No Regret 5-c
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ようやく千早の上から身体を退かせた新は、ベッドから転げ落ちるような格好で床に降り、戸棚の上からティッシュペーパーの箱を持って戻ってきてベッドの縁にどさりと腰を下ろす。側に千早が居るから静かに座りたかったが、身体が芯から疲れ果てていて上手くコントロール出来なかった。 「……千早、身体……何ともない?」 何枚かまとめて引き出したティッシュで後始末をすると、うっすらと赤いものが紙に付いているのが見えた。 (ほやった……女の子って、初めてん時血ぃ出るんやった。……大丈夫なんやろか……) 自分で奪っておきながら、今更のように心配になる。 「ん、……ちょっとだけ、身体重い感じはするけど……平気」 千早が無理をして言っていないだろうか、と新はしばらくその顔に視線を注いでいたが、やがてふっと一つ息を吐き出して箱ごとティッシュを手渡した。 「ほやったら、いいけど……。喉とか、乾いてえん? ……何やったら、おれ取ってくるし……」 こういう時にどうしてやればいいのか分からず、新は思いつくまま尋ねてみた。 「喉は渇いてないけど……一つお願い、きいてくれる?」 千早は横たわったまま、新を見上げて口を開いた。 「ん? ……どんな事やの?」 「しばらく、一緒にいて……?」 千早の目線は新が降りて空いたベッドのスペースを示している。 「いいざ、もちろん」 新は笑うと千早の身体の下になっていた掛け布団を器用に抜き取り、隣に横になりながら千早の胸あたりまで掛け布団で覆った。 「……あ……」 「え? なに、新?」 急に何かを思い出したらしい新の顔を千早が訝しげに見上げてくる。 「いや……すげえ今更なんやけど。……さっき、さ。おれ、ゴムとかって付けてえんかったが。……ごめん」 新は片手で顔を覆い、大きな溜め息を一つ吐くと千早の耳元で何事か尋ねる。 「……あ、それなら……もうすぐ。一応今日も、荷物の中にあるよ。……だから多分、大丈夫だと思う」 「ほやけど一応、何か変やったら絶対言うてや? ……おれな、千早との事はいい加減にしとない。ほやで、言いづらいかもやけど……知らせての」 千早はこくんと頷き、そのまま新の胸に頭を預けた。 「さっき周防さんの話、したけどさ。……なんか今なら、ガッツリ言い返せそうな気がする」 「……ガッツリって?」 新が尋ねると、千早は顔を上げて新に目線を合わせてきた。その目は悪戯っぽく煌めいている。 「前向きでへこたれなくて、彼氏も友達もいて、クイーンにもなりますが、それが何か? ……って」 周防の言葉をそっくりそのまま返す言い方に新は思わず吹き出してしまった。 「千早らして、いいなあそれ。……でも、ほんでいいと思うざ。クイーンなるのは千早が自分で決めた夢や。夢は自分で叶えるもんやでの」 新はもしも自分の祖父から「お前では名人は無理や」と言われても、自分も名人を目指す事を止めないだろうと言い切った。 「さっきさ、後悔するしない……の話あったでしょ? 思うんだけど、自分が何かをして後悔するのと、その何かをしたいと思ってるのに出来なかった後悔って、どっちが大きいかな」 「それって例えば、おれが名人目指して負けて後悔するのと、名人なりたいって思うだけで試合せんといて、年食ってからやっとけば良かったって思う……って解釈でいいんか? ……その二つやったら、おれは『やってから後悔』する方がマシやと思う」 千早はガバッと跳ね起きてきた。 「やっぱりそうだよね?!」 頷こうと顔を上げた新は真っ赤になって目を逸らしてしまう。 「そ、そろそろ服着よっか……千早のその格好、おれまた理性飛びそうんなるわ」 「えっ? あ……わ、忘れてた……ご、ゴメン」 千早も同じくらい赤くなって、布団の中に芋虫のように潜り込むのを見た新は小さく笑いながら布団からするりと抜け出し、取り敢えず下着を身に着けると床に散らばったままの二人の服を拾い上げる。 「あ、ありがと……あれ?」 新から服を手渡された千早が素っ頓狂な声を上げた。 「……一個足りない……その、私の……パンツ」 「え? 床にあったの、ほんで全部やけど。どっか隅の方やろか……って、あ……ほやった」 千早のショーツだけはベッドの上で脱がせた事を思い出し、新はちょっとごめん、と掛け布団の足元をめくり上げる。 「やっぱここにあった。……小っさいなぁ。