Mine Later On 9
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ざっと汗を流し終えて部屋に戻り服を身に着ける。新は敷き布団のカバーを外して洗濯籠に持っていった。 (千早の匂いしてるで、洗うの勿体ない気もちょっとだけするけどの……って、発想が危ないか、これ) 洗濯機の前でつい笑ってしまう。もっとも千早が濡らして迸らせた跡が点々と付いているから、洗わざるを得ない。 「新?」 洗濯物を持っていったにしては戻ってくるのが遅いという訝しげな千早の声が聞こえ、何でもないと返事をしてから部屋へ戻った。 「……あ、これ返さなあかんの忘れてた」 本棚の上から自分の財布を取り、小銭入れの中から小さく平たいものを手の平に乗せる。千早の無防備さや男の衝動について話した日、力任せに引き剥がしたブラウスから弾け飛んだボタン。新のすぐ側に転がって千早が拾わなかった、あるいは拾えなかった一つを千早に差し出す。 「話が話やったって言っても……酷い事して、ごめんな」 「ううん。あれは私が悪かったんだし。ボタンはもう別の付けちゃったし、いいよ」 そう答えてから千早は真面目な口調で続きを話し出した。 「……残りの四つね、私、小さい袋に入れて手元に残してあるんだ。他の人がいる前で、あんな振る舞い二度としないようにって……まあ戒め、かな? それ見ると、新がちゃんと叱ってくれたって強く実感しなおせるから」 新は「自分の前でだけなら構わない」と言ってくれたが、日頃から癖にしておきたいと千早は話を締めくくった。 「戒め、か。ほんなら残りの一つは、おれも自分の戒めに持っとこ。もう千早泣かさんって決めたの守るのと、帰省とかでしばらく顔見れんかった後に、がっついて無理に押し倒したりとかせんように」 そう言葉を返して手の中のボタンを元通り小銭入れに戻す。が、その口元が急に小さく笑んだのに千早は気付いて首を傾げる。 「ああ、いや、ごめん。無理にうんぬんって話とは少し逸れるんや。……さっき風呂場でちょっと思った事あっての」 「……どんな事?」 「ああやって、してる時のおれら。千早が積極的やと、おれ言葉に詰まるし、逆におれが積極的に出ると千早は恥ずかしがって。引かば押せ、押さば引けっていうのに似てる気するな、って」 合意の上でお互いがほんの少しだけ無理矢理に迫っているようだ。そんな事を新は言った。 「……無理矢理ごっこ、みたいな感じ?」 千早が言うと、新はぽかんとした顔付きになり、それから肩を震わせて笑い出す。 「ほんとに千早は、時々……不意打ちで笑わせてくれるんやなあ。そういうとこ、大好きやわ」 まだ肩が震えている新に、まあいいけど、と千早は少しだけ唇を尖らせて言葉を返す。 「あ、ねえ。ちょっと変な事、聞いていい?」 新の顔を伺うように千早が話を変えてきた。 「どんな事やろ?」 「ん、さっき新さ、百パーセント大丈夫な日、って言ってたけど……。新の中にも、あるのかなあ、って。んと、アレ着けないでしたい、とかの欲求っていうか……気持ち?」 少しだけ言葉を探すような口調で問う。 「生でやって、中出しするって意味? それは男やし勿論あるざ」 あっさり答えたが、ただその日に一体何をどうすれば妊娠できるのか、というぐらいに鉄板でなければ止めておこうと思っている、と付け加えた。 「調べてみた方がいい?」 「変に気、回さんでいいって」 新はそう言ってから話を続ける。 「指でした時、物凄く気持ち良かったんや、千早の中。おれので直接知りたいって、実際ほんとに思った」 けれど一度それを知ってしまったら、きっとまた求めてしまう。そうなったら千早が辛い思いをするのは絶対に嫌だという、自分の言葉さえ守れない男になってしまうかも知れない。 「ほやから無理にそういうの調べんでいいんや。……堂々と、赤ちゃん出来たって周りに言えるようになってからで、いい」 モールで買った安物のファッションリングではなく、二人揃ってちゃんとした指輪を嵌められるようになった時には遠慮無く、何も隔てずに千早を感じ、その中に全て注ぎ込みたい。そんな事を新は思った。 「新……ありがとう。その時には、飛びっきり良いお知らせがあるんだよ、って言って、ちょっとだけ新をびっくりさせたい」 すっきり笑う千早に、自分もその報告に少し驚かされて笑いたい。そう新は言葉を返した。 「おれからも聞いていいか?」 「うん、どんな事?」 新が切り出すと、千早はあっさり頷いてくる。 「おさまった? 千早の、欲求不満」 その問いを耳にした途端、千早の顔は真っ赤に茹で上がった。 「……えっと、あの……う、うん。……こっ、こういうのも、ありがとうって、言ったら……いい、のかな……」 「好きなように言えばいいざ? 