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高松宮杯後の捏造会話



 高松宮賜杯は無事に終わり、閉会式まで残っていた選手達もようやく緊張から解放され、帰り支度をしながら顔見知りの選手と話す者や、家族や友人に電話を入れている姿もちらほら見受けられる。
(この瞬間って、やっぱいいよな。試合が終われば他の会の選手ともああやって和やかに声かけあったり)
 サッカーを長くやっていた太一は、何の競技であっても試合終了のホイッスルが鳴れば敵味方なく健闘を称え合い、笑いながら再戦を誓うこの空気が好きだった。
「……」
 そんな様子を眺めている太一の心の中にも、一つの区切りが付いた実感があった。かるたを取る時間が思うように作れなくなる前に、かるたと新に今の自分の全力を出し切り、また新もそんな太一に応えるかのように、その全力を真正面から叩き潰すような強いかるたを取ってきた。
(……今日のおれが、きっと……おれがずっと『なりたかった自分』に一番近い。試合は負けちまったけど、不思議と気持ちはスッキリしてる。そんな風に感じるのって初めてじゃねえかな……)

 何となく、自分の背筋がすっと伸びたような気がする。
 東日本予選の時もそうだったが、誰にも言わず大会に出た事を千早が気にしているのは新に言われるまでもなく分かっていた。ただ、A級昇級を目指して地方の大会にまで内緒で遠征していた時とは、太一の中にある理由が違う。あの頃はただとにかく、努力する姿を人に見せるのが嫌なだけだったが、今の太一が一人で試合に出るのは、理想と現実という二つの「自分」を冷静に客観視するためで、だからこそ居れば一番意識してしまう千早には出場を伏せ続けた。
 新にしろ千早にしろ、原田先生と同じように自分というものをしっかり持っている、と太一の目には映っている。二人と肩を並べられる「自分」になれたと思えた時初めて、千早に気持ちを伝える事ができると太一は考えてきた。
「……けど、やっぱりまだ今のおれじゃ、届いてねえんだ。……二人に」
 試合に負けた事ではなく、昨日の名人戦会場でそう痛感した。周防に引退を撤回してくれと実際告げたのは新だが、あの時席を立った千早もきっと同じ事を言うつもりだったのだろう。

 「……かるたが好きなのと、いつか新や千早に勝ちたいって思ってるのは、おれの本心だ……」
 けれど、二人に勝ちたいという思いに比べたら、名人になりたいという気持ちは太一の中ではやはり小さい。修学旅行を休んでまで東の予選に出たのも、名人位の挑戦者になるためと言うよりは、新と肩を並べるためという意味合いが強かった。そのせいか、太一は「周防を倒して名人になる」という事にはそこまで強い拘りはない。「周防を倒した新」を倒せば、自動的に名人位にも就けるのだから。
「はあ、まあ……今は置いとくか。試合終わったし、千早にも結果ぐらいは伝えねえとな」
 頭を切り換えた太一はスマートフォンを取り出して千早の番号を呼び出す。だが受話器から聞こえてくるのは話し中を知らせる単調な音だった。千早も今日は東京での試合に出ていた筈だが、その結果を家族にでも報告しているのだろうか。
「……え? いや、出てえんかった。試合は見てたみたいやけど」
 勧学館の玄関先に、電話で話している新の姿があったことで、太一は千早の携帯が通話中だった理由を即座に察した。断片的に聞き取れた新の声から考えると、おそらく今日の大会に周防が出ていたかどうかを千早が尋ねているのだろう。
(……そう言やあ、受付の時あいつ注目浴びまくってたっけな。まあ無理ねえけど……)

 中継の最中に乱入して周防に引退撤回を申し出るという思い切った行動に出た翌日だけに、新が会場入りした時、その場の視線が全て彼に向いていた。それをしでかした本人は真っ赤になって柱の陰に隠れるという照れっぷりを見せていたが。
(堂々としてりゃいいのに、って思うけどな。……案外、後先考えないとこ、あんのか?)
 自分なら、外野が好き勝手な事を言うぐらい黙殺してしまう。口にした言葉が実力に裏打ちされた物であれば尚更。そう考えると、周防への申し入れにしろ、決定戦の後千早に何か言った事にしろ、新はもしかしたら自分より衝動的に動くタイプなのかという気がする。
「……や、同じ事言いに行くつもりやったのは、顔見た時分かった。……けど、来年戦うのはおれや。やったら、おれが言うのが筋やろ?」
(───!)
 あまりにも普通に「来年名人戦を戦う」と告げている新の声を聞いた太一の胸がズキリと痛んだ。
「……うん。目立ってもた。……あー、うん。何人か言うてたみたいやの。ほやけどおれかって、周りから『綿谷が出ると楽でない』って言われるぐらい強い名人なりたい、て思うし」
 新の言葉で太一は昨日の名人戦会場で周囲の観戦者が『周防名人が引退でほっとする』と呟いていたのを思い出す。
(……おれもあの時、そう思った……。原田先生でさえ崩せなかった名人の『天才』は早く伝説になってくれればいい、って……)
 だからこそ席を立った千早と、実際にインタビューに乱入した新の言葉にショックを受けた。自分も原田の弟子なのだから、名人に引退を撤回してくれと言うのは自分でもよかったのにと。
(違う。それも……後付けだ。おれはあの時言えなかった、それだけが事実だ)
 早く駅へ行ってしまおうと踏み出しかけた足元でアスファルトが小さく音を立てた。

 「……あ、太一やったんか。ごめんの、気い付かんくて」
 携帯を鞄に仕舞った新が気配に気付いて振り向く。友人に対する笑顔を浮かべているのが何となく息苦しかった。
「や、いいって」
 自分が背後に居たと気付かれた今の状態で慌てて駅に向かうのは、そそくさと逃げ出すようで嫌だ。太一は努めて平静を装い、そのまま何となく神宮の石段を一緒に降りだした。
「今の電話、千早だろ? ……何だって?」
「ん、新春大会の結果とか、高松宮杯に周防さん出たんか、とか」
 部長である太一は当然、千早たち部員がエントリーしていた事は知っている。
「……あいつ、何か言ってた? おれだけ残った事とか」
「おれの方から聞いてみたけど、言えんのが太一やからって……そう言うてた」
 その答えを聞いた太一の目が大きく見開かれた。修学旅行を蹴って東の予選に出た時は「自分も東京に帰って予選に出る」と言い出すぐらいだったのに、今は太一の心情を慮るような事を言ってきている。
「そ……っか」
 自分がそうなように、千早も自分達の見ていない所で少しずつ変わってきているのだろう。それでいて千早の本質は変わっていない。太一はどことなく不思議な気分で相槌を打った。







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written by Hiiro Makishima