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No Regret another side 5

電話編



 「かなちゃん、今日ってお店番ある日?」
 練習が終わり、部室で着替えながら千早は放課後の予定を奏に尋ねた。
「いえ、あっても母が出かける間の留守番程度だと思いますけど……」
 何かありましたか、と聞きかけた奏は千早の表情に浮かぶ真剣さに気付いて口を閉ざした。
「一緒に帰りましょうか、千早ちゃん」
 何の用か聞く代わりに、奏はそう話を向けてみた。
「ん、ありがと……かなちゃん」
 今この場で詳しく聞き返さない奏の気配りがとても嬉しかった。

 奏の自宅である呉服店へ並んで歩く間、千早も奏も本題は家に着いてからとお互い何となく気持ちが一致し、今日の部活の内容やクラスでの出来事、四月になって学年が上がったら新入部員は来てくれるかといった当たり障りのない話をぽつぽつと交わしていった。
「どうぞ、上がってください」
 幸い母が店に居たため、奏は千早を自室に通して座布団を勧めた。
「ありがとう。お邪魔します」
 千早はそこに正座すると、一度深々と息をしてから奏の顔にぴたりと視線を据えた。
「あの、かなちゃん。……実は昨日、新に電話して返事したんだ。……私も好きだって」
 両想いになったという報告にしては、千早の表情が硬い事を奏は怪訝に思う。

 「ただ、私達が部活を引退するまでは、自分たちから積極的にその事を言わないでおこうって、新と話したの。もちろん何が何でも隠す訳じゃないけど……自然の成り行きに任せようって。……だから今日、先にかなちゃんにだけ話そうと思って来たんだ」
「……それは、真島部長がショックを受けないように、ですか?」
 千早は無言で頷く。
「太一自身がどう考えてるか、ホントの所は分からない。……私に対して思ってる事も含めて。でも前に机くんが『冷静に考えたらかるたを思いっきりやれるのは今しかない』って言ったよね。きっと今度の高校選手権が、私達五人が一緒に戦える最後の大会だと思うから……それまで太一の気持ちを乱すかも知れない事はしたくない。そう、思ったの」
 千早の言葉を黙って聞いていた奏はある事が気になって口を開いた。

 「でも千早ちゃん。真島部長は鋭いから、気が付くんじゃないですか? 千早ちゃん達の事……」
 ずっと側に居て、千早が恋愛音痴を脱するまでと何も告げずに千早を見続けていた太一なら、そのちょっとした変化にも目聡く気付くのではないか。現に千早の入院中、発破を掛けた奏に「分かってる」と太一は言っていた。
「うん。太一自身が気付いて聞いてきたら勿論正直に答えるし、それでもし太一が私達とはもう友達で居られないって言うなら、……それは太一の決断だから、私達はそのまま受け入れる」
 千早はあの「お泊まり会」で、奏が言った例え話に含んだ意味をちゃんとくみ取っていた。
「でも……菫ちゃんの口から『あの二人恋人同士なんですよ』とかって太一に話すパターンだと、太一がどう感じるか分からないから、話していいのかどうか自体迷うの」
「確かに、そうですね……」
「だからって菫ちゃんに口止めするのも何だかおかしい気がして。だってずっと太一の事見てたんだから、菫ちゃんにとってのチャンスを私が握りつぶしていいのかなって」
「千早ちゃん……」
 ずっと恋愛に疎い「あんぽんたん」だと思っていた千早が、菫の太一への想いにまで気を回せるようになっていた事に、奏は内心驚きを覚えていた。

 「花野さんへの事を話す前に、私も千早ちゃんに一つ謝っておきたいんです。……去年、部長と千早ちゃんで富士崎の合宿に行きましたよね。……あの時桜沢先生に呼ばれたのは部長と千早ちゃんだけだって、私、一年生に嘘を吐いたんです」
「……え?」
 奏は折り目正しく頭を下げてきた。それを大慌てで押し留めながら、どういう事か千早は尋ねた。
「私、真島部長が千早ちゃんの事を好きだって大分前から気付いていたので、二人がいい感じに接近出来るチャンスだと思って、部長にも静岡には是非二人きりでと話したんです。ごめんなさい」
 結果としては太一と千早のライバル関係がより強くなった合宿だったが、吉野会大会の決勝を戦う二人を見て、それが恋愛でなくとも畳の上でお互いの心がぶつかりあっているのが分かった、と奏は申し訳なさそうに言葉を継いできた。
「でも決定戦の後、綿谷さんが凄くストレートに好きって言ったのと、その後学校の廊下から鳩を見上げていた千早ちゃんがとてもキラキラして見えたので、もう私がどうこう言う事じゃない、私は千早ちゃんの決断を尊重しようって決めたんです」
「そうだったんだ。……合宿の事もだけど、私、別に気にしてないよ。だから謝らないで。むしろ私の方こそ、かなちゃんをヤキモキさせっ放しだった。……ごめんなさい」
 互いに頭を下げ合い、顔を見合わせて照れくさそうに笑い合う。

 「あっ、ごめんなさい。花野さんの事でしたよね。入部したての頃の花野さんになら私もきっと口止めしたんじゃないかと思います」
 当時の菫なら、新の告白を偶然耳にした時点で太一にそれを知らせて自分が接近するチャンスにしたかも知れないが、最近の彼女は太一への気持ちは捨てていないものの、策を弄して近づこうとはしていない。
「私達が部活を引退した後は、筑波くんと花野さんが部を牽引していく事になりますし……その辺りと絡めて話してみる、のはどうでしょうか」
「……かなちゃんもそう思うんだ……。うん、じゃあ……とにかく、話してみる。私が言わなきゃいけない事なのは間違いないし。……でも上手く言えるかなあ。ちょっと不安」
 不安と言いながら、奏に相談以上の事を求めない千早を、彼女は少し誇らしく感じた。
「今の千早ちゃんなら、きっと大丈夫ですよ。もし上手く聞き入れてくれなかったら、私もお手伝いします」
「ありがとう、かなちゃん。その言葉で俄然勇気が出てきた!」
 善は急げだ、と千早は奏の許可を貰い、菫をここへ呼ぶ事にした。





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written by Hiiro Makishima