Mine Later On 7
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「……う、ん……」 どのくらい時間が経ったか分からないが、ようやく薄く目を開けた先に新の気遣わしげな顔があった。 「だいぶ、疲れたやろ。千早寝てる間に風呂張ったけど、動けそうか?」 そう問われて起き上がろうとした時、腰に怠い痛みが走る。 「……腰、ちょっと痛くなってて……。今すぐは無理かも……」 「捻ってもた?」 そういう感じではなさそうで、千早はかぶりを振った。多分一時的に負荷がかかったのだろう。 (途中ほとんどブリッジみたいな体勢やったりで、無理かかったんかな) 「ほやったら、ゆっくりでいいで、俯せね」 言われた通りそっと俯せると腿の上に跨った新が親指で腰を揉みほぐし始めた。 「え、い、いいよ、そんな事……」 「おれがそうしたいだけや」 狼狽えて返そうとした言葉に新の声が被さった。 「……新、すごく上手いんだね、マッサージ……」 少し力を入れた新の指は腰のツボを捉えていて、軽い眠気を感じる心地良さが千早を包む。 「ん……まあ、……雪かきの後とかで慣れてるんやろ」 それも事実だが、半身に麻痺が残った祖父のリハビリ中に覚えた事でもあって、新は少しだけ言い淀んだ。 「新は、腰なんともないの? 凄く動かしてたのに」 「いや大丈夫やけど、物凄い事聞くんやな」 千早の問い掛けに和まされ、言葉に詰まりかけたさっきの気分が軽くなっていく。 「……こんなもんやろか」 言いながら身体を退かす。ゆっくり起き上がった千早が楽になった、と笑ってくれた。 「風呂、先使いね?」 そう告げると何故か千早は上目遣いに新の顔を見る。 「一緒にいたいな。……そういうの、ダメ?」 「ダメやとは言わんけど、うちの風呂めっちゃ狭いがの」 ひどく残念そうな目の前の顔に、新は困ったような笑みを返した。 「……縁んとこ、腰掛けてるだけでいいんやったら」 「うん」 千早の手を引いてゆっくり立たせ、先に中へ入らせる。新は一旦部屋へとって返し、衣装ケースの中から二人分のバスタオルを持って浴室へ戻った。 「腰、ちゃんと暖めときねや? 今日のが原因で千早がいつも通り取れんとか嫌や」 「私だって嫌だよ。新と取るの凄く楽しいのに」 千早がちゃんと湯に浸かる音を聞きながら、かるたの事を新は少し考える。 (おれも千早と取るのは本当に楽しい。……ほやけど最近、何か変に試合が長引いてる気もする。……何でや) 手を抜いている訳でもないし、実力が拮抗しているため運命戦になる試合も多い。それは心の底から楽しくて、他の対戦相手との試合で感じるそれより強いのは確かだ。 (……大学入るまで離れてたで、千早と思いっきり取れるの夢に見てたけど。……え?) 夢、という単語が、かつて懐かしいアパートで千早に話した光景を心の中に浮かび上がらせる。 『名人になるのが、ぼくの夢や』 言わなければ、と新はなるべく千早の正面に身体が向くように座り直した。 「……千早」 「ん、何?」 聞いた千早がどういう反応をするかは分からない。けれど伝えるべき話だ。新は口を開く。 「身勝手なのは承知や。ほやけど畳の上では……かるたの時だけは、おれと……別れて欲しいんや。気持ちの面だけでも」 「え?」 大きな瞳を瞠らせた千早が短く問うた。 「千早と取るのは楽しい。ほんとに……楽し、過ぎて……、おれの夢が、ブレかかってる」 一緒に生きていって一緒にかるたを取る、それも夢の一つだが、あまりにも千早とのかるたが楽しすぎて、それ以前から新の中にあった「名人になる」夢に対する軸が弱まっている、と時々言葉に詰まりながら新は告げる。 「うん、いいよ」 拍子抜けする程あっさりした声音が返ってきて、思わず新は千早の顔を凝視する。 「畳の上では……って、今までと別に変わらないよ。ただもっと、はっきり区別するだけでしょ?」 私達は『かるたバカップル』なんだから、と瞳に強い光を湛えて千早は言い切った。 「……私も高校の頃、自分の夢を見失いそうになった事が何度かあった。