No Regret
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名人戦クイーン戦の観戦を終え、瑞沢かるた部のメンバーは特急と新幹線を乗り継ぎ東京へと帰るため駅へと向かう。 (新、風邪で神宮に来れなかったのは残念だったなあ……あの試合を直に見られなかったのも気の毒だし。……けど……) 新から好きだと言われて以来、今までのように気軽に電話やメールが出来なくなっている自分に気がついている千早は、試合の感想や熱は下がったのかどうか、気になる事が沢山あるのに携帯を開いては閉じ、溜め息を吐くばかりだ。 (……もし今日、新が近江神宮に来てたとして……私、今まで通り話せたんだろうか……) 「千早ちゃん、そろそろ電車来ますよ」 奏の声が新に電話をかけられるタイムリミットを告げてきた。千早はもう一度溜め息を吐いて携帯を鞄にしまい込んだ。 「……あの、千早ちゃん、花野さん。今日は多分練習もないでしょうし、女の子三人でお泊まり会でもしてみませんか?」 新幹線の中で奏が口火を切った。 「女子会ですか? いいですね。……綾瀬先輩も、来ますよね?」 「え? ……ん、うん……。ご、ごめんちょっとお手洗い行ってくる」 千早は自分の鞄を手に、彼らの車両から出て行った。 「……大江先輩、お泊まり会ってもしかして『あの事』関係の話するんですか?」 小声での菫の問いに答える代わりに奏は自分の鞄から小さなメモ帳を取り出して手早く何かを書き付けている。向かいの座席に座る男子部員に聞かれたくないからだろう、とそういう勘が鋭い菫はすぐにピンときた。 『もし今日、近江神宮に綿谷さんが来ていたら提案するつもりはなかったんですけど。千早ちゃん、告白以来やっぱり少し様子も変ですし、私達に話す事で少しでも楽になるならと思ったので……』 奏のメモにはそう書いてあった。菫はメモとペンを借り、その下に書き足す。 『前に言った通り外野が騒ぐべきじゃないと思うので、真島先輩絡みの話題は出さないなら行きます』 菫の一文に目を通した奏はこくり、と頷いた。 「場所、どうします? ウチ一応三人ぐらいなら並んで寝られると思いますけど」 「……降りてから決めましょうか。そろそろ千早ちゃんも戻ってくる頃でしょうし」 そうですね、と二人は頷いて男子部員がさっきから熱く語っている試合の話に混ざった。 奏と菫が「お泊まり会」の事を話している間、千早は新幹線のデッキで携帯を取り出し、新のメールアドレスを呼び出して文章を入力しては消してを繰り返していた。 (……この先の大会、どれに出たら新に会える? ……でも、新に会って私……大丈夫なの? 今日だって……) 近江神宮に絶対来ている筈の新が見当たらなくて電話を掛けただけでも思い切りが必要だったし、どうしても「好きや」という、今も耳に残るあの一言を思い出して、何も言えなくなってしまう。直接会ったら自分が燃えてしまいそうだと思った程だったのだ。 「……やっぱり、風邪の事だけ書こう……」 結局千早は「風邪を早く治してね」と短い一文だけを送信して座席に戻った。 「ごめん、お待たせー」 「どうしますか? 千早ちゃん。たまには女の子だけでお喋りしようって話してたんですけど」 奏は太一に気遣ってそんな風に言ってきた。 「うん、もちろん。……けど、どこでやるの?」 「私んちってどうですか? 先輩」 「菫ちゃんちってそう言えば、行った事ないね。……じゃあ家の人、大丈夫なら」 菫が頷いたので、千早と奏は菫の自宅で「お泊まり会」をすることに決めた。 新幹線が東京駅に止まり、瑞沢かるた部メンバーはぞろぞろとホームに降り立ち、私鉄に乗り換える。 「先輩達、私んちの場所分かります? 一度家に荷物置いて……って言うかお泊まり用の荷物出してきて、どこかで待ち合わせた方がいいですか?」 菫は千早と奏に尋ねた。千早は奏の家になら何度か立ち寄った事があるが、菫の家に行くのはこれが初めてで少し自信がない。結局学校近くのファストフード店で待ち合わせる事にした。 「じゃあ、かなちゃん、菫ちゃん。また後でね」 近江神宮への日帰りに持って行った物はそう多くないが、泊まりとなればパジャマや洗面用具など細々した物が要る。千早は自宅への路線が出ているホームへと歩き去った。 「へえ、お泊まり会か。まさかウチの部でその単語が出ると思ってなかったけど、三人で楽しんでな」 多分千早の口から出るのは「強化合宿」だろうと思っていたと太一が言うと、男子部員も苦笑いで奏たちに手を振り、それぞれの自宅がある路線へのホームへ散っていった。 「大江先輩。新幹線の中でも言いましたけど、今回話すのはあくまでも『綿谷さんの告白を綾瀬先輩はどうするのか』って事だけに絞りましょうよ。……私達は所詮、外野なんですし」 「……ええ、私も今はそう思います。