保湿系トライアルセット

Mine Side-C 2

R18版



 どうすればいいのか分からず自室で煩悶していた時、携帯が短く鳴った。送信者名に新の名があり、千早の鼓動は息苦しくなるほど早まる。件名欄は「Re:」とだけあり、本文の頭には自分が送った短い謝罪が引用されていた。
『明日、ここで会ってほしい』
 それと時間だけが記された簡潔なメール。
「会ってくれるんだ……たとえ、別れたいって理由でも、少なくとも会ってくれるんだ」
 その時は、新が聞き入れてくれるかどうか分からないが、せめて新の忠告を軽んじるような事を言った事だけでも謝りたい。出来る事なら新が咎めてくれた行儀の悪い「無防備さ」を弁えると伝えたい。
「……だから、これを……」
 姉からお下がりで貰った、普段千早が着る服より少しスカート丈が長いワンピース。明日はこれを着ていこうと決めた。

 指定された時間より数分早くアパートまでやって来たが、玄関の呼び鈴を押すのに逡巡してしまう。
「そんなの、ダメだ。謝りたくて来たんだから、迷ったりしたらダメなんだ」
 自分自身を叱咤し呼び鈴のボタンをついに押した。鉄扉の向こうから足音が近付いてくる。何と言われるのか不安で、つい顔を俯けてしまった。
「……千早。とにかく、上がってもらえるか……?」
 新にとっては迷惑かも知れないが伝えたい事は沢山あるのに、どう告げていいのか迷った思いは結局言葉にならず、黙って頷き新に先導される形で部屋に入る。
「どこでも、好きなとこ……座って」
 そう言う新は何故か玄関から一番遠くなる、押し入れの前で正座になっている。それに普段は閉めている襖も開けたままだ。訝しみながら、ちょうど競技線を挟むぐらいの位置で千早は新に向かい合って自分も正座した。

 一体どこから切り出せばいいのか分からず、目線を畳に向けていると新の両手がそこにきちんと付けられたのが視野に入った。
(……えっ? なんで……)
 向かい合った新が深く頭を下げて、謝りたいと告げてくる。
「あんな、強姦寸前な事を千早にして……本当に、申し訳ありませんでした」
 そんな言葉では足りないだろうし、許してもらえるとも思っていない、そう言葉を継いでいた。そしてメールに返事を出さなかった事や、その後の態度で自分を傷つけたと。それでも謝るチャンスをくれた、と礼を述べてきた。
(なんで、チャンスをくれて、ありがとうって……なんで、新の方から言ってくれるの……?)
 緊張で少し声が固くなったまま、頭を上げて欲しいと千早は告げて新と同じように畳に手を付いて頭を下げた。
「……この前の、こと。あれは私のせいだった。新はちゃんと、言葉で伝えて叱ってくれていたのに、私が甘いこと考えてたから……分かっていなかったから新を追い込んで……本当に、ごめんなさい」
 この数日、伝えたかった言葉が迸り出る。けれど新の反応が怖くて顔は上げられない。

 「いや、おれは……謝ってもらう立場にないし……」
 頭上から降ってきた、少し困ったような声に千早は思い切って言い訳を許して欲しいと切り出した。
「うん」
 新が短く応じてくれ、千早はあの日何故「出来ない」と言ってしまったのか、その理由を話していく。新をバカにしたり甘く見ていたりした訳ではない、と。
「だけど真面目に話してくれてる時に、口にしていい言葉じゃなかった。考えが足りてなかった。……ほんとうに、ごめんなさい」
「おれの事は、いいんや。……千早も、頭……上げて」
 新が少しだけ言葉を詰まらせて、それでも穏やかに言ってくれた。自分の身体なのに滑らかに動かせない。けれど今度こそ千早はきちんと目線を上げた。