千早は欲張りやから、また言うてくるやろし」 新がくつくつと笑って追撃すると、千早は更に赤くなる。 「欲張りな千早のために、ゴム買い足しとくか。何やかんやで半分近く使こてもたし」 「ひっど! それ半分は新が欲張ったせいもあるのにー!」 膨れて言うと、そうやな、と新は笑みを返した。 「もし、おれが千早に言ったら、どうする?」 「え……今?」 目を丸くした千早に新は今すぐ言いたい訳ではないとかぶりを振る。 「新が言ってきたら……す、する……。ただ、いつでもとは答えられないけど。私、女だから。ごめんね」 千早が告げてきたのが月経を指しているのは新もすぐ理解した。 「謝らんでいいよ。ほやけど女って大変なんやな。月に一回やったっけ? そういうのあって。確かお腹痛くなったりするって聞いたけど……腹壊した時みたいなんかな」 「それが実は違ってて。……どう違うかって聞かれると説明できないし……」 頭痛や腹痛、筋肉痛などは男女どちらにも起きる事だから、新に説明しなくても分かってもらえる事なのだが。 「でもね、もし新がその時期に欲求不満だって言ってきたら。こっちで……する、よ。きっと凄く下手だろうけど」 千早は自分の唇を指差して新に答える。そのいじらしい一言に、新は片手を伸ばして千早の頬をそっと包む。 「……その気持ちだけで、おれは十分や」 新への返事代わりに、暖かい手の平にそっと頬を押し当てる。そんな仕草に眼鏡越しに見える新の瞳が柔らかく微笑んだ。 駅まで新に送ってもらい、千早は帰路につく。 (あんな事言い出したのに……ちゃんと、応えてくれてありがとう、新。……でもちょっと凄すぎだよ……) そんな風に考えるなんて自分はかなり贅沢者だ、と電車の中で千早は一人苦笑した。とは言え、腰が痛くなるほど激しく感じさせられたり、浴室の壁に押しつけられて立ったまま、背後から突かれたりでは、応じてくれすぎだ。 (……でも、新の気持ちがすごく、すごく感じられて……嬉しかった) 左の薬指に嵌めているファッションリングを右の指先でそっと撫でる。 「何か、お返ししたいな」 モールで買ってくれた「おれのもの」の指輪。それへの仕返しを新は「受けて立つ」と言ってくれていたから、仕返しに相応しい「私のもの」と新に伝える何かを、と考えながら千早は駅を出た。 「……ミリタリーショップ? そんなの近くにあったんだ」 歩いている途中で目に付いた、今まで見かけなかったと思う看板に興味を惹かれて立ち止まる。店の中には迷彩服やヘルメットなどの軍用品が所狭しと並んでいるが、その近くにある小物用の棚に銀色に光るものを見つけて近寄ってみる。一見、飼い犬の鑑札にも見えるそれは映画などで見た事がある認識票だった。 「あの、これって二つくっついてるみたいなんですけど……」 「ドッグタグは元々そうだよ。あんまり楽しい理由じゃないんだけどね」 店構えには不釣り合いな、若く綺麗な女の子からの問いとあって、店員は丁寧に教えてくれた。 認識票は兵士全員が最初から二枚とも身に着ける物だ、と話し始めた。 「仲間が戦死した時にタグの一つは母国に持ち帰って、家族や友人なんかにその辛く悲しい報告と一緒に手渡して、残りの一枚は後に遺体回収する際の身元確認が出来るようにって残しておく物だから」 その説明に、元々表情が分かりやすい千早が悲しげになったのを見たのか、急いで言葉を継いでくる。 「あ、あーまあ最近だと、恋人への贈り物にしてる人も多いよ。最初っから二枚ペアだし、どういう言葉を打刻するかは自由だから」 それを聞いて千早は少しだけホッと出来た。 「……あ!」 ふと閃いた事があり、つい大きな声を出してしまった。そんな千早に店員が仰け反り気味になっている。 「あのっ、これの打刻、内容自由だって言いましたよね? じゃ、じゃあ一つ買います! えっと、これ!」 「どうもありがとうね。じゃあこれ、打刻の原稿用紙。大文字だけのアルファベットと数字しか使えないから一文字開けたいとこは、黒丸書いて。二枚とも同じ内容の方が当然仕上がり早いけど、別々でも大丈夫だよ」 遅くなると困るだろうから自宅へ発送するか、という店員の声に千早はここで待つ、と答えて用紙の上に丁寧に打刻内容を書き込んで手渡した。 「じゃ、ちょっと待っててね」 千早が代金を支払うと、店員は奥の作業場へ引っ込む。しばらくすると打刻機が金属板に押し当たる音が耳に飛び込んできた。 「ごめんねお待たせして。お詫びっちゃあ何だけど、コレ用のチェーン、おまけ」 「わ、ありがとうございます! それじゃ!」 今度こそ千早は自宅に向かって駆け出す。母が千早の帰宅が遅かった理由を質したが、それに千早は「プレゼント選びに時間がかかった」とだけ答えて階段を勢いよく駆け上った。 |