試験前、廊下で千早ちゃんが鳩を見上げてたのを見て、私……千早ちゃん自身に自覚は薄くても、そこに居るのは『新しい千早ちゃん』だって感じましたから。……後で詳しく話しますね」 奏と菫もそれぞれの自宅へ戻って行った。 「あー、大江せんぱーい! ここです、ここー!」 高校近くのファストフード店のテーブルには、唯一外泊用の荷物が要らない菫がすでに待っていた。和服好きな奏は寝間着や洗面用具を愛用の風呂敷に包み、普段よく袖を通す着物で菫の待つテーブルに向かう。 「すみません、待ちましたか?」 「いえ、全然。……綾瀬先輩、まだみたいですね。……先輩、駅で言ってた『新しい綾瀬先輩』って、どういう意味なんですか?」 やはり気になっていたのか、菫は奏の分の飲み物を持ってきて座ると即座に尋ねてきた。 「……千早ちゃん、『お腹に赤ちゃんがいて、うれしくて光ってるのかな』ってその鳩の事言ってたんですよ。それを聞いて私、『逢ひみての』の歌について母から聞いた事を思い出したんです。……もちろん、歌としての本来の意味もありますが……」 奏は母親が話してくれた、「妊娠が判明した病院からの帰り道、新しい事が始まったと知り、昔の自分ではなくなった」と感じたというエピソードを菫に掻い摘んで教えた。 「真島部長が当事者になり得るんじゃないか、という私の意見は変わりませんが……当事者になるかならないかも含めて、それは部長が決める事じゃないかって、今は思うんです。……ただ……」 「大江先輩のそれが、私が真島先輩狙いだって事を賛成したり、後押ししたりじゃない、って意味ですよね? それくらい分かってますから。でも『身体中の細胞が入れ替わるような瞬間』って、何か分かる気がします」 菫は奏が言い淀んだ事をずばっと口にして笑う。 「まだ綾瀬先輩が来てないから言っちゃいますけど……私も自己嫌悪感じてない訳じゃ、ないんですよ。真島先輩が必死に努力してるのを見てきてるんで。……相手が綾瀬先輩でなかったとしても、真島先輩が失恋するのを待ってる事には変わりないですから」 菫は少し俯いて言った。 「……でも花野さんは、綿谷さんの告白を自分に有利なカードとして使っていませんよね。それは私、すごいと思ってます」 菫の立場なら、新が千早に告白したという事を多少誇張して、もう手遅れだと太一に伝えて彼に接近する事も出来なくはないのだ。それをせず「外野は静観すべき」というスタンスのみ貫いて太一に振り向いてもらおうと思い続けている面を、奏は素直に凄いと思うようになっていた。 「誇張して言っても、真島先輩頭良いですからバレちゃいますよ。それに私、恋愛こそ筋を通すべきだと思ってるんで」 奏に誉められたのが面映ゆいのか菫は早口にそう答える。 あるいは太一が想いを向けている相手が千早でなかったなら、もっと積極的に自分をアピールする手に出られたかも知れないが、自分もかるたをするようになった分、千早の強さも太一の努力もどれだけ凄い事か分かるだけに、太一の視界に入るには自分も同じ努力をするしかないと思うようになった。 「……そろそろ綾瀬先輩も来るでしょうし、この話、一旦ここまでにしましょう」 「そうですね。今日は千早ちゃんと色々話すために女子だけで集まる事にしたんですし」 二人の言葉を聞いていたかのように、通りの向こうから千早が大きく手を振ってこちらに走ってくるのが見えた。 「……どうぞ、好きなとこ座って下さいね」 菫の部屋に通された千早と奏は床に敷かれたラグの思い思いの場所に腰を下ろした。 「可愛らしいお部屋ですね」 「……うん、何か凄く菫ちゃんらしい感じ」 ドレッサーの上にはコスメやヘアアクセサリーが並び、ベッドの上には小さめのクッションがいくつも置かれている。本棚にはお菓子作りのレシピ本や、少女漫画の単行本が並んでいて、自分を恋愛体質と言い切る菫らしい雰囲気の部屋だった。 「そうですかぁ? ……あ、先輩達これ、さっき買ったやつです」 ここへ来る途中三人でコンビニに寄り、お菓子や飲み物を買い込んできた。奏や千早は夜食べるには多すぎやしないかと言ったが、「女の子だけでお喋りするならこれくらい当たり前ですよ」と菫が押し切ったものだった。 「やー、何かコンビニのお菓子でもこうやって並ぶと凄いかも」 千早が感心したように言うと、菫は一緒に買った使い捨てのカップに飲み物を注いで二人に手渡す。 「雰囲気って大事ですよお? 三人きりですけど一応『女子会』なんですし。……とりあえず乾杯しますか? 今日はガールズトーク一杯しましょう的な」 くすぐったく聞こえる菫の言葉に躊躇していると、奏がカップを手に持つのが見えて慌てて千早も倣う。 「ふふ、そうですね。雰囲気は大事です。……今日は色んな事話しましょう。乾杯」 奏のリードに菫と千早は手にしたカップを少し掲げ、瑞沢高校かるた部の「女子会」が始まった。 |