Mine
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「おーい、綾瀬と綿谷。ちょっとばかし手伝えー」 練習を終えた時、更衣スペースの前に立つ三年の出水がのんびりした口調で二人を呼んだ。何だろうと顔を見合わせながら新と千早は先輩の前に並んで立つ。 「ここのな、パーテーション。欲しいって他の部の奴が言ってるから、二人で持ってってくれ」 「……えええっ?!」 千早が裏返った声を上げた。新たち男は練習場の隅でも脱ぎ着できるだろうが、お粗末とはいえ着替えるために確保してあるスペースがなくなったら、数少ないとはいえ自分を含めた女の部員はどうすればいいのか。 「何考えてるか大体分かるけどな。心配する事ねえぞ」 困った顔をしている千早に、からから笑う出水の声が飛ぶ。 「こういう話なんだよ」 妙に顔が広い出水の伝手で手に入れた、ファッションセンターなどで使われているドア付きの試着室をこのスペースに置くことにした。だから不要になったパーテーションは使いたがっている他部に譲り渡す事になった、と種明かしをしてきた。 「まあドアの上下開いてるけどな、板継ぎ足して使えばいいだろ。鏡は取り外すし」 何より内側にフックを引っかけるだけの物とはいえ、鍵も付くという。 「うちの部のツートップに、大工仕事で怪我させる訳にいかんしな。だからお前らはこっち運べ、って事だ。まあ筋トレだと思って一つ頼む。あ、指だけは挟まねえようにな」 「分かりました。……ほやけど何で急に替える事にしたんですか?」 新入部員を募る合格発表や入学式のシーズンならともかく、じきに冬になるこの時期に更衣室を新しく据えるのか新にはピンと来なかった。 「何ボケた事言ってんだ。お前らのせいだぞ? これ」 「えっ? 私と新、何かやらかしちゃったんですか?!」 入部当初から「台風の目」だった自分達が、気付かないうちに先輩に失礼な事をしてしまったかと千早は目を剥いて聞き返す。 「やらかしたって言やあ、まあそうかもな。お前らこの間、タイトル戦出たろ?」 「はい」 それは事実だから二人はあっさり答えた。 「あれのネット中継観たって中途入部希望が殺到してんだよ。んで今までのコレじゃちっと不安だったんで、調達してきたって訳だ」 確かにその意味では「自分達が原因」と言え、新は困ったように笑う。 「ほんなら、甘んじて受けよか。おれらのせい、らしいし」 「だね。ここ場所開けないと、新しいの置けないんですよね?」 出水が頷いて投げてきた軍手を受け取り、千早たちはパーテーションを抱えて譲り渡す部室へと向かう。 「ぐぉ、重いー。あと何往復だっけ……?」 「数えてえん。って言うか千早、六畳運んだ事あるって言ってたが? あれよりは軽いやろに」 高さがある分、畳より取り回しがきかないパーテーションは実際の重量より運びづらいと千早は愚痴っぽく、それでも笑いながら新に答えた。 「……なるほどの。ほんなら次の分は二枚重ねて一緒に運ぶか。前後で持ち上げれば楽やろうし」 「そうしよ? 新、優しいなあ」 「更衣室のためやし。……ほやけど出水先輩の人脈って、本気でどうなってるんやろ?」 こうした役立つ物から部の飲み会で罰ゲームに使う衣装まで、その顔の広さで調達してきてしまう。 「……かるた部最大の謎だよね。先輩自身も茶道の師範だし」 「やなあ。聞いた時驚いたもんの。……あ、ここやわ。失礼しますー」 「かるた部でーす。パーテーション、持ってきましたー」 練習場から全てのパーテーションを運び終えて戻ってきた新と千早の目が見開かれる。 「うわー、凄い!」 お粗末だった更衣スペースに、二つ並んだ「更衣室」が鎮座していた。 「お、戻ったか。内鍵付いてるから男女別にはしてないぞ。空いてたら使えってトコは今までと同じだ。