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No Regret another side 6

電話編



 「お邪魔しまーす」
 千早からの呼び出しメールに答えて菫が「呉服の大江」にやって来たのはそれから半時間ほど経った頃だった。
「ごめんね菫ちゃん、呼び出しちゃって」
 菫が何の用かと切り出す前に、千早は先に呼び出した事を詫びる。一学年下の菫にとっては、千早からの呼び出しはたとえプライベートなものであっても断りづらい性質のものだろう。
「いえ、構いませんよ。綾瀬先輩が私を呼ぶって事は、何かあったって事でしょうし」
 一月の「お泊まり会」以降、何らかの進展があったと菫はとうに察しているようだった。

 「えっと、まずは菫ちゃんとかなちゃんに、改めてお礼を言いたいんだ。あの『お泊まり会』で色々教えてくれて、ありがとう。……それで、昨日の晩、チョコ届いたかって新に電話してみた」
 昨日の日付とチョコレート、で菫には千早が何と答えたか見当は付いたが、敢えて何も言わずに千早の話の続きを待った。
「……で、新からの告白に、私も好きだって返事したんだ。……でも、その事は今、菫ちゃんに来てもらった事の本題じゃないの。……新とも話したんだけど、当分の間……正確に言うなら、太一が受験に備えて部活を引退するまで。私達の事は自分達からは公表しないでおこうって」
 そう聞いても菫の表情に驚きは見受けられなかった。
「何となく、そうなるような気はしてたんです。近江神宮で先輩達三人が幼馴染みだって聞いてましたから」
 それを聞いて千早は居住まいを正して菫の前に座り直すと床に手をついた。
「勝手な事言ってるって分かってる。太一の方が気付いて聞いてくるなら勿論全部正直に言うつもりだけど、そうじゃないなら、せめて高校選手権が終わるまで、太一の気持ちをかき乱す事はしたくないの。……だから、ゴメン。菫ちゃんもしばらくは黙ってて欲しいの。……お願いします!」
 千早が頭を下げる。

 「綾瀬先輩、とりあえず頭上げて下さいよ。……そのままじゃ、話もなにも無理ですし、その事言うつもりもないんで」
 意外に冷静な声が千早の耳に届き、顔を上げる。どこか呆れたような菫と視線がぶつかった。
「先輩達に話した事なかったですけど、入部してすぐの頃に私、真島先輩に聞いた事あるんですよ。先輩はモテるでしょ、って。彼女に困んないですね……って」
 菫の両手がぎゅっと握られた。
「その時先輩、『男が女に選ばれてどうすんだって思う。おれは選んで頑張るんだ』って言いました。だから私、かるたに必死に取り組む事にしたんです。真島先輩が選んで掴み取りたかったのは、かるたに懸命な綾瀬先輩だったから。その視野に入るには、同じ努力をしないと無理だって思ったから。……そりゃもちろん、試合の差し入れとか、アピール出来る部分ではしてきましたけど……」
 菫の顔がだんだん俯いていく。
「仮に私が真島先輩に、綿谷さんと綾瀬先輩がお付き合い始めたって言ったとしたって、それが真島先輩が私を見てくれる事には繋がりません。先輩は『自分で選ぶ』人ですから。……でも、私だって……苦しいのも本音です。真島先輩の気持ちを一度粉々にしない限り、先輩は綾瀬先輩を見続けるから。綾瀬先輩を選び取りたいって努力を止めないから。早く粉々になって欲しいと思う自分と、真島先輩が傷ついて欲しくない自分、どっちも私の中に、居るんです」
「菫ちゃん……」
 千早は思わずきつく握られた菫の手の上に自分の手を重ねた。

 「私、今の花野さんの恋なら全力で応援したいと思えます。……正直に言うと、入部したばかりの時は困った子が来たな、って思いましたけど、今の花野さんは、素敵だと思いますから」
 奏が柔らかく微笑んで言う。
「大江先輩……」
 菫は泣きそうな目で奏を見ている。
「千早ちゃん達の交際を積極的に言わないのは賛成ですが、真島部長は鋭い人ですし……それとなく気付くようにするぐらいしか今は出来ないかも知れませんけど。……でも部長が自分で気付いた時は、千早ちゃんは正直に答えるって言ってますし、それで部長が二人の友達を止めるという決断をしても、それを尊重するとさっき話してくれましたから」
「だけど『それとなく気付くように』って、どうすればいいのか分かんないよ私……」
 奏の言葉に千早は自信なさげに答える。
「どうもしなくていいんじゃないですか? 部室でみんな居る時に綿谷さんの名前が出るとか、メールが来るとかすれば綾瀬先輩は顔に出ちゃうでしょ? 真島先輩ならそれでピンと来ると思いますけど」
 さっき泣いたカラスがもう笑うではないが、菫は早くも猛禽類のような目を取り戻している。その変わり身の早さに苦笑しつつも、菫が今言った事は当たっていると奏は思う。
「確かにそうですね。……でもわざとらしく名前を出すと千早ちゃんの反応も白々しくなっちゃいそうだから、いい偶然を待ちましょうか」
 奏はにっこり笑ってそんな風に言ってきた。
「ん……一応今日の話、新にも伝えておくね」
 太一絡みを含めた、千早と新の交際開始の話はこれでひとまず伝え終わった。そこで千早はもう一度菫に向き直る。

