No Regret 2
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女子会という名目ではあるが、話の本題は新からの告白を千早はどうするのかという事だ。コンビニの袋を脇に置き、早速奏は静かに切り出した。 「千早ちゃん。綿谷さんの風邪、相当酷かったんですか? ……名人戦、会場で見たかったでしょうに残念ですね」 近江神宮に姿を見せていなかった新に電話した時、彼女達も近くに居たし、何より千早が大きな声で「風邪?!」と言っていたから奏や菫も不在の理由は知っていた。 「うん……朝起きたら熱が高かったって、凄く咳き込んでた。帰りの新幹線の中から、早く治るといいねってメールは送ったけど……」 「返事は来てないんですか? 先輩」 千早は黙って頷いた。 「……今回の事に当てはまるかどうかは微妙ですけど……先輩、告白の返事しないままズルズル、はしない方がいいですよ。好きって言った方からすれば、返事がないって事自体脈なしなのか、相手が迷ってるのかって悩んじゃって、そのうち向こうが悩むのに疲れて諦めちゃったりしますから」 そうなってからでは遅いと菫はきっぱり言い切った。 「えっ? ……で、でも……私だってまだ、自分がどう思ってるかさえよく分からないのに……」 千早は真っ赤になって菫に言い返す。 「だったらその迷ってる、自分の中の答えを探してるって事を伝えてあげてもいいんじゃないですか? 千早ちゃん。……答えが出るまで、待っていてくれるかどうかは相手次第ですが、綿谷さんは千早ちゃんに『一緒にかるたしよう』って言いましたよね。真剣にかるたをしている人が生半可な気持ちで口に出来るような、いい加減な言葉じゃない筈です」 迷っている千早に今度は奏が言葉を返す。彼女の言葉も菫と同じく明快なものだった。 無論競技として「一緒にかるたをする」事は返答に関係なく可能だが、新が言った「一緒にかるたしよっさ」はそんな単純な意味ではない事ぐらいは千早も理解している。 「千早ちゃん。実は私ね……中学の時に失恋してるんですよ。……恋、とも呼べないものだったかも知れませんが」 奏の一言に千早と菫が同時に大きな声を上げた。 「婚約者もいらっしゃった大人の方でしたから、気持ちに気付いた瞬間、失恋も確定してたんですけど……後悔はしてません。その方のおかげで私は和歌や古典が大好きになりましたし」 そう言って奏は照れたように微笑みながら、「だからかも知れませんが、千早ちゃんがどんな答えを出すにしても、後悔だけはして欲しくないって思っちゃうんです」と話を締めくくった。 もう彼女の中ではきちんと「過去」になった事だから穏やかに話せる事だが、想い人の口から婚約者の名前が出る度に胸が締め付けられそうだった時もあった、と奏は自分の体験を率直に話した。 「大江先輩、衝撃の告白じゃないですかそれー! それに比べたら、私なんか高校入学してすぐ一樹ってバカに振られた程度だし軽いですよね。……でも私も後悔してないです。かるた部に入った事も、白波会に入った事も」 奏と菫から語られた過去の恋愛話。千早は驚きに目を丸くしていたが、二人の話に共通しているのは「後悔していない」事だと気付く。 「……さっき菫ちゃんが言った、そのうち向こうが諦めるって話。……そうなってから返事したんじゃ自分も相手も後悔するって意味だよね? ……あ、あの……聞いてもらっても、いいかな……」 菫と奏はごく自然に千早の話に耳を傾ける姿勢になってくれる。それが千早の緊張を少し解してくれた。 「あ、新から好きだって言われてから、自分がなんか変なんだ。かるた続けてたら会える、会いたいって頑張ってきたのに、ずっと普通に電話とかメールしてたのに、今はボタンを押す指先がひどく熱くて……もの凄く緊張、する……」 菫が貸してくれたクッションをぎゅっと胸に抱き締めて、千早はつっかえつっかえ今の自分について話す。