FX情報の口コミ

No Regret--

番外その4



 その夜千早に電話を掛けた新は、今日学校であった事を話す。
「噂はまあ予想してたけど、授業中にメモ回してまで聞いてくるとは思ってえんかったわ……一枚だけは真面目な話やったで、それには返事したけど」
『って言うと?』
 新は由宇の事について問われたメモの内容と、自分が書いた返事を正確に思い出して千早に告げた。
『……その子の気持ちも分かるけど、人の気持ちって誰かにああしなさい、こうしなさいって言われて動かせるものじゃ、ないもんね』
「うん。由宇にしたかって悩んだやろうとは思うんや。……その上でおれに対する態度とか変えてえんのは、由宇の中で一応の答えが出たで、やと思うんやけどの。……ただ、服のお礼は別にいいって言うてたわ。本人も忘れてたでって」
『そっかぁ……うん、分かった。無理強いは嫌だしさ、私も』
 千早は案外あっさりと由宇の返事を受け入れた。

 「住所教えるかどうかは、おれが判断すればいいとは言うてるんやけどの。どうする?」
『ううん、いいよ。……また福井に行った時とかにちょっとずつ話していけたら、それでいいし』
「まさか由宇に『もしかしておれの事好きやったんか?』なんて聞く訳にいかんし……ごめんな」
 もっとも千早の事がなくとも、多分聞けないだろうし、聞いたとしても由宇の事だから一旦は否定するだろうという気はしている。
『気にしてないし、新も聞いちゃダメだよ? そんな事。前のメールに書いた事当たってるとしたら、私に引き合わされたのだって由宇ちゃんには辛かったかもだし。それなのに、新の友達で居続けて、学校でも新の周りで色々噂されてたのを、うまく逸らしてくれたんだよね。……すごく、優しいね。由宇ちゃんって』

 千早は落ち着いた口調で言葉を継いできた。
『考えてみるとさ、新の周りの人って優しい人ばっかりだね。本当に困ってる時はちゃんと手を差し伸べてくれてる』
 私もそんな人間になりたいなあ、と言う千早に、新は電話越しだが微笑んだ。
(……千早かって、おれに手差し伸べてくれたがの。……千早にとっては当たり前すぎて意識してえんのかの……)
 古い友人がかるたを止めたと聞いただけなのに、東京から何時間もかけて福井まで飛んできたという自身の行動は、千早の言葉に含まれていない印象を新は受ける。
「……ほやの。おれもそうなりたい。高校選手権の時、村尾さん運営に居たんやけどさ、おれが『ご苦労様です』って言うたら、『こういうのは巡るもんや』って笑ろてての。ほうやなあ、いつかおれも返す側になるんやなあ、って何となく思ってたけど……」
 新は自分が苦しかった時を救い上げてくれた、周囲のさり気ない言葉を千早に話して聞かせる。

 「勿論、千早らが福井に来てくれたで、おれ近江神宮まで行けたんやけど、かるたに戻れるかどうかは正直、分からんかった。ほやけど運営の吉岡先生が『綿谷先生にまた会える』、おれのかるたはじいちゃんそっくりやから……って言うてくれた時、はっきり分かったんや。おれはやっぱりかるたが好きなんや、っての。……ほやで千早らへの土産に試合で会おうって書く事できたんや」
 吉岡先生がそこまで考えて言った事なのかは新にも分からないが、あの一言は新の背中を強く押してくれた。
「吉岡先生だけでなくて、栗山先生も村尾さんも、原田先生も。おれ色んな人に助けてもらってここまで来てるんやな、って思う」
『……原田先生が?』
 福井や近江神宮で直接会っていた人はともかく、東京に居る原田がどう新をフォローしたのかは、流石に千早には分からなかった。

 「高一ん時の吉野会大会で、太一と顔合わせたやろ? お互い何話していいか分からんくて固まっとったんやけど、原田先生、太一をおれの方に突き飛ばして、栗山先生んとこ喋りに行っての。ぶつけられたおかげで、おれと太一そのまま話し出せたんや」
『あはは、先生らしい。……私達も、後から来る子たちに、私達が受け取ったものをあげなきゃね』
「うん。それが『巡る』って事やもんの」
 そう考えると千早が高校の教員志望だというのも納得だった。
「おれ漠然と将来は地方公務員かなあって思ってたけど……。おれが誰かに返せるもんって何があるんかなあ……」
『返す返さないって言うか、自分がされて嬉しかった事を他の誰かにも分けていくって話でしょ? 年も仕事も関係ないと思うけど。……あ、でも新が何か具体的な事考えてるなら、職業も関係する事はあるよね、ゴメン』
 そう言い切る千早の声を聞いているうちに、小学生の頃の千早の姿がふと脳裏に浮かんだ。
(……損得なしでサラっと考えられる所とか、やっぱ敵わんけど……ずっとそのままでいて欲しいなあ……)
「全然具体的ではないんやけど、やっぱかるたで何か、って思うかの」
 ふと、高校選手権の時に詩暢と話していて心に浮かんだ事を新は思い出した。

