保湿系トライアルセット

Mine 3

R18版



 千早に対して新が強姦まがいの事をしてから数日が経った。あの日の夜、千早からは「ごめんなさい」というメールが届いていたが、それにどう答えていいか分からず、新は返信を出せずにいた。
「……あんな事したおれが、何を言えるっていうんや……。おれの返事が、また千早を傷つけるかも知れんのに……」
 ましてや「仲直りしたい」などという虫のいい事など言える筈もない。大学の講義で一緒になっても、新は千早から遠い席に着くようにしていた。
(おれが近くに居たら、また千早を怯えさせてまうかも知れん。あの事を思い出させてまうかも、知れん……)
 唯一、物理的距離を取る事も、時間をずらす事も出来ないのが部での練習だ。A級が二人しか居ない現状では、必然的に試合を組まれる事が多い。
「……けど、札拾いに行ったりで目が合うと、千早の顔は強張ってる。……やっぱり、辛いんやろうな。……顔見るのも、怖くて苦しいんやろうな……」

 そんな千早に自分は一体何が出来るのか、まるで分からない。怖がらなくていいと言う事さえ身勝手が過ぎると思う。もう二度とあんな真似はしないと約束しても、それで千早が安心できるのかさえ、新には分からなかった。
「おれは、どうしたら……いいんやろう。前みたいに千早が笑えるように、おれはどう償えばいいんやろう……。おれが居なくなれば、千早は忘れられるんやろうか……」
 迷路に填り込んだ気持ちのまま取るかるたが、普段通りな訳がない。お互いギクシャクして、とてもタイトル戦に出たA級選手同士と思えないほど身体が動かずお手つきを連発していた。
「……」
 千早と新の様子がおかしい事を出水も数日訝しんでいた。何しろこの二人は自分が命名した「かるたバカップル」に相応しく、かるたでは全力でぶつかり合うのに、かるたから離れると照れ屋だが仲のいい恋人に戻る。
(だが……ここ数日はどうだ。まともに取れてねえし練習終わっても別々に帰ってやがる。何かあったらしいのは一目瞭然だが、単なる喧嘩って雰囲気でもねえ、それに具体的な事は誰一人知らないままだ)
 だが放っておいていいとも思えない。自分達にフォローが出来る事なのかも知らなければ分からない。聞き出すしかないか、と出水は決心した。

 「おい、綿谷ちょっとこっち来い」
 練習が終わった新を出水は強い調子で呼び止めた。
「一体、何があった。お前ら変っていう言葉でさえ足りねえ位、変だぞ」
 それに新は答えられない。
「知らねえままじゃ、おれや他の連中がどう動いていいか分からねえし、第一、いい加減なかるた取られちゃあ迷惑だ」
 迷惑と言われ、新の心に動揺が走った。千早だけでなく、これ以上部員に気を揉ませてはいけないと重い口を開いた。
「……あ、の……先輩。変な話になるんですけど……先輩に、相談しても……いい、ですか」
 相当深刻な事だろうと、出水は茶室に行こうと切り出した。だが出水の大切な茶室であんな話をしていいものかと新は気後れしてしまう。
「外聞を憚る話だろ。遠慮しねえで付いてこい」
 押し切るように言われ、新はぎこちなく頷いて出水と連れ立って茶室に向かった。

 「ま、適当に座れ」
 出水は火が入っている炉の前にきちんと正座している。新もそれに倣い、少し離れた所で正座になった。
「点ててやるから、作法なんか気にせず飲め。気分ぐらいは落ち着くだろ」
 一方的に告げて出水はお茶を点て始める。
(……先輩、すごい……。一つ一つの所作が、ぴしっとしてて、洗練されてて……美しいんや)
 新はふと、歴代の名人やクイーンもやはり取りや姿勢が美しかった事を思い出し、目の前の出水もそれと通じるものがあると感じた。袱紗のさばき方も、茶筅の使い方も新の目を釘付けにする。一瞬だけここへ来た理由を忘れそうになった新の前に、茶碗が差し出された。

 「……頂戴します」
 正しくは何と言うのかは分からないが、心尽くしにはきちんとした礼を返そうと深く頭を下げてから不器用に茶碗を手にする。
「どうやって回したらいいんでしたっけ……」
 尋ねはしたが、テレビか何かで見ただけのいい加減な記憶だ。出水が小さく笑い、時計回りで柄が横にくるよう三度に分けて回すと教えてくれ、言われた通りに茶碗を回して口を付けると抹茶独特の苦みが口に広がる。やはりそれでも礼は述べなければと試合の時のように頭を下げた。
「まあ今日は茶菓子もないし、飲みづらかっただろ。……少しは落ち着いたか?」
 日頃は豪快に笑う人が、穏やかな顔で聞いてくる。
「……はい」
 茶室の落ち着いた雰囲気もあるのだろうか。新の心が少しだけ軽くなった気がした。

