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No Regret another side 2

電話編



 ようやく気持ちが落ち着いてきた新は、半ば照れ隠しもあって手紙にあった三つの短歌に話題を戻した。
『かささぎ云々は前に電話もらったで、おれも意味すぐに分かったんやけど、夏の日の……の歌は、入院してた時の事か?』
「そう。ほら、珍しい病気だったから、大きい病院入ったしさ。エアコン寒いぐらいだったよ。うちの部室、夏でも扇風機一台だけだし、それも練習中は消してるし」
『分かるわ。音邪魔やもんな』
「おかげで一日何枚Tシャツ着替えるって話だよねえ」
『ほやなぁ。……ええっと、もう一つの歌の事も聞いていいか? ……この角を、って歌』
 一句目を耳にした千早の額から汗が噴き出す。
「あ、あー……え、えっと、あれは……その。か、課題出た時にね、うちの部のかなちゃんが『素直な気持ちを五・七・五・七・七のリズムに乗せればいいんです』って言ったから! ……だから、あの……。あ、新に会えたらいいな、とか……思って……うう」
(は、恥ずかしい……!)
『いい歌やけど、おれは、奇跡とか待たんよ? ……ほやで大学そっち行くんやし』
 新が穏やかに言葉を投げかけてきた。
『こういうの、柄でないけど……この角を、の歌におれから返歌するわ』
「……え?」
『この角を曲がって君に会いに行く……奇跡も夢も意志が叶える。……ちょっと気取りすぎたかの』
「ううん……新らしい。すごく。昔私に『自分の事じゃないと夢にしちゃだめだ』って教えてくれた新らしい、歌」
 千早の言葉に、新は「ほんな事もあったの」と懐かしそうな声で返してきた。
『三年上がったら、推薦の面接やらで東京行く機会も何回かあるし。……ほん時は、会いに行くわ、おれ』
「うん」
 そんなやり取りさえ今までと違って感じられて、心のどこかが暖かくてくすぐったい。

 新もそれは同じだったようで、唐突に話題を変えてきた。
『あ、えっと千早、部活のかるたはいつまでなんや? 三年やで、受験の準備とか模試とかあるやろしさ』
「……ん、うーん。高校選手権は出るけど、その後はクイーン戦にだけ集中するかも。B級に上がった時も実は、高校入るまで大会出るの我慢してたんだ」
『我慢してって、ほんならC級なったって手紙の後、大会全然出んと一発勝負でB級んなって、すぐA級に昇級したって事か? おれに電話くれたの、あれ高一の四月やったやろ? ……千早、凄いな』
 祖父の介護という事情があったとは言え、中一で既にB級だった新がA級になったのはそれから二年後、中学三年になってからだった。それをほんの一月かそこらで成し遂げた千早の熱意を新は素直に尊敬したくなった。
「まあ……うん。って言うか……かるた部作りたかったから頑張ったの」
 高校で再会した太一が妙に冷めた物言いをした事に、千早とて傷つかなかった訳ではなかった。だからそれへの意地も手伝い、原田に「絶対優勝したい」と作戦を授けてもらった事を話す。
『原田先生らしい作戦やな。ほやけどクイーン戦は中継入るんやで、それ、やったらアカンざ?』
「やんないよ。新、ひどーい」
 膨れて返すと、新はくつくつと笑いながらゴメンと口にする。ひとしきり笑った後、千早の心に一つ疑問が浮かんだ。

 「新ってさ。……いつ、その……好きって、気付いたの? ……や、私が聞くのって変だし、無理に答えなくってもいいんだけどさ、その……私ってほら、女らしくないし、天然バカとか色々言われてるし、だ……誰かから好きなんて言われる事も初めてで……だから、その……」
 おたおたと言葉を継ぐ千早を、新の穏やかな笑い声が遮る。
『おれにとって千早は、きっと最初に話した時から特別やったんや。ただあの頃は子供やったで、太一の事指すのと同じ意味で特別な友達やって言葉しか自分の中になかった』
 自分自身その「特別」の意味に迷った事もある、と新は率直に語ってくる。
『決定戦の後、千早やったら終盤どうした、っておれ聞いたが? ……あん時迷わんと答えた千早が、初めて会うた頃の千早とダブって見えて。……ほん時、分かったんや。……ずうっと昔から、おれは女としての千早も好きやったんや、っての』

 今まで新はかるたについて、千早に問われて短く答える事ばかりだったが、決定戦で原田に翻弄されて頭に血が上っていた自分に千早が耳打ちしてくれた。初めて「千早の方から」試合に勝つための助言を受けた瞬間でもあった。
「……そう言えばそっか。いつも私ばっかり助けてもらってたよね」
『助けたとか、ほんな風に思わんでもいいざ。おれの方がほんの少しだけ、じいちゃんとかから教わった事が多かったってだけや。……ほやけど前のおれやったら、同年代のもんから自分のかるたの事言われても、聞き入れるキャパとかなかったかもの』
 他のアドバイスと違い千早の告げた言葉は、新が以前話した「試合前に心に描くイメージ」に基づいてのものだったため、彼女の言葉は素直に心の中に落ちていった。
『ああ言うてくれたで、おれ外歩きながら色々イメージ出来たんや。原田先生を先生って思わんと、逆に上から飲み込めるイメージは何やろうっての』

 「原田先生がちょっと話してくれた。試合中、新の姿が永世名人にダブって見えてきたら、先生自身の手足とかまでがお祖父さんと対戦した頃の、十代の自分に見えてしまったって」
 途中、膝の痛みと窓越しに見えた名人の姿で我に返らなかったら、飲まれたままだったかも知れないと原田は言っていた。
「その状態の新と、かるた取ってみたいなあ、私も。お祖父さんのかるたも、知りたい」
『それも楽しそうやなあ。おれも、おれの中にいるじいちゃんに、見せたげたい。千早のかるた』
 じいちゃん何て言うやろの、と新は小さく笑う。想像の中で自分や原田先生に言ったように「若い若い」と言うだろうか。それとも千早の弾け返るような勢いを見て「元気な子やのぉ」と笑うだろうか。

 『ああ、話逸れつんたの。……さっき千早、自分の事女らしないって言ったけど、全然ほんな事ないざ? 確かに他のもんと比べたら活発やけどさ。……料理とか化粧とかだけが女らしさでないやろうし』
 たまにテレビなどで見かける、アイメイクをきっちりしている女子高生を見ても新は魅力を感じなかった、と言う。
『千早はすっぴんで十分、き……綺麗やし。写真集で千早のお姉ちゃんの顔も見たけど、おれは千早のすっぴんの方が好きやわ』
「あ、ありがと……」
 新にそういう誉められ方をされたのは、袴が綺麗だと言われた時以来だろうか。電話越しのおかげで真っ赤になっている顔を新に見られずに済んでいるのはラッキーだった。
『……げ、電池がヤバいかも知れん……結構喋ったもんな』
 千早も素早く自分の画面を見ると、確かにバッテリー残量がかなり減っていた。
「あ、私のもだ……また電話していい?」
『いつでも掛けてくれていいざ。……おれからも、電話するし。───千早』
「……なに?」
『告白受けてくれて、ありがとう。嬉しかった』
「……うん。私も伝えられてよかった」
 唐突にバッテリー低下の警告音とともに通話が断ち切れた。しばらく真っ黒になった画面を見つめていたが、千早は携帯電話をそっと胸元に抱きかかえ、長々と息を吐き出して自分と新の想いが通じ合った喜びをかみしめた。






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written by Hiiro Makishima