Mine Side-C 9
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「あ、そや。身体痛かったりとかないか? 何ともないんなら、買い物付き合って欲しいんやけど」 唐突に新が話題を変えてきた。 「平気だよ。買い物って、いつものスーパー? 何か嵩張る物とか?」 そのための人手が要るのかと思って問うと、新は笑ってかぶりを振り、行けば分かるから仕度をしようと言う。 (……どこ行くんだろ) 疑問は感じているが、普段通りの話題になったとたん、裸でいるのが恥ずかしくなって言われた通り服を身に着けだした。 「あれ……? んー……」 背中にあるファスナーが上がりづらくて、しばらくの間自分の尻尾をぐるぐる追い掛ける犬のように藻掻く。 「よっ……と! ……あー、上がったぁ……」 「ファスナー背中にあるのって脱ぎ着大変そうやなあ」 着方に慣れた袴の方が絶対楽だ、と新のその意見には全面的に賛成したい。そんな事を言ってクスクス笑い合い、部屋を出て歩き出した。 「……やっぱ結構、距離はあるんやなあ……」 連れてきた本人が愚痴る事でもないだろうが、確かに連れて来られたのは新のアパートからはそれなり離れた所にある、大型のショッピングモールだった。 「洋服買うの?」 (新の経済観念って、すごく堅実だし……なんか買い足すから色とか見立てて、って事なのかなあ) 「……それも行けば分かる。別に変なとこ連れてく訳でないでさ」 どうやら自分の予想は外れたらしい。それ以上は何も思い付けず、新の後に従って歩いていく。 「ここ」 新の歩みが止まった先にある、テナントの看板が見える。 「え? ここ?」 自分が何か見間違いでもしたのだろうか。 あまりにも意外すぎて、ついつい店を二度見してしまう。 「ホントにここ?」 レターセットやポーチ、携帯のデコツール。どこからどう見ても新とは一番無縁そうなファンシーショップの前で立ち止まっている。 「うん」 けれどその当人は事も無げに頷いてきた。 「千早に何か買いたいって思ってた」 ちゃんと仲直りできたら、の話になっていたし、千早が許してくれたらという身勝手な希望にまで成り下がってしまったけれど、と言いながら新が手を取ってくる。 「まあ千早がさっき言ったのも当たりや。何週間か前に本当に服買い足しに来た時、偶然目に付いたでさ」 そのまま店内に連れて行かれた。 「……こんなの、とか」 まるでかるたの時のように周囲の視線をさらっと流して新はショーケースを指差す。 (え? 携帯のストラップとか……かなって思ってたのに、これ?! ファッションリング……?!) 「おれ千早の指輪のサイズ分からんで、合えば」 「……どうなんだろ。普段着けないから自分でも分かんないなあ」 アクセサリーに興味を持つより先にかるたの楽しさを新に教えてもらったし、試合の時に大目に見てもらえるのは既婚者が嵌めている結婚指輪ぐらいのものだ。 (……私だってダディベアぐらいだよ……) 仲直り云々の話を抜きにしても、偶然目に付いたとは言え、あんなに照れ屋な新が指輪を選んだという驚きでそれ以上言葉が出ない。 「試してみねの」 「え、あ、う……うん」 新が指していた指輪をそのまま試すのは、もしサイズが合わなかったら新に悪いかと思って、隣にあったサイズ表記が同じものを指に通してみた。 「合う……みたい」 何だか自分がねだっているように聞こえそうで、ついおずおずと答えてしまう。 「合うんなら、買ってこ。……ちょっと待ってて」 (え? え? ……新、本気でどうしたのって感じなんだけど……) 千早が驚いている間に、新はさっさと指輪を手にしてレジに向かっていた。 (……えーっと……実は双子の兄弟でしたー、とかじゃないよね? 私が知ってる、新、だよね?) あまりにも頓珍漢で失礼すぎる発想が頭に浮かぶ。それを必死になって振り払っているところに新がお待たせ、と戻ってくる。 「……おれちょっと喉乾いた。自販機で何か買うで、もうちょっと付き合うてや」 「え? あ、うん。私も何か飲も」 何か飲めば少しは驚きもおさまるかと、誘われるまま一緒に館内表示を見て自販機が置いてある休憩所へ移動した。 「ふう、美味し」 少し甘みを感じる紅茶のペットボトルに口を付けると、やっと落ち着きを取り戻せた。 「随分びっくりしとったみたいやったし、落ち着いたんなら良かった。……はい、これ。……つけてみて?」 ポケットからさっき買ったシンプルなファッションリングが入った紙袋を手渡され、油が切れたようなぎこちない動作のまま袋から取り出したそれを、右の薬指に通して新に見せる。 「出来れば左手につけてもらいたかったんやけどなあ、おれ」 (だっ、て、左って普通、婚約指輪とか結婚指輪じゃないの……) 「……なんか一足飛びすぎない?」 一足飛びというか店内で全く迷っていなかった態度、照れる事もなく選んだリングをすたすたとレジに持って行った行動力。そして左手に着けてほしかったという今の言葉。三段跳びでもおかしくない。 「まあいいわ。……こっちも。開けてみね?」 (え、二つ? 嵩張らないのに何で二つに分けたんだろ?) 二つ目の小さな紙袋を開けて中身を手の上にこぼす。飾りがなくて細いチェーンネックレスだった。 「かるた取る時、外すやろ?」 (……取ってる時は無くさないように指輪通しておけって話だったんだ。……よかった、双子とかじゃなくて) その珍妙な想像は後で謝ろう。色々気を回してくれるのが嬉しいから右手に嵌めていた指輪を新が望んでいたように左の薬指につけ直す。 「似合う?」 「うん」 新もにっこり笑ってくれた。 「言っとくけど。今はもう、仲直りの印ってだけでないでの? それ」 普段よく浮かべている新の笑みが、急に悪戯小僧が何か企んでいる時のような感じに変わる。何故だろう、と思っているとその表情のまま口を開いてきた。 「名札に似てるんかな。……おれのもんや、って」 (な、名札ぁっ?! 新のもの、って名札下げてるって……) 指をぐるりと一周している形は名札とは違う物を連想させる。 「……そんな犬の首輪みたいに言わなくたっていいじゃん……」 しかも鑑札付きだと膨れっ面でぐちぐち言うと、新は珍しく声を立てて笑い返してきた。 「まあ間違うてはえんな。おれのやし」 (いつもは吹き出す程度なのに大笑いとか、酷っ!) 新が自分のものだという印はどうなるのか、とその感情のまま問うと、新の表情はいつもの穏やかなものに戻る。 「仕返しすればいいがの。受けて立つわ」 耳が感じ取ったのは、試合前に煽ってくるような言葉なのに、優しい響きの声音だった。受けて立つ、と言ってくるなら喜んで仕返ししてやる、と決めて笑みを返した。 |