Causes/Effects ─Letter ─ 3
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さっきまで読んでいた便箋をめくった時、何かが太一の膝にこぼれ落ちた。懐紙で包んであるその大きさから中身の見当はつく。 (……けど、正直今は札なんか見る気分じゃ、ねえよな……) 包みごと一旦脇に置き、読みかけの手紙に視線を戻した。 『高松宮杯が始まる前、高文連の吉岡先生から話しかけられたんや。 半分は前日の名人戦でインタビューに乱入した事やったけど、 一戦一戦勝ち切る強さを持てば、きっと届く……そう言うてくれたんや』 「……だろうな。人生全部かるたに懸けて、それ自体楽しめる奴だもんな、お前は」 きっとその手紙の残りにも、名人になる意気込みが書かれているのだろう、と太一の心に複雑な感情が錯綜した。医学部を志すという個人的事情もあるが、自分には新のように人生全部かるたに懸けられないという諦念や、そう出来る新への羨望、名人になると言い続けている事への辟易感。読むのをやめようかとも思ったが、ここまで目を通したのだからと太一は思い直して続きを読む。 『けど、もう一つの話の方が、おれにとってはもっと、ずっとずっと大事なことやった。 さっき少し話に出した、佐藤清彦九段。うちのじいちゃんとは二強って呼ばれてたんやけど、 初対戦は高校生の時──ちょうど今のおれらぐらいの年やったそうや。 それから六十年とちょっと、ずっと戦い合って段位上げて、切磋琢磨してきた二人なんや。 名人戦なると佐藤先生が闘志剥き出しで戦って、じいちゃんを退けてた。 ほやで、じいちゃん名人位に就いた時、遅咲きの大輪って呼ばれてたんやけど、 そっからはじいちゃんが一歩も退かんと七連覇した。ほやけど一生親友やった。……そんな二人や。 吉岡先生が、欲を言えばおれにもそういう存在がいたらいいね、って立ち去り際に言ってきた。 これはおれが勝手に思ってるだけやけど、おれにとってのそういう存在は、太一や。 試合して思ったんや。また戦いたい、何度でも戦いたい、って。 どこで取るんでもきっと楽しいやろけど、出来れば浦安の間で戦いたい。そう思ってる』 意外な言葉に太一は便箋に綴られたその文章を二度見する。 (……あいつの事だから、てっきり千早って言うもんだと思ったけど……おれ?! ……あの新が、おれとまた戦いたいって?) にわかには信じられない言葉だけに、手紙の続きが気になった。 『同封した札、実はじいちゃんが愛用してたもんでの。昔、佐藤先生に再戦布告やって差し出した一枚なんやと。 今度は、おれから太一に送る。 あ、大事な物やから、次に試合で会うた時に絶対返してや? ちゃんと揃ってえんと、おれ、じいちゃんに叱られてまうわ』 最後の一文に思わず吹き出した太一は、脇に置いておいた懐紙をそっと開く。随分と使い込まれて角が丸くなっている札が、一枚納められていた。 『われてもすゑにあはむとそおもふ』 「瀬をはやみ、か」 声に出して気が付いた。 (……今、おれ……見え、た?) 千早には「百枚全部真っ黒に見える」と言ったのに、新から送られてきた一枚───永世名人がライバルに宣戦布告したという「せ」の札は今まで通りちゃんと見えている。 (見える、どころじゃねえ。……こんなに使い込まれてるのに、この札……) まるで札が「自分はここだ、早く取ってくれ」と言っているようにさえ思える。 「だけど今は……正直、分からねえ」 新が「せ」を送ってくれた事は確かに嬉しい。それを送るだけの価値を自分に見出してくれた、という事だから。だが自分はすでに瑞沢かるた部を辞めた身だ。しかも千早との一件がある。 「あいつ……新に伝えるのかな。おれに言った事……おれがした事」 千早が自分の告白や、退部絡みの話を新に伝えた時、新はどう反応するのか太一には何とも言えない。 「……おれから話す方が、いいのか? 新に……」 新が千早に告白しただろう事は分かっている。それは高松宮杯で尋ねる以前に、千早の様子で気付けていた事だ。だが新が何と言ったのか、それは未だに分からない。 「そんな事、新に聞いてどうすんだ……当の千早がもう、答え出しちまってんのに」 何故自分は今更「新が何と告白したのか」知りたいと思うのだろうか。太一は自問する。 (……千早から『ごめん』って言われる前だったら、理由はシンプルなんだ。新が告白した以上の事、千早の心に居る新って存在を小さく出来る事を言うためだ) 聞いた所で覆らない筈の事を、何故わざわざ知りたがるのか。 「……もしかして、おれが納得したいから、なのか?」 そんな事を言ったのなら自分の告白が通らないのは無理もない、と自分が胸落ちできる言葉を聞きたいのだろうか、という気がした。太一は壁に貼ってあるカレンダーにちらりと視線をやる。 (日曜って、練習あるんだっけか……? いや、どっちでもいいよな) 太一はさっき手紙からこぼれ落ちた「せ」の札を元通り懐紙に包み直し、スマートフォンを起動させた。 |