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No Regret--

番外その3



 春休み明け、登校してきた新を同じ高校の生徒達が遠巻きにして噂し合っている。
「あんた、聞いたか? 綿谷くんの話」
「お母さんから聞いたぁ。なんか、すっごい美人と手繋いで歩いてたって」
「うちの部の子、駅んとこで一緒に居るの見たっつってた。女の子の方がなんか泣きそうな顔して特急乗ってったとかって」
「綿谷くんは由宇ちゃんやと思ってたけどのぉ」
 彼女たちの間だけで話しているつもりだろうが、新の耳には全部届いてしまう。
(あー……予想はしてたけど、騒がれつんてるなぁ。……まあ、しょうがないけど……)
「おはよ、新。……見事に一躍『時の人』やの」
 登校してきた由宇が、靴を履き替えながら新に話しかけてきた。
「……由宇まで勘弁してや、マジで……。おれ、ほんなつもりで千早紹介したんでねえのに」
 一泊という短い滞在の間に、由宇にだけは千早を引き合わせて彼女だと紹介してあった。由宇が冗談で言っているのは分かっていても、そろそろ噂も沈静化して欲しい新にとっては溜め息の元だった。

 「あはは、ごめんの。まあ今やで言えるんやけど、あんたの事気になってる子とかも結構居たでの、学校にも。特に千早さん本人を直接見てえんで余計気になるんやろ。……ほれに新、あんた名人なったら注目度かってこんなもんで済まんやろ? 今のうちに慣れてまいねの」
 お先、と言って由宇は教室へ向かっていった。新も内履きに履き替えてその背中を追う。
「あー……まあ、そうやけど……」
 かるたの事で集まる視線なら、新はそれこそ学校に上がる前から慣れてはいるが、こうした事で騒がれるのは経験がないせいか、自分と由宇の会話に聞き耳を立てている様子さえどうにも気になって仕方がない。
「ほやけど、新が東京に越してた間からの付き合いやで、もう六年ぐらいになるんかの? 千早さんらとも」
 教室に入ると唐突に由宇は、何故かとっくに知っている筈の事を新に問いかけてきた。
「……何やし由宇。いきなり」
「試合ん時ぐらいしか会えんかったのに、ずーっとお互い思い合ってた、って事やろ。凄いのぉ」
 由宇が口を開くたびに、教室のあちこちでその言葉が耳打ちされているのが聞こえ、新はようやく由宇の意図が飲み込めた。
(周りに聞かせて構わん程度の話だけ、先にバラしてまおうってか……)
「……凄いのは千早の方や。かるた続けてたらまた会えるって頑張って、A級なって……」
 今は周囲の好奇心さえ逸れてくれればいいだけだから、と新はその後に続けようとした言葉を飲み込んだ。

 小さい頃かるたをやっていた生徒も多い土地だから、新が口にした「A級」という単語も驚きとともに耳打ちで広まった。教室のあちらこちらから「やっぱ、綿谷くんの彼女の条件ってかるた強い子なんやの」という囁き声が耳に届く。
(条件、のぉ……人を篩に掛けるみたいで、あんま好きでない言葉やけど……かるたが好きな人、って意味では当たってるか……)
 もし小学生当時の千早がかるたを好きになっていなかったら、彼女に対して今と同じ感情を抱いていただろうかと問われれば、新自身ノーと答えるだろう。きっと千早の事も小学校時代のいい友人と思うだけで、福井に帰った時点でお互い忘れてしまったのではないか。精々クラス会などで「そう言えば居たな」と思い出す程度なのではないかと新は思う。
「それが、絆ってもんなんやろうの」
 由宇は静かな口調で告げてくる。そんな由宇に新は穏やかな笑みで返した。そろそろ予鈴だろうと、由宇は自分の席に戻る。

 (……千早の言うたの、当たってるんかも知れんなあ……)
 府中の自宅に着いたと知らせてきた千早からのメールの中に、幼馴染みだと紹介した由宇についての事が少し書かれていた。新はポケットから携帯電話を取り出して、そのメールをもう一度開く。
『ゆうちゃんとも友達になれたらすごく嬉しいけど、ゆうちゃんもずっと、新の事好きだったんじゃないかな。一昨年の春に少し話したから余計そう思うのかも知れないけど。……だからゆうちゃんの気持ち次第でいいと思ってます。あ、それとは別に借りっぱなしの着替えのお礼を送りたいんだけど、住所とか聞いちゃっていいのかな』
 新はそのメールに、頃合いを見て住所の件は由宇に聞いてみるとだけ答えてある。
(今日は普通に話してるけど、千早帰った次の日やったか、由宇、目ぇ少し腫らしてたしの……。ほうかっちゅうて、まさかおれが聞く訳にいかんもんなぁ……)
 さっきの新への接し方を自分自身に置き換えるなら、千早と太一が付き合い始め、自分がそのフォローに回るようなものだ。自分なら由宇と同じように行動出来るだろうか、と新はどうしても考えてしまう。
(おれやったら、まず無理やろな……二人と友達でいたいとは思っても、さっきの由宇んたなに、さり気なく周りの好奇心だけ落ち着かせるとか、ほんな上手に出来んやろうし……。由宇は凄いわ……)
 せっかく携帯電話を出したのだからと、新は由宇の携帯に宛てて短いメールを送信した。
『さっき、ありがとの。それと、千早が一昨年借りた服のお礼送りたいでって、由宇の住所聞いてるんやけど、伝えていいか?』
 次の休み時間になってようやく新の携帯が短く振動した。
『一昨年のお礼とか、ほんな事気にせんでもいいって伝えといてや。こっちも完璧に忘れてた話やし。住所は新が判断すればいいけど』
(……どうしたもんかの……)
 夜にでも一度千早に電話して一緒に考えようと決め、新は「今晩電話する」とだけ千早に返信を送った。