奏の小作りな手が千早の手にそっと触れてきた。 「千早ちゃんは、綿谷さんに告白されて自分が変わった事が……怖いですか?」 「怖い、のとは違う……みたい。……好きって言われてドキドキしてるのに、どうして会うのが怖いとか思っちゃうのか、それがよく分からないって言うか。あんなに会いたかったのにどうしてだろうって」 菫は千早と膝同士がぶつかるぐらい近くに座り直してきた。 「ねえ先輩。今まで綾瀬先輩が会いたかったのは『お友達』の綿谷さんだったんですよ。……だけど、綿谷さんが先輩に好きって言った今は、それまでと同じ意味での『友達としての綿谷さん』はもういないんです。先輩がその告白にどう返事しても、です。そして先輩も綿谷さんの告白を聞いてしまった以上、なかった事には出来ません。いえ、綿谷さんが真剣だからこそ、なかった事に『しちゃいけない』んです」 菫の一言に千早ははっと顔を上げた。 「……花野さんの言う通りですね。答えがどうあれ、真剣な想いには同じだけの真剣さで返して欲しいと私も思います」 奏は静かだがきっぱりと言葉を継ぐ。 新の告白に千早がイエスと答えれば、その瞬間目の前に居るのは友達ではなく「恋人の綿谷新」となる。ノーと断れば、新が以前と同じ友人関係を保とうと思うかどうかは新の意志に委ねられる。そして関係性が変わるのは新と千早の間だけではない。太一と千早、そして新と太一それぞれの関係にも変化が生じるのは不可避なのだ。 「例えばですけど、私と千早ちゃんが同じ男の子を好きだったとして、どちらかが相手に告白したとします。私達のどちらか一方は失恋する訳ですが、それを受け入れた上でその男の子と友達付き合いを続けていくと決断したなら、それは素敵な事ですが……そんなのは耐えられないと友人関係に終止符を打ったとしても、責める事は出来ない。そう思います」 「……うん。確かにそうだよね。恋人にはなれないけど、今まで通り仲良くしようよ……なんて勝手だよね」 千早は頷く。奏の言葉には、「千早が告白を受けた時、太一が二人の友達をやめるかも知れない」という意味も含んでいた。千早がそこに気付いているかどうか奏にも分からなかったが、今日の話には太一の事は出さない前提だからと敢えてそれ以上は何も言わずにおいた。 「私は異性間の友情ってあんまり信じてない方なんで、多分友達やめちゃうかもですね」 雰囲気が重くなりそうだ、と菫は自分の「恋愛体質」を逆手に取って言葉を返した。 「男女関係なく友達でいられるのって、無邪気な子供の間だけって思うんですよねー、私。大きくなるにつれて、徐々に相手が男子でこっちは女子だって思い知る瞬間って増えてくもんですし」 菫の言う事も理解できる。自分達だって、白波会の練習後に雪の中で遊んでいた無邪気な頃にはもう戻れないのだから。 「……難しいね」 千早は膝を立て、クッションごと膝を抱える。 「でも、かるたは男女一緒に戦えますよ。確かにスポーツ的な側面が大きいですが、やはり文化だから、でしょうね」 奏が穏やかに話し掛けてきた。 「私や机くんは小柄ですけど、それでも戦えるのはそういう事だと思うんですよ」 「……確かに他の運動競技だったら、最初っから男女で種目分かれてるよね。その意味では大好きになったのがかるたで良かったって思う。……新だけじゃなくて他のみんなとも、ずっと同じ畳の上で戦えるから」 駒野の名前が出た事で、ふと以前彼が言っていた言葉を思い出した。 「かなちゃん、一年の時のクリスマス会覚えてる?」 「はい。クラス別でしたから、千早ちゃんと机くん以外は会場バラバラでしたね。