 「あの、出水先輩。……洗いざらいになりますけど、聞いてもらっていいですか」
 頷いた出水が先んじて口を開く。
「これだけは言っておく。俺はここに居る時、冗談は言いはしても嘘は絶対口にしない。……お前の畳と同じで、俺にとって大切な場所だからだ。ここでの話をその必要がない限り、外にも持ち出さない」
 きっぱりした声が新の背中を押した。
「パーテーション運んだ日の事なんですけど、千早が疲れたって言って、一旦おれんとこで一息入れようって話になって。おれがお茶持って部屋入ったら、千早が……床で大の字になって寝っ転がっとって……」
 少し口ごもりながら、その日の事を話していく。千早の無防備さは一歩間違えれば男に勘違いさせてしまう事、新自身もそうした衝動を抑えてきた事、一般論ではあるが見境のない相手なら力ずくで関係を持とうとする、下手をすれば輪姦の可能性もあるという話。
「ほん時、言うて来たんです。おれはしない、って。おれもそれは同感だったんですけど、その後『出来ないよ』って」
 千早の真意は分からないが、ここまで真剣に話した事をまだ分かっていないように新には思えた事。それらを話していった。

 「……おれの男としての側面も軽んじてるっていうか。そんな響きがあったんで、おれは……千早を押し倒しました。『おれが千早を犯せんって本気で思ってるんか』そう言って。……千早の意志も無視して。男の衝動甘く見てると、こういう目に遭うって……」
 辛うじて挿入は堪えきったが、千早を直視できないまま自分の欲望を必死に抑えようとしていた所に、手を伸ばしてきた千早に酷く怒鳴った事。
「おれかって、千早が妊娠するかもとか、そういうの無視して中で出す事かって、出来るって言いました。恋愛関係にない、身体だけ欲しがる男なら、尚更途中で止めたりせんやろう、って……」
 千早に帰れと告げるのが精一杯で、帰宅したらしい千早からは「ごめんなさい」と書かれたメールが届いていたが、何をどう言っていいのかまるで分からず、返事も出せないままな事。どうやって千早に償えばいいのか分からない事。全てを新は話した。

 「俺はそれなりにセックスの経験はある。その立場で言うなら、綾瀬の無防備さに関しては、お前の考えに賛成だ」
 少しホッとした所に出水が言葉を継いでくる。
「お前に少し質問がある。……だが照れるからなんて理由で、答えを誤魔化したりするなら相談も何もねえ。話はここで終了だ」
「……はい」
 厳しい言葉に新は背筋を伸ばして出水に向き直った。
「お前と綾瀬、童貞と処女なのか」
 出水は新の覚悟を知るため、敢えて露骨な単語で問うた。
「おれはまだ童貞です。千早には直接聞いた事がないんで推測ですが、処女だと思います」
 新もその問いへ真剣に答えるため、ストレートに口にした。

 「まだ少し訊くぞ。お前がマスターベーションの時何を使って、あるいは何を思い浮かべてる」
 随分と突っ込んだ質問だが、相談を持ちかけたのは自分だ。新は思い切って答える。
「何か、がビデオとかって意味なら使ってません。空想に過ぎませんけど、千早の裸を思い浮かべて……してました」
 今の質問に新は過去形で言葉を返した。
「その想像が、お前にとって一番興奮するものだから、という意味で解釈していい事だな?」
 出水の言葉に新は頷く。
「今は何を思い出しても、千早に乱暴した時の姿に置き換わってまうんで……出来なく、なってます」
 試みても罪悪感が強くて萎えてしまう。それも含めて新は答えた。
「……あと二つ。お前は綾瀬とセックスしたいと思ってるのか、我慢してるとしたらその理由は何だ」
「千早とセックスしたい欲求はあります。……それ堪えてんのは、おれ自身の価値観に合わないからです」
 単なる肉体的交渉としてではなく、好きな相手と結ばれるのは結婚してからという新の考えを出水に告げた。なるほどな、と出水は腕組みをして考える。その邪魔をしないように新は口を閉ざした。




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written by Hiiro Makishima