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Causes/Effects ─Letter ─ 5

Normal(?) End



 また話が逸れたな、と太一は詫びて続きを口にし始めた。
「千早に振られた後も、おれは部の仲間の前では笑ってた。本気の笑いじゃねえけど、続けてればいつか本当に笑えるかも、って。……一学期入って、定期考査の結果を受け取った。……瑞沢に入って初めて、学年二位に落ちたって、結果を」
「ほんなら、それまでずっと学年一位キープしてたんや? 凄いな」
 新の言葉に太一は皮肉な笑みを返す。かるたを続ける条件として、母が提示してきたのがそれだったからだ。
「お袋の条件がなかったとしても、おれは退部するつもりだった。……おれはずっと、千早のために頑張ってきたから。でももうそれは出来ない。しても届かない。千早の視野におれは入らねえし、おれの視野にもあいつは入れたくなかった。だから部長としての最後の仕事として、新歓の部活案内の原稿作ったら、退部届出すって決めてたんだ」
 太一の手がさらに強く握り込まれた。

 「あいつが部活紹介してるのを見て、これで本当に終わりだな、っておれはその場から去った。……なのに、千早は追い掛けてきた。そして……言った。退部なんていやだ、やめちゃいやだ……って。今までだって、千早は天然な事言ったりしてたし、それもあいつだって思えてたけど……。好きだって言葉には応えられねえのに、部に残れとか……よくもぬけぬけと言えたもんだって、本気でムカついた。おれは何言っても傷付かねえって、そう思ってんのか、って。……だから、だからおれは千早にキスしたんだ!」
 絞り出すような太一の言葉に、新の肩がぴくり、と動いた。
「……二年前、お前が千早の札を蹴ったのと同じだよ。お前なら、分かるだろ」
「まあ、の。もう関わらんといてくれって。あん時は太一が居ったで、きっと慰めてくれるやろ、って。かるた止めたおれの事なんか忘れろって言うてくれるやろう、って……思ってた。……太一に、甘えとったんかも知れんの、おれ」
 少しだけ申し訳なさそうに、新は答えてきた。
「答えてくれて、サンキュな。……話戻すけど、千早にキスした後おれは言った。今はかるた出来ねえって。百枚全部、真っ黒に見える……って。ただ、お前が送ってくれた『せ』だけは、あんなに使い込まれてるのに、光って見えたんだ。……いや、使い込まれてたからこそ、光ってたのかもな」
 それを告げてきた時だけ、太一の表情が少し和らいだように新は感じた。

 札を送り返すだけなら手紙でも出来た筈なのに、わざわざ飛行機で福井くんだりまでやって来る事もなかったのでは、という新の問いに、太一は「もう一つ話があったから」と答えてきた。
「……もう一つ? どんな事やの」
「……」
 しばらくの間、太一は言葉を発しなかった。新は急かさず待つ。
「高松宮杯の試合中、おれ聞いたろ。……秋に、千早に何か言ったのか、って」
「うん」
 新は短い相槌だけを返した。
「……お前が千早に何て言ったのか、それを知りたいって思ったのは、……多分、……自己満足のための質問でしかないんだろうな」
 自宅でも思った事だが「新がそんな事を言ったなら、自分の告白が蹴られたのも無理はない」と自分が納得したいだけだろう、と新にも話し、だから無理に聞き出す事はしたくない、と太一は口を閉ざした。

 「別に、構わんざ?」
 何だかんだあっても、やはり太一は友達だから、と新は言葉を返す。太一はそれに答えないが、新は構わず話し始めた。
「原田先生に負けた後な、千早が話しかけてきたんや。……二人のかるたが違って面白かった、って。ほやからおれ、聞いたんや。千早やったら終盤どうしたか。あん時、おれの陣に残ってた札は『ふ』と『ちは』やったから」
 太一は何も言わない。だが耳は傾けてくれている。
「……千早は、自分は攻めがるたやから『ふ』も『ちは』も送ると思う。特別やから、手に入れたいものほど手放して、必ず取るって勝負に出るんや……そう言うた。迷いもせんと、答えてきた」

