What if 2
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新がふと思い出したように言葉を継いできた。 「のぉ太一、『山ちゃん』って、千早の友達なんか? 大会出てたんかって聞かれたけど、誰の事か分からんくて、おれ答えれんかったんやけど」 新のその問いに、太一の肩からふっと力が抜ける。 「山……ああほら、山城専任読手のお孫さん。……確か理音つったかな、下の名前。富士崎の生徒だよ。昨日も確か、猪熊さんの応援に来てたな」 友達という程親しい訳ではないが、合宿の時に千早と何か話し込んでいたのは太一も覚えている。太一がそう話すと新もようやく、その呼び名と顔を結びつける事が出来た。 「あ……あー、あの子がほやったんか」 「去年の団体戦決勝が初顔合わせだったんだけどな、あいつ下の名前思い出せなくて挫折。んでそれ以来『山ちゃん』って言ってんな」 太一の返事を聞くと、新は小さな笑みを浮かべた。 「千早と詩暢ちゃん、結構似たもの同士なんやな」 新は「千早と詩暢の共通点」を挙げていく。 「詩暢ちゃんも人の顔とか覚えんのは苦手らしいし、二人ともかるたの札を友達やって思ってるし。かるたのスタイルは対照的やけど」 「……ふうん……」 正直、太一は「千早と詩暢が似ている」という新の意見には同意しかねた。確かに新が挙げた部分は二人に共通しているが、それだけの事だと思う。 (似てなんか、ねえよ……千早は。あいつは、あいつだけだ) その気持ちが太一の背中を押した。 「……なあ、新」 「なんや?」 「お前さ。……今もし誰かが千早に告ったら、お前ならどうする?」 新が千早に告白した事は、試合中に尋ねた時の様子ですぐに気付けた。「もし」という仮定での問いは腹の探り合いのようで気が引けるが、新の答え次第で自分もはっきり態度を決める事だって出来るだろう。 「……どう、って……。千早が決める事やし」 試合中に「秋に何か言ったのか」と太一は問うていたから、今の一言も新は不思議に思わない。だから新は思う事をそのまま答えた。 「止めなくて後悔とか、ねえの?」 「……止める権利って誰にもないって思うしの」 新にしても「止めたい」気持ちがない訳ではない。だが引き留める事と、千早の心が自分に向く事はイコールではないだろう。そしてもう一つ、引き留めなかった結果よりも、引き留めた結果、千早との関係が友達よりさらに遠いものになる可能性を恐れる自分にも最近気が付いた。 「もし───おれ、だとしてもか?」 一つ目の問いより大きな衝撃を新の心が受けていた。 「……止める権利ないのは……同じや」 それでももし、相手が太一だったら。昔「千早は太一のもの」と思っていた頃の自分なら、そういうものかと思って二人との友達付き合いを止めたりはしなかったと思うが、今の自分がそれを受け入れられるのか、何とも言えなかった。 (それでも、おれにとって、一番一緒にかるたしたい相手やって言うのは変わらん……) かるたに対しての情熱だけは、この先自分達がどんな関係になったとしても、きっと千早も自分も変わらず持ち続ける事だけは強く信じられる。 「……太一は? ……おれが千早に好きやって言うた、って言うたら。……どうするんや?」 新がまっすぐ視線を合わせ、試合中の問いに答えた時は口にしなかった「好き」という単語を今度ははっきり口にして逆に問うてきた。 「おれは……」 新の口調は普段通りのものだし、眼鏡越しの瞳も静かなままなのに、何故か気圧されてしまい太一は視線を地面に落とす。 (……好きって言った……って、過去形で今、言ってきたよな……) 「んなの、分かんねえよ。……おれ、新幹線の時間あるから、もう行く。じゃあな」 新が何か言いかけたが、太一は振り返らずに近江神宮の駐車場を横切り、一度も足を止める事なく私鉄の駅にやってきた。 突然太一が駆け出していったのを見送るしかなかった新は、ようやく思い出したように大きく息をする。冷えた夜気を吸い込んだせいか、背中を丸めて激しく咳き込んでしまった。 「ごほっ、げほんっ! ……あー……身体、熱いかもや……」 試合で汗を掻いて、今も表で立ち話をしていたせいか、試合中は押さえていられた風邪の症状がぶり返してきたらしい。額に滲んだ汗を手の甲で拭いながら顔を上げると、駐車場にある一台の車がヘッドライトを点けているのに気が付いた。 