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Normal(?) End



 玄関の呼び鈴に答えたのは、新によく似た面差しの女性だった。
「こんにちは。あの、おれ以前……新、くんが東京に居た時の友人で、真島と言います」
 ずっと呼び捨てだったせいか、「くん」付けは太一にとっても違和感があった。
「ちょっと待っての。今呼ぶさかい。……新ぁー! お友達やざー! 早よ降りといでー!」
 今行く、と短い答えの後、階段を下りてきた新の目が丸くなった。
「あれ? ……太一?」
 よう、と太一が小さく片手を挙げると、ようやく新の表情は普段通りのものに戻る。
「あーっと……まあ、大したウチでもないけど、上がんね?」
「ん……。じゃあ、ちょっとだけお邪魔するな。……あ、これ、つまらない物ですが、どうぞ」
 買っておいた土産を新の母に手渡して、太一は二年ぶりに新の家に足を踏み入れた。

 「びっくりしたわ。遠かったやろに。あ、好きなとこ座ってや」
 自室に太一を通した新は、自分も畳の上に胡座をかいた。
「飛行機だから、大して時間かからねえよ」
 実際、スマートフォンで予約した国内線が隣県の空港に着くまで一時間もかからなかった。一昨年は新幹線の切符すら買った事がなく、姉から借りた旅費もかつかつな千早が一緒だったから、飛行機よりは安い経路でここまで来ただけだ。
「ほうなんや。ほやけど何か、よっぽどの事あったんやろ?」
 やはり男同士は話が早い。着ていたジャケットの内ポケットを探った太一は、中から取りだした小さな包みを畳の上に丁寧に置いた。

 「……これ。……お前の、お祖父さんの札。……返すよ」
 少しだけ、新の表情が曇る。真面目な話だからと太一が正座になると、新もすぐに姿勢を正してくれた。
「お前が『せ』をおれに送ってくれた事は、本当に嬉しいんだ。……でも、おれ……今は、出来ねえんだ、かるた」
「……何でなんか、聞いても構わん?」
 太一は頷く。
「話す気がなきゃ来ねえよ。……別に新のせいって訳じゃない。けど、まるっきり関係ないとも言えない。……だから、来たんだ」
「……分かった。聞くわ」
 試合の時のような顔付きで、新は聞く体勢に入る。向かいに座る太一は何度か深呼吸をして気持ちを静めた。

 「お前さ……おれの誕生日って覚えてる?」
 太一の口から出たのは意外な一言だった。
「うん。四月の、二日やろ?」
 太一が何を話したいのかは分からないが、誕生日は覚えている。新が日付を答えると、太一はしばらく言葉を探すように天井の方に視線をやった。
「その日にさ、試合……つーか、大会あったんだよ。源平戦の。……花見の場所取っとけって言われてたから公園で場所取りしてたら、公民館まで引きずられてって、訳わかんねえうちにTシャツ着せられて。……『太一杯』とかって」
 どこまで連絡したのかは分からないが、白波会や翠北会だけでなく、北央学園や富士崎高校のメンバーまで集まっての源平戦大会だったという。
「凄い羨ましいな、それ。……近場やったら、おれも行きたかった」
「……優勝賞品、おれからのキスでもか? 何か予算足りねえとかで、んな話になってたんだけど」
「ごめん、おれ賞品いらん」
 新の言葉に、太一も苦笑で返す。

 「まあ時間切れだったから、同点首位のまま終わっちまったんだけどな。おれと……千早」
 かるたの戦績だというのに、太一は妙に強張った顔で千早の名を口にした。
「でさ。学校春休みじゃん。家に居るとお袋がうるせーから、部室で勉強しようって学校行ったんだ。……そしたら、あいつも来てて。新入生来るまでに部室のカーテン新しくしたい、って」
「……うん」
「あいつが何なら源平戦の決着付けようか、って言ったから、おれ……受けるかどうか考えたんだ。賞品が賞品だったから。……その時思い出した。……おれはまだ、昔の事……お前の眼鏡を隠した事を、あいつに話してなかった、って」
 正座した腿の上で、太一の手がきつく握られている。対面に座った新もそれは同じだった。
「……話したんか」
 太一は頷いた。それを言わないまま「賞品」を与えられも受け取れもしないから、と言葉を継ぐ。
「おれが最初、小学校のかるた大会覚えてるか、って聞いた時。……『やっぱりカラスだったのかな』、そう言った。他の可能性なんか全然考えた事もなかった風で。……だから、言った。おれが隠したんだって。新に負けたくなかったから、隠したって」
 それを話した時の千早はかなり複雑な表情を浮かべていた。
「……流石にショック受けたんだろうな。弱々しい声で『ズルいじゃん』って。……事実だから否定しなかった。お前の言葉が原点だったけど、ずっと卑怯じゃないやつになりたかったって話したよ。……千早を、好きだから」
 最後の一言に新が少し身体を強張らせた。

 「おれは、千早の色んな面が好きだ。でも全部じゃない。……お前の事考えてる時の千早だけは、嫌だった」
「……」
 新は黙ったまま、太一の目の前に座り続けている。
「高一の時、初めてクイーンと対戦した後、あいつ随分煮詰まってて。それをお前はたった一言で千早の迷いを晴らしちまった。魔法みたいに。……選手としてなら分かるんだ。お前がそれを言えるのは、ずっと懸けてきたからだって事は。……けど、男としては悔しかった。おれが何言っても届かねえのに、って。……だから強くなりたかった」
 新は無言を貫いている。
「話が前後したな、悪い。……おれが好きだって言った後、千早は……ごめん、って。普段あんなにギャーギャー騒がしい奴が、チャイムにかき消されそうなぐらい、小さい声で、ごめん……って」
 それを聞いて部室を後にした時、自分だって誰の気持ちも受け取って来なかったと気が付いた、と太一は話し続けた。

 「うちの部の花野さんや、中学時代の彼女だけじゃなくて。……もしかしたら、千早にさえそうだったかも知れない……」
 好きだと気付く前も、好きだと気付いてからも、千早が予測外の行動を取る事に時々苛立ちを覚えていた。言い換えるなら「自分の思った通りに」考え、動く千早を求めていたのかも知れない。
「……決定戦の前、あいつお前に電話したろ。白波会は全力で新を倒しに行く、って。あれ聞いた時、おれは内心ホッとしたんだ。……千早も、おれと同じ『新の敵』って思ってるって。……だけど千早は、試合の合間に何か耳打ちしてただろ」
「私たちにとって、原田先生はどこまで行っても『先生』なんだよ、新のままじゃ勝てない……そう、言ってきたんや」
 それまでずっと聞き役に徹していた新が初めて口を開いた。だから新は祖父のイメージを「借りた」のだ。原田を先生と見上げないで取れるように。
「……ほやけど、借りモンは所詮、借りもんや。じいちゃんみたいに取る事は出来ても、じいちゃんそのものにはなれん。ほやで……負けたんや、おれは」
 それで決定戦の三試合目、新の雰囲気ががらりと変わり、原田さえ子供扱いしているように見えた理由がようやく太一にも理解できた。






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written by Hiiro Makishima