保湿系トライアルセット

Mine Side-C 

R18版



 自宅へ向かう電車の中で、まるで車両内の男性全員が自分を見ているかのように、酷く周囲の目が気になった。ボタンが全て取れてしまったブラウスの上に、新が放り投げてきたTシャツを着てはいる。それでも服の中まで透かし見られているような気さえする。
『おれが千早を犯せんって本気で思ってるんか』
 初めて耳にしたあんな軋るような声。押し倒されてから一度も千早の顔を見ず、無言で動きを封じて剥き出しにした胸を口に含んできた。嫌だと言っても、やめてと懇願しても構う事なく、ショーツを引き下ろされて無理に擦り立ててきた。今もそこがひりひり痛かった。
(嫌だった。怖かった。……新が、あんな事するなんて……)

 ブラウスから弾け飛んだボタンが一つ、新の側に落ちていたのは見えていた。けれど側に寄って拾うのが怖かった。そう考えていたところに、自分の声が甦る。
『出来ないよ、新は』
 そう言った途端、新が豹変した事も千早は思い出した。
『スカート履いてるとかに無頓着すぎや』
 そんな無防備な格好は男が持つセックスへの衝動を煽るかも知れないと真面目な面持ちで諭す新の姿。今になって千早は理解する。
(……新が、私に分かって欲しかったのは……この事、だったんだ……)
 千早の身体が震えた。

 新が照れを押し隠してまで言ってきたそれを軽んじるかのように「出来ないよ」と言ってしまった。優しいと知っているから、そんな事をする訳がないと思っての言葉だったが、そんなものは理由にならない。
(あんな……あんなにまで手を握りこんで、苦しそうに……言ってきた。……言わせて、しまったんだ……)
 背中を向けたまま、絞り出すような声で新は言っていた。
『今かって、力ずくで入れて、妊娠するかも知れんとか全部無視して、中で出す事かって出来たんやぞ、おれは……』
 千早に対して恋愛感情を持っていない男なら尚更思いとどまったりしない。最悪の場合は人数を集めて行為に及ぶかも知れない、と絞り出すように告げた性衝動の危険性。新一人ですら押し返す事が出来なかったのに、複数人となれば抵抗を試みても更に強引に押さえられてしまうだろう。
(怖い。……新がじゃなくて、あんなに辛そうに言ってきた、その可能性が、怖い……)

 まだ処女の自分が結ばれるなら新と、と千早は淡い願望を抱いてきた。それさえ見知らぬ他の誰かに、新から言われたように千早の意志など全て無視して奪われてしまうかも知れない。
「合わせる顔が、ない……」
 あの時、新は最後の一線だけは越えないよう耐えてくれたのに。もしも自分が無防備で居続けるせいで、そんな事態を招いてしまったら、あんなに優しい新さえ「注意したのに結局分からんかったんやな」と呆れて千早の前から去ってしまう事だって有り得た。
『触んなっ!!』
 何でそんな事を、と問おうとして手を伸ばし掛けた時、穏和な新が千早を竦ませるほど鋭く叫んだ短い一言。怒鳴った事だけは謝ると、一体どんな思いで口にしてきたのだろうか。
(……ごめんなさい、新……!)
 駅に滑り込んだ電車から飛び降り、新の部屋で拾い集めた一つ足りないボタンを手にして千早は急ぎ足で家路につく。玄関扉を音高く閉めて帰宅した千早に母や姉が驚いていたが、一切構う事なく自分の部屋に飛び込んだ。

 「新に、謝らなきゃ……でも、何て言えばいいのか、分からない……」
 レイプ寸前の事までさせてしまってごめん、では新の心をさらに抉ってしまう。気にしていないと伝えるなどもっと出来ない。
「……新にそうさせてしまったのは、私なんだ。気にしてないなんて言える資格、ない……!」
『気遣う事も、優しく接する事も出来ん』
 そんな言葉を投げ掛けてきたのに、新は千早が家に帰る時の事をちゃんと慮って服を貸してくれた。
「私……何て酷い事、言ったんだろう……っ! 新はちゃんと叱ってくれるほど、優しいのに……!」
 今の自分が新に伝えられるたった一つの言葉。「ごめんなさい」。それしか書けなかったが、せめてそれだけでも伝えたいと、千早は震える指で送信ボタンを押す。けれどいつまで待っても携帯電話はメール着信を報せてこなかった。
(……返事したくないって思われても、当たり前だよ……)
 その事に涙が滲む自分の女々しさが、ひどく腹立たしかった。

 それから数日。やはり新からの返信はなく、千早の胸が痛くなる。
(やっぱり、呆れられたんだ。……話しかけられるのも、きっと迷惑なんだ……)
 講義が同じになっても、離れた席に新は座っている。学食でもそうだった。一人の食事はひどく味気ないが、新に行動させてしまった事を考えたらそれもきっと当然だろう、そう思った。
「謝るだけでも……ごめんなさい、だけでも伝えたい。……だけど、それって結局自己満足だ。新にとって蒸し返して欲しくない事かも知れないのに。……私、どうすればいいんだろう……」
 そんな事をぐるぐると考えながら練習場に向かう。

 まだ何一つ新に伝えていなくて、顔向け出来ないからとこの数日、練習に出るのも上がるのも新より早い。着替えを終えて出てくる新を待つ勇気も持てない自分も嫌だった。
(……やっぱり……)
 A級が二人しか居ない現状では、毎回の練習で最低一試合は新と組まれる。同じように対戦表を見に来た新の顔が強張っているのが見えた。
(取れないよ、新にあんな顔させて……取れないよ……)
 札を拾いに行っても、目を伏せられる。千早自身、どんな顔をすればいいのかまるで分からない。そんな状態で普段通りに取れる訳がない。新も目の前に自分が居るのが迷惑なのか、二人揃ってお手つきを連発してばかりだった。
「元通りに話そう、なんて言える資格、ない。……私が、近くに居るのも……迷惑なんだろうか。私が居なくなれば、新は今まで通り、かるたに集中できるんだろうか……」
 出水が新に何か言っているのは聞こえたが、自分が聞き耳を立てていいと思えない。千早は鞄を抱えて練習場から逃げるように表に出た。




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written by Hiiro Makishima