 その顔を見ていたら、新の視野に昔の千早が二重写しに見えた。新はそう言葉を継ぐ。
「笑うためにメモ取る人と話したくない、って言ってた時の千早。雪降った日に、ずっと一緒にかるたしようって言ってきた千早が見えた。それで気付いたんや。おれの心の真ん中にはずっと千早が居ったんや、って。……ほやから言った。言えたんや。好きや、って」
 もっと大事な話を伝えるために、そこで新は畳に手を付いたと告げた。
「大学は東京行こうと思ってるって事と……もし気が向いたら、一緒にかるたしよっさ。……そう千早に言うたんや、おれは」
 自分にとって「かるた」は人生そのものだから、と新は衒いなく言う。

 「だから『気が向いたら』、なのか。……千早が他の誰かを見てても、嫌だって思わないのか? お前は」
 太一のその問い掛けに、新は頷いた。
「無理に自分の方に振り向けさせたかって、千早は聞かんやろ。そういう所もひっくるめて、千早やって思うんや」
 小学校のかるた大会で、千早は「あれは名人になるやつだから」と、少し前に話した自分の夢を覚えていてくれた。だから新も「じゃあ綾瀬さんはクイーンやの」と答えられたのだ。それはきっと「誰にも負けない」と、かるたに惹かれてくれた千早にだったから。
「どういう関係かって事より……同じ目標を見据えて進んでいける事の方が、おれには大切な事なんや」
 離れていても、同じ物を見る事は出来る。同じものを見ていると信じる事は出来る、と新はきっぱりと言い切った。
「……おれは一度、かるたに背を向けたけど、もう迷わん。きっと一生。おれの言葉を千早がどう解釈したんかは分からん。何て返事してくるんかも分からん。ほやけどそれは、千早が自分で決めた事やろうから、全部そのまま受け入れる」
 欲を言えば、千早が自分と同じ考えを持っていてくれたらいいとは思っているが、と少しだけ頬を赤くして新は話を終えた。

 「は……ははっ、お前って普段無口なのに、ここ一番って時は思い切った事、言うよな。……周防さんに言った事とか、おれに『せ』送ってまた戦いたいとか、……千早に、言った事……とか」
 少しだけ気の抜けたような調子で、太一は言う。
「本音やで、言うただけや。……手紙に高松宮杯の事書いたけど、おれ準優勝やったが? あれ、太一のせいやでの」
 いきなり負けは自分のせいだと言われ、太一の顔に驚きが浮かぶ。
「何でおれのせいだよ」
「太一が、強かったでや。……おれのかるたに深く潜ってきてた。それ引きずったで村尾さんに負けた。ほやから太一のせいや」
「全然おれのせいじゃねえだろ、それ」
 むっとした口調で太一が言うと、新は笑う。
「負けは負けや。おれのせいや。ほやけど、いい試合出来たんは……太一のおかげやから」
 そう言って、新はまっすぐ太一に視線を合わせてきた。

 「いつか、気が向いたら、戻って来ねの。……おれ、待ってるで」
 新の静かな言葉は太一の心にゆっくりと沁みていく。
「正直、今は……分かんねえ。他の九十九枚が見えたとしても、一枚だけは真っ黒なままかも知れねえし。だから約束は出来ない」
 太一も静かに答えて、床から立ち上がった。新も同じに立つ。
「……なあ、新」
「何や?」
「一発、殴らせろ。……千早の心、持ってっちまった分」
 太一が言うと、新は少しムッとした顔を見せた。
「ほやったら、おれも殴らせてや。……千早にキスしたって言うたやろ? 大体、誕生日に大会開いてもらえるとか、羨ましすぎや」
 言い合って、二人同時に吹き出した。
「……まあ、今度でいいよな、それ」
「うん。太一が戻ってきた時で、いいざ」
 その時は気が済むまで喧嘩もしよう、きっと次の日は人に見せられない顔になるだろうが、それもたまには悪くない。玄関先まで一緒に出て、「じゃあな」と短く告げあった後、そのまま二人は別れた。それ以上何も言う必要はなかったから。












written by Hiiro Makishima