「あ、叔父さん待っててくれたんや」 足早に車へ向かうと、叔父の基が運転席から手を伸ばして助手席のドアを細く開けてくれ、新は礼を口にして車に乗り込んだ。 「新、ほらこれ」 叔父は手の平にすっぽり収まりそうな紙箱をぽんと新の膝の上に寄越してきた。視線を落とすと昨日叔父の家で服んだ、市販の風邪薬の残りだと分かる。 「ありがとう、叔父さん」 「や。……ほやけど新、えらい思い切った事言うたなあ、昨日」 京都に住んで長い叔父だが、甥の新と話す時はだんだん福井弁が出てくる。その叔父が言っているのは周防に引退を撤回させた一件だった。 「うん、まあ。……ほやけど、おれ、最強の名人なるって決めてるし」 勢い込んで答える甥に、基は微かな苦笑を見せた。新の父で実兄の彰のような大喧嘩はした事がないが、基もやはり子供時代には寂しい誕生日を送った経験がある。ただ、亡父をかるたの神様として尊敬している新に対してそこまで言うつもりもなかったが。 「タイムシフト放送あったで、ちょっと見たけど……お前がそれ言いに行った時、後ろに髪長い女の子も居たやろ。……あの子も乱入する気やったんやろか」 「……うん。……て言うか、千早も映っとった? ……おれ、自分が行くでそこに居ね、ってしたんやけど」 自分の姿は多分画面に入ったとは思っていたが、身振りで制しておいた千早まで映っていたとはと新は目を丸くする。 「ああ、昔よう言うてた東京の友達ってあの子かあ。……ほんで東京の大学行くって言うたのも合点いったわ」 「え、……あ、……うん……」 神宮で太一とした会話を思い出した新の口から小さな溜め息が漏れた。 「……疲れたんか?」 叔父は顔を前に向けたまま聞いてきた。 「あ、ごめん。何でもないんや」 「……ほうやって、何でも一人で抱え込んでまうの、新の悪い癖やな。……性格なんやろうけど。……ほやけど、自分の姿ほど自分で見えづらいもんはないって思うざ、おれは」 叔父の指摘はもっともな事だった。今までも新が何か悩んでいると、大抵、由宇の方から何があったのかと何度も問われ、ようやくのように言葉にさせられたものだ。 (……ほやけど、由宇に聞くのもどうなんかな、こんな話……) 東京に越していた間の事を話すと、由宇はいつもどこか複雑そうな顔を見せる。しかも今思い出していたのは、「もし」という体裁で交わした、自分と太一それぞれが抱く千早への恋愛感情の話だった。由宇に「鈍い」と言われてきた新にも、そんな相談を由宇にする訳にいかない事ぐらいは分かっている。 「例えば何か、自分が受け入れられん事やけど、止める権利もないような時って……叔父さんやったら、どうするんや?」 同性の叔父ならどう考えるのだろうかと、新はひどく曖昧な問いをようやく口にした。 「……ざっくりしすぎて、何の事やよう分からんけど……ほやな、昨日のお前を例にしよっか。名人に引退すんなって言うた話」 叔父の基は落ち着いた声で話し始めた。 「お前の言葉を名人は受けたけど、それはその言葉を受け入れる余地を、元々本人が持ってたとも言えるやろ。……例えば仕事で海外赴任やとか、かるた続けるの難しい事情抱えてたら、続けたいって本人が思ってても辞めざるを得ん話になるんでないんか?」 「ほうやけど。それ言うてくれれば、おれかって無理は言わんつもりやざ……」 「話せる事情かどうか、決めるの本人やがし。……言い換えるんなら、お前にやったら本当の事言おうって思うかどうか、それと……相手がお前を、ちゃんと聞いて理解してくれるって信頼出来るかどうか、やと思うざ」 はっとして新は運転席の叔父を見る。 「ほやった。おれ……自分も太一に言うたのに。決めるの千早やって……」 新自身、祖父の事を二人にはどうしても言えなかった時もあったのだ。叔父の言葉を借りるなら、自分の告白を千早が蹴ったとして、その理由を新に告げてくれるかどうかは自分と千早の間の信頼如何───千早から見た新が「ちゃんと聞こうとしてくれる」相手と思われているかどうかという事だ。 (……言うて欲しいんやったら、おれも千早に言わなあかんのや。どんな事でもちゃんと聞くで、言うていいんや、って……) 「……千早やったら、聞くって言えばちゃんと言うてくれる。……おれは、そう信じる。ありがとう、叔父さん。何かすっきりした」 「ほやったら、いいけど。……ぼちぼち駅着くざ。病み上がりなんやで無理せんときねの」 駅利用者用の駐停車スペースに車が滑り込む。新はもう一度礼を述べて駅構内へと歩き出した。 |