 「私達の学年が部活引退したら、筑波くんと菫ちゃんが部を引っ張っていかなきゃいけなくなるんだよね。今のうちに太一から、部長としてやってる事とか聞いておくのもいいかも。新一年生勧誘の時期にはまだ、私達も部に居るけど……」
 千早自身は今年、クイーン戦予選に参戦するつもりでいるが、他四人は恐らく高校選手権が終わったら受験一本に絞るだろう。筑波と菫、どちらが部長に就任するかはさておき、引き継ぎの時は堂々と太一と二人きりになれる訳だから、と千早は菫に告げた。
「そう言えばそうですね。……去年、部長と千早ちゃんが袴姿で部の紹介してから、もうすぐ一年経つんですね。花野さん、四月の部活動紹介の作戦も、部長と立ててみたらどうですか?」
「……そうですねぇ……。確かに私としては、真島先輩との接点が増えるのは有り難いですけど……去年みたいな紹介だと、ライバルがまた沢山入って来そうじゃないですか……」
 菫はそれが少々気に入らないらしい。
「そこは今年という先例があるじゃないですか。百首暗記以外不合格って言ったのと、他の教室で千早ちゃんが教えたりしてるうちに、残ったのは花野さんと筑波くんだけだったでしょ? ……やる気のある人まで蔑ろにするのはいけませんが」
 奏は大丈夫だと笑って答える。

 奏の言葉に千早も頷いて言葉を継いだ。
「ちょっと変な言い方になるけど、菫ちゃんの入部動機は太一だけどさ、その想いでずっと頑張り続けてきたのは凄いよ。その辺って太一と似てるかも知れないね」
 小学生の時、新のかるたに千早が惹かれたと気付いた太一はその後、自分から白波会の場所をネットで探して来た。今思えばあれは千早の関心を引いた新への対抗意識だったのだろう。
 もっともその後は太一自身もかるたが好きになって今日まで頑張り続けているのだが。
「そうやって頑張り続けてきた今の菫ちゃんは、胸を張っていいと思う。去年だって太一目当てで来た子いっぱいいたけど、今日まで気持ちが変わらなかったのは菫ちゃんだけでしょ? だから、かなちゃんが言う通り、かるたがしたくて入る子をちゃんと見分けてくれればそれでいいと思うんだ」
「……綾瀬先輩……。そうですね、頑張ってみます」
 昔の太一を知る千早からの言葉は菫の心に大きく響く。いつか自分にも、その頃の事を話してくれたらと菫は思う。
(多分、それを知らないと本当の真島先輩を理解できないような気がする……)
「でも真面目な話、来年も大会は袴なんですか? ……着付け出来るのって大江先輩だけじゃないですか」
 菫も自分の着物ならそれなりに着られるようになってはいるが、他人に着せるのはまた手間が違う。
「練習すれば大丈夫ですよ。そうしたら真島部長の着崩れを直したりも花野さんが出来るじゃないですか?」
「え、ちょ、大江先輩笑顔が怖いんですけど……」
 覚えるまで帰さないとでも言いたげな奏の笑顔に菫は一瞬たじろいだが、太一の名前を出されて思い直したように奏の視線を真正面から受け止め礼を返す。

 「……あ、そうだ。うちのクラスのみちるちゃんだけは知ってるんだ、私と新の事。ただ内緒にしてる理由は一応部活を引退するまで、ってしか話してないんだけど」
「みちるさんって……陸上部の堀川さん、でしたっけ。分かりました」
 修学旅行委員として手腕を発揮したという噂は奏のクラスにも届いていたため、同じクラスになった事がないにもかかわらず奏はみちるの評判をよく知っていた。
「じゃあ先輩、その人にもうちの部では大江先輩と私は詳しい事聞いてるって話しておいて下さい。そしたら話が早いでしょうし」
「うん、そうする。……結構時間経っちゃったね。ごめんね、かなちゃん」
 それで今日の話はお開きとなり、千早と菫はそれぞれの家路についた。





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written by Hiiro Makishima