お前ら二人、栄えある第一号になってもらうか」 「ほんな大袈裟な言い方せんでいいと思うんですけど……折角なんで。お先です」 道場の隅から自分達の鞄を持ってくる。それぞれのドアには空室か在室かを示すスライド式の表示まで付いていた。 「……これ、何か凄いですね」 千早が言うと、誰かがワンコインショップで買ってきたと出水は笑い、とっとと着替えろと畳み掛ける。新は苦笑しながらドアを開けた。 更衣室から出てきた新に、出水が使った感想を尋ねてくる。「栄えある第一号」とはモニター第一号という意味もあったらしい。 「……袴着けるのには狭いんで、やっぱ畳んとこ使うしかないやろって思いますけど、練習着なら問題ないです。……足元に何か敷くのもいいんでないかなって気もします」 裸足に慣れている自分達は気にならないが、中途入部者向けの配慮としてあってもいい気はする、と新は答えた。 「甘やかすとかではないんですけど、人増えるのは嬉しい事やから、かるた以外の部分で挫折とか嫌やなあって」 部員増という自分達の欲のためと言い換えてもいい。そう言葉を継ぐと出水は大笑いで返してきた。少し遅れて出てきた千早にも同じ質問が投げ掛けられる。 「袴は、私もそう思います。試合の着物なら下にTシャツとスパッツ着けてるんで畳の上でも構わないし。けど便利ですよね、これ。中にフックあるから上着とか掛けて着替え出来ますねえ」 特にこの時期となると重ね着している者もちらほら見かける。本格的に寒くなったらコートやダウンジャケットが嵩張るだろう、と千早は答えた。 「最初に口揃えて袴って言い出すあたりは相変わらず『かるたバカップル』だなあ、お前らは。ただあのフックも、そこまで重さに耐えられねえ筈だから、近くに注意書き貼っておいた方が無難か」 何しろ元からあったパーテーションは既に他の部に譲り終えた。更衣室の壁が壊れたら代わりに着替える場所が本当になくなってしまう。 「まあ普通なら目の保養とか言うとこだが、壁壊れて綾瀬を畳で着替えさせたら、綿谷が試合どころじゃなくなるだろうしな。お前の精神衛生のために、『壁壊すな』ってしっかり書いといてやる」 「……真っ先におれですか……。あー……まあ、ご配慮、ありがとうございます」 新は微妙な口調で礼を述べた。だが実際、出水の言う通りだろうとは思う。そもそも自分ですら袴を別にすれば千早が着替える所は目にしていないのに、それを他の男も見られるような状況で冷静さを保てる筈もない。 練習場を後にして二人は構内のメインストリートを歩く。 「いっぱい入部希望者来るのって、嬉しいなあ。更衣室も新しくなったし」 「うん。三室どんどん強なってるで、じき昇段するやろうし。昔ちょっと取った経験あるとかでもいいで来てくれたら、チーム組めるな」 新のその一言に千早は相好を崩した。入部当初から団体戦に出たいと千早が言っているのは新が一番よく知っている。春に行われたデモ試合を見て入部した三室もめきめきと力を付けてきて、小さな大会で三人だけとしても出てみたいと最近は口にしていた。 「だね。……けどパーテーション運んで、流石にちょっと疲れたかも。重さより往復が長かったあ……うちの部からじゃ、部室棟の端から端に移動だったし」 「ほうやなあ。……どっかで一息入れるか?」 ぱあっと笑って千早が腕に飛び付いてくる。 「じゃあ新のとこ!」 「え、……ん、まあ……いいけど……」 (……意識したら、あかん……) 千早に悪気はないだろうが、こうしてじゃれつかれる度に触れている腕だけでなく、飛び付かれた拍子に感じ取ってしまう、千早の柔らかみに忍耐力を試され続けて、変な気を起こさないよう何度も自分に言い聞かせている。 (かるた取る時は、部屋に居ても気にならんのに。取った後に汗かいてる千早が近くに居っても、何ともないのに……) 必死に自制心を保ち、どうにか部屋まで辿り着く。鉄扉を閉めた新の口から無意識に溜め息が零れた。 |