保湿系トライアルセット

Mine Later On 2

R18版



 「えっと、あの……あ、新」
 練習を終えて一緒に帰ろうと大学のメインストリートを歩き出す。新を呼び止めるのにここまで緊張するのは初めてだと思いながら、つっかえ気味に千早は声を掛けた。
(かるた取ろう、ならサラっと言えるのに……)
「ん? どしたんや?」
 新の言葉はいつも通りの穏やかなものだ。
(……だけど、新は言ったんだ。包み隠さず伝えるのは大事な相手だけでいい、って)
 今日する話もそれに当たるのかどうかは分からないが、新は千早にとって誰より大切な相手だから隠さず言いたい。
「あ、らたの……部屋、行っ、ても……いい?」
 どうにかそれだけ言えた。

 全く滑らかさがない千早の口調を新は少し訝しんだ。
(うち来たいって、今まで普通に言うてたのに。かるた取りたい、やったら絶対遠慮せんと言うやろし。……何にそこまで緊張してるんやろ……?)
 もっとも新にとっては、以前──自身の欲求や衝動を抑え込んでいた時──よりは楽に受け答えられる事に変わっている。全て包み隠さず告げた事を受け入れてくれた千早とひとつになり、今もその時買ったファッションリングを左の薬指に千早は嵌めてくれている。
「うん。おいでや」
 千早が緊張している理由に思い当たるものはないが、そう告げてきた表情は真面目なものに見える。とにかく部屋に着いてからちゃんと聞こうと決めて新は短く答えた。

 「お茶飲むか?」
 部屋に招き入れて言うと千早はかぶりを振る。
「あ……スポーツドリンク残ってるから、お茶はいいよ。気遣ってくれて、ありがとう」
 それならいいか、と部屋の隅に鞄を置いて向かい合うように胡座になった。
「……千早、どうかしたんか? ここ来るだけでも何か、えらい緊張しとったみたいやけど」
 その問いに急に落ち着きをなくして自分の服の裾を摘んだり、長い髪の先を指先にくるくる巻き付けたりと、今まで目にした事がない千早のそんな様子が気に掛かる。
「どんな話でも、おれちゃんと聞くでさ。言ってみて」
 顔を上げてきた千早の目が潤んでいる。
「あ、あ、あの……。この、前……言ってくれた、話」
「うん」
 ただあの日は色んな話をした分、千早がどの内容を指して言ったのか見当が付けづらかった。

 しばらくの間、金魚のように口をぱくぱくさせた後、ようやく千早の口から言葉らしいものが出てくる。
「その、あの……。あ、新が帰省でも、しない限り、って……。ここに、居る……って」
(……帰省、って……あ。あの話か)
「うん、言った」
 その時の会話の詳しい部分までを新はきちんと自分の記憶層から抜き出してみる。その直前には男の自分は欲求がつのったら自慰で処理すると言った筈だ。そして千早にはそうした事がないのかと聞き返した。
(自分でするとか、そういう経験なくて。……欲求不満なっても、そこまで必要でないやろっておれが言って。何でや、って聞かれて答えた話やったな。……って、え? それ言ってくるって……もしかして、そうなんか?)
 千早が欲求不満に陥っているらしい事に少しだけ驚いたが、それへの答えは一つだ。
「……あん時、言ったやろ? おれも千早とする方がいいって」
 弾かれたように千早が視線を上げてきたが、真っ赤になってまた俯いてしまった。

 そのままの格好で紡がれた、消え入りそうな小さい声が鼓膜に届く。
「あ、新に……して、欲しい……」
 耳まで赤くした千早が確かにそう告げてきていて、新は膝立ちになって近くに移動すると腕を伸ばして千早の頭を胸に抱いた。恥ずかしいのか身体が少し震えていた。
「……布団敷いて、する? この前背中痛かったかも知れんし」
 それにどう答えていいのか分からず、千早は新に任せるとまた小さな声で言葉を返す。一旦抱擁を解いた新が押し入れを開ける音が耳に飛び込んで、今口にした事の理由も問う事なく受けてくれた安堵と、こんな事を言った恥ずかしさ、それでも新に抱いて欲しいという、ごちゃ混ぜの感情が千早の身を固くした。
「こっち、来ね?」
 新に強く腕を引かれて布団の上に仰向けに倒れた千早の顔を見下ろす、新の柔らかい眼差しが身体の緊張を解いてくれる。
「おれかって、したい。……おれの事、欲しがってくれて、嬉しいぐらいや」
 そう言葉を寄越して覆い被さり、千早の両脇に腕を通してしっかり抱き締める。千早の細い腕が素直に持ち上がって新の首を優しく抱き返してくれた。

 「……千早」
 そのまま名を呼ぶと、覚えていた通り千早の肩がぴくんと跳ねる。千早に首を抱かせたまま少し身体を持ち上げてその唇をそっと塞いだ。
「ん……。っあ……、あ……」
(……新にキスされると、やっぱり、すごく……気持ちいい……)
 千早が苦しくないように気遣ってくれる身体の重み、抱き締める腕の力強さ。ほのかに感じる新の匂い。入り込んでくる舌の熱さ。何もかもが千早の身体を燃え立たせてくれる。
「……あん……っ、んっ」
 少しずつ深くなる新のキスに千早の両手は新の肩や背中をさまよい、もっと与えて欲しいと引き締まった腰に回し、引き寄せたいと軽く力を入れる。その時新の身体が一瞬強張った気がして、いきなり求めすぎただろうかという不安が兆した千早は手を離し、一度キスを解いた。

 「あ、の……」
 恐る恐る呼び掛けた声に、新はすぐ視線を合わせてくれた。
「どうかしたんか? 千早」
 どう尋ねようか、少し迷ったが新の目をまっすぐ見上げて千早は口を開く。
「……幻滅、させた……かな」
「幻滅? 何をやの?」
 ほんの数日前に初めて結ばれたばかりなのに、もうこんなに新を欲しがるなんて自分は相当淫乱なのかと思い、それが新を失望させていやしないかと、つっかえながらも率直に告げた。
「……淫乱なんて言葉、使うのやめね?」
 千早の言葉を聞いた新が少し眉を顰めた。

 逆に聞くわ、と新はそのままの表情でじっと顔を見下ろして問う。
「千早が、欲しいって思ってんのは、おれか? それとも男やったら誰でもいいで欲しいんか?」
 問いかけの後半に千早は激しくかぶりを振った。
「新しか欲しくない。新だから欲しいんだよ」
 視線の先にある眼鏡越しの瞳が優しく笑んでくれる。
「うん。ほやから全然幻滅なんかせん。もっと欲張っていいんやよ」
 それを聞いた千早の顔に安堵が浮かぶ。その耳元にぴったり唇を寄せて話の続きを囁いた。
「……そんな風、なるのも、おれの前でだけやろ? ほやったら、大歓迎やから」
 耳元で言うなんてずるい、と千早が身を捩る。
「わざとや。……こないだ見た、千早が感じてるとこ可愛かったでさ」
「あ……んっ! お、願い、新……。キス、して……」
 答えの代わりに新の唇が深く合わさってきた。




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written by Hiiro Makishima