかるたが縁で友達になった千早達の事ももう忘れようとしていたのは事実だ。けれど嫌いになれない、なりきれない自分に気付いてしまい、苦しかった。
「……そう出来たら楽やろな、って思った事あったのもホントや」
 その考えから自分を引きずり出したのは、千早が饅頭の包み紙に電車の中で書き付けたらしいメモの山だった。どんな立派な手紙よりも力強く、あのメモは蹲っていた自分に立ち上がって一歩踏み出す力を与えてくれた。
『でも、追い掛けてきてくれたから』
「うん。今は胸張って言える。……かるたが好きや」
 受話器の向こうから、良かった、と呟く千早の声が耳を打った。

 『かるたって言えば、やけど……あれから指、何ともないんか?』
「うん、全然平気。他の骨は軟骨化してないし、良性だって」
 新が安堵の息を吐くのがはっきり聞こえる。
『ほんなら、良かった……千早、結構無茶って言うか、頑張り過ぎるとこあるで』
 高校一年の全国大会では高熱を堪えて二試合目まで頑張っていたし、その翌年の団体戦決勝で右手を痛めながらも勝ち切った事は、審判として一番間近で試合を見ていた兄弟子の村尾から後日教えてもらった。
「へへ……あ、それで思い出した。団体戦の日にさ、新……詩暢ちゃんに何か話した?」
『え? ……いや、団体戦少しでも見に行かんか、とは言うたけど。……何で?』
「詩暢ちゃんが広間に居るの見た時、何でだか分からないけど、新が連れて来てくれた気がしたんだ。……やっぱりそうだったんだ」
『……』

 『……新?』
 千早と離れていた数年間、メールさえ数える程しか交わしていない。通話に至っては今日初めて新の方から電話を掛けたぐらいなのに、千早がちゃんと分かってくれていると知って、急に黙ってしまった自分を千早が訝しんでいるのは分かるが、咄嗟に何の言葉も出せなかった。
(……さっき、返事なんか小さい事やって言うたとこやのに……どうしよ……)
「いや、何でも、ない……」
『……そうは聞こえないんだけど……』
 恋愛感情さえ飛び越えた部分で、自分と千早の心は深く繋がっているという確信を持てたせいか、普段なら照れて絶対言えそうにない言葉が胸の奥から沸き上がり、とうとう留めておけなくなった。
「……あかんわ。やっぱおれ、気持ち抑えられん。……千早が、好きや」
『え……っと……』
 千早の戸惑いが手に取るように分かる。
「分かってる。保証が欲しい訳でないんや。さっき自分が何言うたかも忘れた訳でない。ほやけど、どうにもならんぐらい実感してもたんや。おれにとって、自分とかるたは切り離せん。千早の事も、それとおんなじなんや」
『かるたと、おんなじ……』
「……うん。おんなじや」
 言い切った後に、決定戦の後に想いを伝えた時と違って、自分が照れていない事に新は今更のように気が付いた。

 かるたと同じようにと言われ、千早の脳裏に新とかるたを取った古いアパートの部屋がふっと浮かぶ。
(……新からその話聞いた時、私もあの部屋のイメージ、鮮やかに描けたんだ。あの部屋で向かい合う、今の自分達の姿も……)
「新があの部屋に帰るって、教えてくれた時ね、私の心にもあの部屋がはっきり浮かび上がったの。何て言っていいのか良く分かんなかったけど、それでも……こんがらがってた中でもはっきり思ったんだ。私は一生、かるたが好きで……」
『うん』
 新の相槌には力みも気負いも感じられない。その普段通りの声音が千早の背中を押した。
「……それとおんなじに、新が好きだって、思った。……かるたと切り離さなくて、いいの?」
『おれは、ほんでいいと思うけど。……もしかして最初の電話で言うてた、好きの意味が違うかもって、かるたと切り離せんかったでって事なんか?』
 新自身、昔の千早がかるたを好きになっていなかったら、彼女に対して今と同じ感情を抱いていたとは思えない。
「うん、そう。切り離さなくていいんなら、返事、言い直してもいい?」
『いいざ?』
 そこで一度言葉を切り、千早は深く呼吸をしてから静かに口を開いた。
「私も、新が大好き。きっと新と同じ意味で」

 きっぱりと言い切る千早の落ち着いた声が新の胸を痛いほど震わせる。
「……ありがと、の……」
『ごめんね、私が鈍かったから回り道させちゃった』
「ほんなの、いいんや。おれの方こそ、ごめんな。いつも千早から電話とかメール、貰うばっかで……何かな、話したい事に自分の言葉が追いつかんみたいな感じして。ごめんな」
『ううん。私も番号呼び出したのに掛けられなかった事、何度かあったんだ。聞きたい事一杯あるのに、言葉にならなくて』
「……気にせんでいいざ? おれも分からん事やったら、そう言うし。……あ、ほやけど」
『けど……?』
 新はわざとそこでゆっくり間を取った。
「西日本代表おめでとう、って電話ん時んたな、耳潰れそうなのは、勘弁してな?」
『ご、ゴメン! つい、その……最初に何て言おうかって思ったら緊張しちゃって、ホントごめんっ!』
 千早があたふたと言葉を継いでくるのを聞いているうちに、新の口からはくつくつと笑いが漏れ始める。
「気にしてえんよ。えんけど、二度目はマジで勘弁や」







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written by Hiiro Makishima