 「……嫌でなかったら、聞いて、もらえるやろうか」
 今日は新にちゃんと話しに来たのだから、と千早は頷く。今まで話した事なかったと思うけど、と、さっきより緊張が薄らいだ表情で新が言葉を発し始める。
「……おれはセックスって結婚してからする事やって価値観を持ってる」
 だから正直、千早が飛び付いてきたりすると、新はいつも自分の中の衝動や欲望を抑えなければと思っていた、と率直に聞かせてくれた。
「ほやけど、出水先輩に言われたんや」
(出水先輩? 何で先輩が……)
「様子が変……変って言葉でも足りんぐらい変や、って。いい加減なかるた取られると迷惑や……そう言われて。千早にしてあげられる事、自分がどうすべきか……。おれが千早を犯しかけた事も全部話して先輩の茶室で相談乗ってもらった」

 新が自分の価値観に拘り我慢し続けて、何かの拍子にその堰が切れたら今度こそ本当に千早を強姦する事も有り得る。
「そうなったらその先には謝る事も、やり直す事も出来ん、決定的な別れしか待ってえん、そう言われた。二人で話し合って別れる方が心の整理つく分、まだマシやっていう事も……言ってきた」
(……そんな……。新は受け入れたの……? 話し合って別れるって……。そんな、そんな……)
 眉間に皺を寄せ、重い口調で新は話し続けてくれた。
「それに……今度の事そのままにしてたら、おれも千早も壊れてまう、って。おれらの関係だけでなくて、何もかも壊れてまうやろう……って」
 今までお互い照れたりで言わずにいた事が沢山あっただろうと出水から指摘された、と新は言葉を継ぐ。
「口下手やって言葉で、自分が全部伝え切れんかったって事を誤魔化してた」
 新は「照れる事に逃げた」という言葉を使っていた。深く息を吸い込む様子に、きっと大事な話をしてくると千早も気付き、新が何を口にしてきても今度こそ話を軽んじるような態度は取らない、と心を定めた。

 本音全部言う、と新は切り出した。
「……おれの気持ちは全然変わってえん。千早が好きや。結婚してからって考えは持ってるし、おれ自身童貞やけど、千早とセックスしたいって欲求もある。無防備さを咎めた理由はこの前言った通りや。おれらの付き合いがどうなるにしても、千早やおれが壊れてまう事だけは、絶対避けたい」
 新の表情が苦しげになる。
「昔千早に話した夢。それまで壊れたら……千早もおれも、きっともう……かるたは出来ん」
 気持ちが変わっていないと言ってくれるのは嬉しい。けれど最後に告げられた一言に千早は虚ろな衝撃を受けた。
(……昔話してくれた夢まで壊れてしまったら、新はどうなるの……?!)
 以前、千早の札を蹴った時の新は、蓋をして押し込めてはいたが、それでも心の裡に夢が残っていた。だから帰って来てくれた。それすら粉々になったら、新は新でなくなってしまう。そんなのは嫌だ。言葉にするのに抵抗がある話題だが構っている場合ではないと千早はさっきの新と同じに深く息を吸い込んだ。

 「私も、言う。この間のは怖かったけど、気持ちはやっぱり同じ。……新が、好き。それに価値観としてなら、私も同じような事は思ってた。……ただその、新ほどには……セッ、クスについて具体的に考えてはいなかった。だから新が言うように、無頓着でいたんだと思う」
 自分の中にちゃんとした考えを持っていなかったせいで引き起こした事だから、なるべく率直に言おうと言葉を返す。
(真面目な話なのに、噛むなんて……!)
 それでも新は自分の答えをちゃんと聞いてくれ、また話を続けてきた。
「もし、おれとの付き合い続けてやってもいい、って気持ちがちょっとでも千早に残ってくれてるんなら」
(なんでそんな、許しを請うような言い方を、新がするの……? 元々私が原因なのに……)
「……おれは自分の価値観を捨てる。それに縛られすぎて、我慢し続けるせいで、おかしな事になるのは、もう嫌やから」
(価値観を、捨てる……?)
 けれど表現はともかく、新は自分との交際を続けたいという意志を持ってくれている。だから千早はその事への礼と、続けてくれる意志を問うべきなのは、新を追い込んだ自分の方だ、と答えを返した。新にそこまで言わせてしまったと目を伏せかけたが、今は絶対そうしてはいけないと新の真剣な眼差しをちゃんと受け止めようと顔を上げる。




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written by Hiiro Makishima