だけど仲間の声や詩暢ちゃんっていうライバル、それに……ずっと一緒に競い合って、高め合っていきたいって思う、たった一人の相手……新の存在と言葉が、引き戻してくれた。だから今度は私の番なんだ」 何も言えない新に千早は話を続ける。 「昔、言ったよね。攻めがるたの私は手に入れたい物ほど手放して絶対取る。だから新を一度手放す。一緒に取って楽しいけど、それ以上に強い新が、もっと大好きだから」 力強い言葉を耳にして、新は胸に溜まった息を長々と吐き出した。 「……おれの負けや。……ありがとう、千早」 自分にとっては口にするのに勇気が要った思いを、明確な理由と共に、既にしっかり持っていた千早に素直に白旗を揚げる。 「約束する。おれはもっと強くなって、全力で千早を降す。……もう迷わん」 「へー、迷ってたんだ。新……じゃないや『綿谷くん』は。ふうん、そっかあ」 随分と懐かしい呼び方で千早が煽ってきた。 「……『綾瀬さん』も結構言うなあ。……いいざ、全力でかかってきね」 「うん」 言い返した新に、千早は笑顔で頷く。 「かるた離れたら、『千早』や。よう笑ろて、双子の兄弟とかって笑わせてくれて……」 新は一拍の間を置く。 「……してる時は可愛いのにエロい声出して、ねだってくる。おれの千早や」 少しだけ反撃したくて新はそんな風に言った。 「双子は『新』が意外すぎたからじゃん。それに声出させてるのも新のくせに」 新と同じに呼び名を戻した千早が、浴槽に乗っている新の腿に頭を乗せてくる。 「……何でそんなとこ頭乗せるんやし。まだ足りん? 部屋戻らんとゴムないんやけど?」 時々吹き掛かる息や、髪の感触につい頭をもたげそうになり、千早の欲求にすり替えた言葉を寄越すと顔を上げてきた。 「あ、それで思い出した。さっき、ちょっと待ってって言った時、すごく苦しそうだったから、どうしてかなって気になって」 「前……千早に酷い事した時。おれ言ったやろ? 力ずくでー、とかって」 あの時告げた言葉のように自分の欲求に負けて、後で千早が泣いたり辛い思いをするような事だけは絶対に嫌だったと、だから必死の思いで一度身体を離したと正直に答えた。 「百パーセント大丈夫やとか、おれ分からんし」 「……うん、答えてくれてありがとう、新」 千早の頭がまた腿の上に乗る。 「ほやで、何でそこに頭乗せるんやって。おれが前言撤回しとなったら、千早かって嫌やろに」 「乗せてると気持ちいいもん。足りてるか足りてないかは、新が決めればいいけど」 (……おれが決めれば、って……) 新にとって答えが一つしかない二者択一を千早が口にしてきた。 「……どっちがいいんやし。部屋戻るのと、ゴム取ってきてここでするのと」 「それも、新次第」 自分が出した二択をさらりと返され、新はわざとらしく溜め息を吐いて、千早の頭をそっとどける。 「ちょっとだけ、ここで待ってて」 浴室のドアを閉めていい加減に身体を拭きながら考えた。 (……狭いで、さっきの格好は出来んなあ。また千早の腰に負担かかってまうやろし) 手探りでいいか、と決め、部屋に蓋も閉めず放置してあった箱から装着に失敗した時の予備も取り出して浴室に戻る。 ドアを開けると千早はさっきの新と同じように浴槽の縁に腰掛けていた。 「先に言っとこ。三回目やし、さっきより時間かかるかも知れん。ほやで千早いったら、そこで止めとく。おれ後で抜けばいい話やし」 千早の顔が少しむくれる。 「……じゃあ私も先に言う。着けるの、私にさせて? 知っておいた方がいいかなあ、って」 それに頷くと、でね、と千早が悪戯っぽく新の手を捕まえて身体ごと側に引き寄せ、腰に抱きついてきた。 「うわ、ちょ、千早?」 「新が我慢できなくなるまで、私がすればいい話だし?」 さっきの自分と同じ口調で言い返されて、新は苦笑を頬に押し上げる。 「……別に構わんけど……この間初めてやったのに、えらい積極的な事言い出すんやな、千早は」 「欲張ってるだけだよ? 新に言われた通り」 至近距離でくすくす笑う千早の息に撫でられて、今度はさすがに反応してしまう。気付いた千早が先の方に小さなキスを落としてきた。 |