……ちょっと、寂しかったです」 「うん、私もそう思って、部のみんながここに居たらもっといいのにって机くんに言ったんだ。そしたらね、『ここに居たらいいのにって思う人はもう家族なんだって。付き合いの長さや深さも関係なく』って」 千早は一つ深呼吸をして言葉を継いだ。 「筑波くんちでやったクリスマス会の時……私、みんなと一緒に笑ってる新の姿を想像してた。……新にも、あそこに居て欲しかったんだ……」 「綾瀬先輩、そういう事こそ綿谷さんに話すべきですよ! 自分が居ない時でも思い出したり、ここに居て欲しいって思われてるって、すごく安心できる事じゃないですか。先輩の答えがまだ出せなくても、諦めないでいいんだって思える支えって言うか」 菫は意気込んで千早に詰め寄った。それを奏はやんわりと止めながら口を開く。 「もしかして、近江神宮で会えたら名人戦の後にそう伝えるつもりでした? 千早ちゃん」 「ん……話すだけの気持ちの余裕が私にあったら、だと思うけど。……えっと、で、電話で話すんでも、いいの? こういう話……」 それを問うだけでも千早の顔は真っ赤になっている。 「そりゃ顔見て話すのが一番でしょうけど、実際物理的に距離ありますもん。電話でも仕方ないんじゃないですか? メールよりは断然いいと思いますよ、私」 文字だけのメールでは千早の心の揺れまでは相手に伝わらないだろうと菫は言う。 「う、うん。……新の風邪が治ったら、思ってる事とか……電話、してみる」 その千早の携帯がメール着信を短く告げてきて、驚いた三人が同時に身を竦ませた。 「はあ、びっくりしたあ……って、あ……。あ、新から……返事、来た……」 ぎこちない手付きで千早は自分の携帯を開く。いつもは二、三行の短いメールしか返って来ないが、今日のメールはそれより長いようだ。早く読んで下さいよと菫が千早を急かす。 「あ、うん……えっと『お見舞いのメールありがとう。薬が効いて寝てたせいで返事遅くなってごめん。熱も大分下がったし、じきに治ると思うけど……。来年の名人戦クイーン戦は千早と一緒に出たいから、お互いに頑張ろう』……だって」 画面を見ていた千早は、新からのメール本文にまだスクロール分が残っている事に気がつき画面を動かしてみる。随分と長い改行の後、『追伸』と書かれていた。 『決定戦の後でおれが言った事、あの時は、ただ自分の中にあった気持ちを言いたかっただけで、返事もらうとかも考えてなかったし、おれ自身は全然後悔してないけど、もし迷惑だったらそう言ってください。千早に嫌な思いとか辛い思いさせるのだけはもう二度としたくないから』 最後の一文の意味を千早は携帯を持ったまま暫く考える。 「千早ちゃん?」 携帯電話を握りしめたまま黙ってしまった千早を奏が気遣わしげに見ている。千早は奏たちに新の「追伸」部分を見せた。 「綿谷さん風邪で大変なのに……千早ちゃん、告白された事は迷惑じゃなかったんでしょう? その事だけは今、返信した方がいいですよ。細かい話は治ってからでもいいでしょうけど」 奏がそう言うと、菫も大きく頷きながら後に続いた。 「それに二度と……って部分、先輩が迷惑に思うなら東京への進学もしないっていう意味にも取れるんじゃないですか?」 二人の言葉に千早ははっと表情を引き締めて、メールの「返信」機能を呼び出した。 『新から好きって言われたのが迷惑だなんて全然思ってないよ! ただ、まだ自分の気持ちがうまく言葉にならなくて。新の風邪が完璧に良くなってから、まとまってないけど思ってる事とか話してもいいかな。……あ、名人戦クイーン戦は勿論、私も一緒に出たいって思ってます。また熱がぶり返すと悪いから、今日はこれで。お休みなさい』 千早は打ち終えたメールを奏に「これでいいかな」と見てもらい、彼女が頷くのを見てから祈るように「送信」を押した。 |