Mine Later On 10
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「あ、ねえねえねえ、あらたあらた、新」 練習が終わってまた一緒に帰る道すがら、勢いよく名を呼ばれて新は驚いた顔で隣を歩く千早を見る。 「ほんな連呼せんでもいいがの。……で、どしたんや?」 道場で取った試合が物足りなくて、また部屋で取ろうと言いたいのだろうか。千早の意気込み方はそれと少し似ていた。 「取るのも嬉しいけど、どっか腰おろせる所って、新のとこ行く途中にあった?」 「公園とか、そういう所か? あー……どうやったやろ。意識して探してえんかったで、ちょっと分からんわ。ごめんな」 結局一番確実なのは新の部屋になる、と連れ立ってアパートへ戻る。鉄扉を開けると千早はいつもの通り「お邪魔しまーす」と靴を脱ぎ、新が頼んできた通りに部屋の隅から折り畳み式の小さいテーブルを立てて待つ。 「はい、お茶。……かるた取る話とは違うんか?」 「……取るんなら『綿谷くん』って呼んでるよ、私。後でそう呼んでもいいけど、まずは『新』に用事があって」 苗字呼びで新も納得する。 「先輩ら、びっくりしとったもんな」 新の言葉が全てを表している。先日告げた通り「畳の上では別れる」を明確にするため更衣室を出た瞬間、それまで「新」「千早」と呼び合っていた二人がいきなり「綿谷くん」「綾瀬さん」と呼称を変えた事で、場に居合わせたかるた部員全員が目をむいていた。 「出水先輩なんか、おれ呼び止めて聞いてきたし。やっぱり千早と上手くいかんかったんかー、とかって」 新の相談に乗っただけに、気に掛けてくれていたのだろう。 「理由聞いて、大笑いしてたけどね。先輩」 道理で、と出水は言っていた。呼び名を変えた途端、二人の持つ空気がビリビリとした緊張感で満ちていて、今まで呼んでいた「かるたバカップル」さえ通り越したような雰囲気だったと話の最後に感想を述べてくれていた。 「ほやけど大会の決勝で戦ってるみたいで、本気より上の本気がぶつかってて気持ち良かったし、楽しかった」 千早もにっこり笑って頷く。 「……っと、ごめん話逸れてもたな。おれに用事って、何やろ?」 かるたの話題になると、つい夢中になってしまう。新は苦笑しながら話を戻した。 「あ、うん。……これ、渡そうと思って」 そう言って千早は自分の鞄から小さな包みを取り出すと、新の前にそっと差し出す。触れてみると何か固い物が入っていると感じる。 「……開けていいんか?」 頷くのを待って封を切り、中身を手の上に零す。よくキーホルダーなどに付いている無骨なチェーンと、それに通されている、周囲に黒いゴムが被せてある上下が丸い長方形のような、ぱっと見には犬の鑑札に見える薄いプレートだった。 「私からの、仕返し。……これの」 そう言って千早は自分の左手をかざす。薬指には今日も、新が買ったリングが光っている。 新は手の中のそれをじっくり眺めてみた。犬用のタグとさっきは思ったが、どこかで同じ物を見たような覚えがあって記憶を辿ってみた。 (……あ、分かった。戦争映画か何かで見たんか、これ。……確か認識票って言ったんやっけ?) 仕返しとは言え千早が選ぶにしては珍しい物だと、それがまず最初に心に浮かぶ。千早のことだから、てっきりダディベアグッズでも寄越してくると思っていた分、かなり意外に感じられて認識票に打刻されている文字をじっくり読んでみる。 「え?」 四行に分かれた文字列は、『ARATA WATAYA』、『BIRTH:12.1.19XX』そして『BLOOD-TYPE:O』という、いかにも認識票らしいものだが、四行目だけが違った。 『YOU ARE MINE』 あなたは私のもの、と英文で打刻されていた。 「……ありがとう、大事にするわ」 礼を述べてそのタグを普段使う鞄のベルトに通す。 「実はこれって、二枚一組なんだ」 多分ここへ来るまで新に気付かせないためだろう、千早はバッグの内ポケットから同じ認識票を出してテーブルに置いた。それにも最初に渡してきたのと同じように、千早の名や誕生日、それに血液型が彫られているが、やはり四行目だけが新のタグと違っていた。 『I AM YOURS TOO』 千早のタグには「私もあなたのもの」という一文がそこにある。 「はは……やられたわ。確かに『仕返し』やな。……ほやけど、知ってるんやろか? 千早は」 「……何を?」 「仕返し」の仕返しがしたくなって、新は自分の鞄に付けた方の認識票を示す。 「Mine、って単語。……そうなんかあ。おれは千早の地雷なんかあ」 わざとらしくテーブルに頭をごん、と乗せると、案の定千早はおたおたと言葉を寄越してきた。 「そっ、そんな意味で彫ってもらった訳じゃなくて! って言うか、そんな深読みしなくったって……」 おろおろする千早が可愛らしくて、新は顔を上げて笑った。 「分かってるって」 言いながらテーブルの向こうに座っている千早の後ろに移動して、背中からそっと抱き締める。 「……まあ、スイッチ入ったり触られたら爆発するのは同じやな」 ぐっと首を伸ばして千早の頬に小さくキスを落とした。 「あ、あの……えっと……も、しかして……」 少し身を固くして千早がつっかえながら言葉を発しはじめる。 「……ん?」 「こっ、この間……おれが言ってきたら、って……新、言ってたけど……」 千早の口調が変わった理由がそれで新にも飲み込めた。 「欲求不満や、って?」 「う……うん。……そう、なの?」 すぐ目の前にある耳が真っ赤に染まっている。その話をした時は応じると答えていたが、やはり尋ねるのは恥ずかしいのだろう。 抱き締めていた腕に少しだけ力を入れて、新は言葉を返す。 「今んとこ、そうでもない。……ほやけどの?」 「……けど?」 その耳に口を寄せて新は告げた。 「スイッチ入れば……いつでも、したくなる。……おれ『地雷』やし?」 言ってみれば「千早にしか反応しない対人地雷」のようなものだ。そう言葉を継ぐと小さく頷いてくる。 「……それって私、爆弾処理班って事なの?」 「そうやな。おれ専用の。……どうしてくれるんや?」 軽いからかいの調子を込めて問うと、千早は新の腕の中で少し上体を捻って啄むようなキスを返して、言ってきた。 「……出動」 |