 「……去年の夏の近江神宮で反省文書いとった時の事って、千早に話した事あった?」
『え、反省文? ……ううん、初耳だと思う』
 新は団体戦の日に詩暢と話したりして感じた事を千早に聞かせた。
「ほん時思ったんや。おれらの好きなかるたの世界を豊かにしてんのは、人増やして励ましたり教えたりしてる、チーム持ってる人の方でないんか、っての。……ほんで学校でも呼び掛けてみたんやけど、なかなかの……」
『そっかぁ……団体戦でも当たりたかったけどな、新のとこと』
「ん、まあ諦めた訳ではないで、一年生に経験者えんか探してみるつもりや。……さっきの『誰かに返す』話やけどさ。おれやったら多分、高校とかでのうて、もっと小っちゃい子……ほやなあ、小学生とか。かるたは楽しいって知ってくれたらいいなあって、今話しててちょっと思った」
 祖父が南雲会でかるたを教えていたためか、子供に教えるという方が新にとっては馴染みやすい考えだった。
『新のお祖父さんみたいに?』
「うん。……栗山先生とか原田先生みたいにっていうのもあるの。……まあ、まだまだ及ばんけど」
 技術的な事は今の新でも教える事は出来るが、かるたには心技体全てが必要だ。その「心」を支えたり教えたりするには、まだまだ人生経験が足りないと新は率直に語る。

 『人生経験、かぁ。確かにそれだけは、私達が一足飛びに得られる物じゃないもんね。……ところでさ、聞いていい?』
 千早の口調が不意に変わる。
「ん? ……何やの」
『さっきさ、反省文書いたって言ってたけど……。新、一体何したの?』
「……う」
 千早に隠し事をしたい訳ではないが、団体戦での替え玉出場の一件はやはり新の口も重くなる。それでもモゴモゴと口ごもりつつ、中学の同窓生に口説き落とされて、事故渋滞で着いていなかったメンバーの替わりに予選リーグの席に着かされた事を話す。
「運営の先生ら大騒ぎになっつんて。最初は個人戦出場停止って話やったんやけど、詩暢ちゃんが取りなしてくれたで、奥の座敷で反省文書いて個人戦出なさいって言うてもらえたんや」
『ああ、菫ちゃんが言ってたの、それかあ……。でもさ、取り方とかで新だって分かっちゃったんじゃないの?』
 意外にも千早は替え玉出場の部分はサラリと流してくれている。
「……翔二に眼鏡外されつんたし、他の二人の試合に影響出したらアカンかったで最初、札取らんといたんや。……ほやけど、ほんなの相手にも失礼やし、藤岡西の負け確定してから眼鏡掛けて本気で取った。……ほしたら先生におれやってバレつんたんやけど」
『あ、なるほどー。へーえ』
「なんか、意外やな。千早やったら替え玉で出た事とか、もっと食い付きそうな感じしたけど」
 新がそう言うと、千早は「食い付いていいんなら食い付くけど」と軽く笑いながら答えたが、突然その声音が変わった。

 『ルール違反はいけない事だけど……新に頼み込んだ人のギリギリだった気持ちは分かるしさ。私がその人でも、やっぱり一試合もしないで不戦敗で帰るって、納得出来るかどうか分かんないもん。もしかしたら運営の先生に頼み込んで、二人だけでも……ううん、もし私一人だったとしても、試合させて欲しいってお願いしたかも知れないなあ』
 団体戦の決勝トーナメントを戦っている時、この五人で挑む近江神宮はこの時が全てであり、一人でどんなに頑張っても決して座る事が出来ない場所だと感じた、と千早は強く言い切った。
『名人戦クイーン戦は何度だって挑めるけど、高校選手権は三年きりだし、次の年にまた出られたとしても同じメンバー、同じ対戦相手って事はない。……だから、諦められなかったって気持ちは分かるんだ』
「……成程の。って言うか今千早が言うた方法のが断然マシやな。ほやけど、こう言うと変かもやけど……あの経験でおれ、前の日の電話で千早に、チームに興味ないって言うてもた理由、気が付けたで……無駄ではなかったって思うんや」
 あの日座敷で翔二や詩暢を見て、チームを持っている千早や太一を自分が羨んでいた事に気付けたと言葉を継いだ。
「羨ましかったのと、やっぱチーム組むんなら千早と太一がいいって。……その前から漠然と大学は東京に行きたいって思ってたけど、目の前の目標がはっきり出来たで、個人戦は絶対優勝するって決めたんや」
『……もし私が団体戦で怪我してなくて対戦してても?』
「勿論や。左手やったとしても遠慮せん」
 新がきっぱり断言すると、千早もそれを聞いて安心したと朗らかに答えてきた。
『じゃあこっちの大学に来たら、堂々とチーム組もうよ。……替え玉なしで』
「うん。替え玉なしでの」
 楽しみだ、と言い合って電話を切った。

 明日の学校の用意をしようと通学鞄を開けた新の手が止まった。
「……全部捨てたと思ったのに……休み時間に誰か机ん中に入れたんか……」
 ノートの端からメモ用紙がちらりと顔を覗かせている。新は溜め息を吐いてそのメモを引き抜いた。
『新へ 一年生に何人か経験者居るみたいやよ。南雲会でなくて、別のかるた会でやってた子らしいけど。話しに行くんなら、詳しい事聞いてみとくわ。 由宇』
 メモに書かれた文字を新は何度も読み直す。
「……さすが由宇やなあ。すっげえ助かる。明日学校で聞いてみよ」
 机の引き出しからクリップを出して、そのメモをノートの表紙にしっかり挟み込んで鞄に戻す。
(もうちょっと早く気ぃ付いてたら、千早にも言えたのに残念やなあ……いや、まあいいか。部員確保出来てから話す方が、千早やったらもっと喜ぶやろし……)
 携帯電話を充電器にセットしながら、新の脳裏には藤岡東高でかるたをする人が増えたと聞いて大喜びする千早の生き生きとした顔が浮かぶ。きっと電話の向こうでそんな顔をするのだろうと思うと、新の口元にも自然に笑みが浮かんだ。









written by Hiiro Makishima