 由宇がせっかく「話しても差し支えない程度の情報」を雑談に紛らせてくれたが、人の好奇心というのはどうやらそれで収まるようなシンプルな代物ではなかったらしい。授業中だというのに時々新の机にメモが回ってきた。
(みんな受験生やろに……何でほんな色々知りたがるんやろか……)
 ノートを小さく切り取ったメモには、実に様々な事が走り書きされている。千早と知り合った経緯を知りたい、どちらが告白して交際するようになったのかといったものから、多分クラスの男子生徒だろうが「もう童貞捨てたんか?」という下世話な物まで次々と周囲の席からメモが投げ込まれた。その一枚は見るやいなや、新はぐしゃっと握りつぶしてしまったが。
(……放っといてくれんかな、マジで……って、あれ……これだけ他のと何かちゃうな)
 一枚のメモを新はノートの上に置き、教師に見つからないようペンを持った手で隠しながらざっと目を通した。
『綿谷くん、由宇の事はどうするんや? ずっと綿谷くんの側にいて支えてたのに。由宇、ずっと綿谷くんの事好きやったんやと思うざ。ちょっと冷た過ぎるって思うけど』
 他の好奇心だけのメモとは違い、短い一文の最後にクラスメートの名前がちゃんと記されていた。彼女も由宇と同じく、小学校から高校まで新が東京に居た四ヶ月を除けばずっと同じ学校だった生徒だ。

 (これだけは、ちゃんと答えとかなアカンな……)
 新は自分のノートをめくり、白紙のページに几帳面な字でメモへの返信を書き始めた。
『由宇は家族同然の大事な友達で、おれも心から感謝してる。由宇の気持ちに応えられんのは事実やけど、由宇本人が告白してきても答えは同じやし、言ってきてない以上誰にもどうにも出来ん事やと思う。おれにとって、この先ずっと一緒にかるたしたいって真っ先に思う相手は千早で、そう思えたで好きやって言えたんや。それも周りが何か言ったからって動く物でもない事や』
 最後の一行を書くかどうか少し迷ったが、新にとって掛け値なしの本音でもあり、自分と千早とかるたは切り離して考える事の出来ないものだからと思い、正直に書く事にした。それからふと思いついて、新はもう少し書き足す事にした。
『おれの事を冷たいとか言うのは別に構わんけど、由宇には由宇自身の決断がある筈やから、それは尊重してやって欲しい。友達やったら尚更』
 書き終わった紙を小さく丁寧に畳んで机の脇に置く。チャイムが鳴ると同時に新は席を立ち、クラスメートの席をすり抜けざまにその紙片を彼女の机に置くと、トイレに行くふりをして教室から出た。

 「……綿谷くん」
 すぐに教室に戻る訳にもいかない、と廊下で時間を潰していた新に、そのクラスメートが声を掛けてきた。
「ごめんの、さっき。変な事聞いてもて」
「別に気にしてえん」
 ただ、由宇の友達だからという事だけで、そこまで聞いてくるものなのかどうかは新には良く分からない事だった。
「……多分私、由宇が綿谷くんと仲良くしてるの見てるうちに、自分をそこに重ねつんたんやわ。ほやけど、さっきの返事読んで、綿谷くんその人にホントに本気なんやって良う分かった。……ほやで、ごめん」
「気にしてえんって。まだ直球で聞かれただけ他のメモより気は楽やったしの」
 新は黙殺するつもりでポケットに突っ込んでおいたメモを服の上からぽんと叩いてその多さをクラスメートに教える。
「正直の、お前が回して来た一枚だけは真面目に聞いてる事やで返したけど、後は答える気にもならんわ……」
「答える気にならんって、何でまた」
 それへの答えの代わりに、新は授業中握りつぶした一番下世話なメモを開いて見せた。
「……今、綿谷くんの気持ち、めっちゃ理解出来た気するわ……」
 流石にクラスメートもそのメモには引いたらしい。苦笑を一つ押し上げて新はそのメモを再びぐしゃぐしゃに握りつぶした。

 教室に戻ると、ポケットの中で携帯がメール着信を告げてきた。送信者名を見た新の目は途端に和らぐ。
(……瑞沢も部活紹介やったんか。今、下級生二人やもんな、千早んとこも。新入部員、来るといいの)
 部室で撮ったものらしい、千早達初代部員五人の写真が添付されている。千早からのメールによると、戦績のアピールよりも「一首でも好きな歌があれば気軽に部室に見学に来て欲しい」と呼び掛けたらしい。
「へー……団体優勝とか、言わんかったんや」
 創部二年で全国大会で団体優勝という快挙なら、校内の誰かからどの道耳に入るに違いない。それよりも「好きな歌があれば」と間口を広げて勧誘する方針を採ったという事だろう。
「……おれも、負けてられんな」
 新は手早く返信を入力する。
『太一や西田くんも元気そうで安心した。こっちもこれから新入生勧誘始まるし、千早の話すごく参考になった。夜また電話するし、詳しい事教えての』
(……またフルに充電しとかんと、話しきれんかもやな……)
『わー! 電池が何か鳴ってる! また電話するね!』
 それさえ途中で聞こえなくなる程の長話など、千早との通話以外で体験した事がない。今夜もひょっとしたら大慌てになるかも知れない、と小さく笑いながら新は「メール送信」ボタンを押した。





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written by Hiiro Makishima