これで千早、ちゃんと入るんや?」 手の中に握り込んでしまえそうな小さな布地に、新は妙な感想を述べる。 「そんなのマジマジ見ないでってば、もう……」 まるで一字決まり札を取りに行くような速さで新の手からショーツを引ったくり、千早は布団の中でもぞもぞとそれを身に着け、ブラとショーツ姿になってようやく抜け出してきた。 「……やっぱ千早って、スタイルいいんやなあ。足長いし、全然無駄ないし」 「そ……そう? な、なんか照れるけど……あ、ありがと」 頬を染めたまま、千早は手早く服を身に着けてふうっと大きく息を吐き出す。ようやくお互い目のやり場に困らなくなったのか、床に腰を下ろした二人は顔を見合わせて照れ臭そうに笑った。 「まだ、身体重いんたな感じする?」 「……そうでもないみたい。疲労感だって試合の後の方が大きいし、平気」 正直に言えば、まだそこに物が挟まっているような違和感が多少残ってはいるが、それはあれだけの大きさを体内に受け入れた事を考えれば当たり前だろうからと千早は口にするのを止めた。 「ねえ、新」 「……ん?」 呼び掛けられた方を向くと、上目遣いで新を見ている千早と目があった。 「来年、大学入るまで……会えないのかな、やっぱ」 「……ほんな事もないやろ。大会出たら会えるんやし。栗山先生がいいって言うたら、おれだけ先に行って後に帰ったかっていいし。ほれに推薦の面接やら何やらで何べんか東京行く筈やで、細かい事決まったら知らせる」 千早の手を握りながら、新は言い切った。 「うん。待ってる。……私も原田先生に聞いてみようかな。こっちの大会エントリーしていいかって。OK出たら、道案内頼んでいい?」 「もちろん、いいざ」 新はもう一度、千早の手を力強く握る。 「ほんとの事言うと、今かって……帰しとない、って思ってまうけどの、やっぱ」 そう告げる新の顔がどんどん赤くなっていく。 「今までやったら、会えんのも、会うてもすぐ帰らなあかんのも、離れてるで仕方ないって納得出来てたんやけど……今は、自分を納得さすのが難しなってる。……おれも知らんかったわ、自分がこんな独占欲強かったんやって」 千早が新の手を優しく握り返してきた。 「そんなの、私だって同じ。……いっつもちょっとしか会えない、って愚痴零した事もあるし。今だって……明日には帰らないとダメだって分かってるけど、やっぱり一緒に居たいもん」 独占欲の強さはお互い様だと思う、と千早は照れながら答えた。 「ほやけど、一緒にいたいって千早の口から聞けて、なんか嬉しいわおれ。……一緒に居る、えん(居ない)って単純な事でのうて、同じ事思ってるんやって知れる事が嬉しいんかな」 くすぐったいような笑いが二人の顔に浮かぶ。 「あれ、ほう言えばコロッと忘れとったけど……千早まだチェックインしてえんかったんでない?」 「……あ……そう言えばそうだった! ……この住所って、ここから遠い?」 千早は自分の荷物から携帯電話を取り出して宿の住所を新に見せる。 「大丈夫や、歩いて行ける距離やわ」 そう答えると千早は何故か腕組みをして悩み出す。 「……何やの、難しい顔して」 「え、うん。荷物置きにチェックインはしておきたいんだけど、その後戻ってきて新とかるた取りたいなあって。それだと練習着とか分けて置いといた方が楽だし……どうしようかなあ……」 ボストンバッグを前に真剣に悩んでいる姿が妙に可笑しくて、新はつい吹き出してしまった。 「ほんなら財布とか携帯だけ持って、宿まで行くか? ほんで鍵だけ渡してもらえばいいやろし」 「あ、そっか! うん、そうする! ちょっと待ってね」 バッグの中から小さなポーチを取りだして、そこに携帯電話を収めると、千早は勢いよく立ち上がる。 「いよっし、準備オッケー!」 苦笑しながら新も自宅の鍵と携帯電話をポケットに入れて床から立つ。じきに家族が帰ってくるだろうからと、新は出かけてくるというメモを台所に置いて靴を履いた。 宿への道を手を繋いで歩いている二人に周囲の視線が集まるのが分かる。 「……な、何でこんな注目集めてんの?」 「当たり前やろ。千早、目立つし」 (……しかも、おれ近所やで尚更やろの。……しばらく騒がしいかも知れんな) 「えっと……新、い、いいの? ……その、手……繋いだままだけど……」 新の顔を窺うように千早が問うてくる。新は繋いだ手に力を込めて、穏やかに言葉を返した。 「いいんや。……何か聞かれたら彼女やって言うって、さっき言ったやろ?」 |