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ものうらみ 3



 新はその後、南雲会に挨拶に出向いた際に居合わせた村尾に、由宇との話やその後自分なりに考えた事を相談してみた、と言葉を継いだ。
「ほしたら『気持ちに気付かんまま通り過ぎてまう事は誰にでもある。……それを知った上で新が出した結論なんやで、ほんでいいが』って。そう、言うてくれての」
 ただ実際、村尾自身も驚いたとは言っていた。かるたの事以外の相談を新から持ちかけられるとは思っていなかった、と。
「……新も大人になってきたんやな、って笑われつんたけどの」
 少し話が長くなった、と新は一度言葉を切り、話の間にぬるくなってしまったお茶を一口啜った。

 「さっきの共有してる時間の話やけどさ。確かに『今の時点では』おんなじ地元で育った由宇との共通体験のが多いけど、『これから』千早と共有していく時間次第で変わる事やろ?」
 例えば自分達二人がこの先ずっと同じ時間を共有し、現在の親の年齢になった時に過去を振り返れば、千早と共有してきた時間の方が長くなる。
「ほんな事より、おれと千早の夢とか気持ちが同じ方向いてる事の方が、ずっと大事やって思うんや」
 過去に誰かと共有した時間に入り込めないという思いは新自身も同じ事を以前思っていた。自分の転入前、千早には太一と共有していた時間がある。その後福井に帰ってからも、瑞沢高校で頑張ってきた千早達の時間に新は絶対に入る事は出来ない。大会で時たま顔を合わせはしたが、それはそれだけの事でしかない。

 湯飲みをテーブルに戻し、新は話を再開させた。
「……おれな、昔はずっと千早は太一のもんやって思ってたんや。ほやで千早の誕生日に出したメールとか、大会見に行った時のお土産とか、ほとんど太一宛てにしてたんや。……おれなりに筋を通してるつもりやったんやけどの」
 その気持ちが変わってきたのは千早と太一が吉野会大会で決勝を戦った時だった。二人の戦いを見ているうちに新の中に今までなかった感情がわき上がってきたのを良く覚えている。
「ただ、そん時は千早への気持ちってはっきり自覚出来てえんかって、大会の後太一に『千早は別に誰のでもないよな』って言うてもたりした。……自分でも何であんな喧嘩売るような事言うたんか、よう分からんかった。ほんな気持ち引きずったまま西日本予選出てもたで、いつもの取りなんか出来てえんかったわの」

 村尾との決勝の最中もその事が頭にあり、自分は太一をかるたで見下していたのではと思って酷いショックを受けた、と新は率直に語った。
「原田先生に負けた決定戦の後、千早と話してやっと分かったんや。共有してた過去の時間の長さ関係なしに、千早の存在はずっとおれの中にあったんやって。……もちろんその前も大事な友達やって思ってたけど、おれの中にあったのは、友達とか恋人とか、そういう括り方が出来ん……千早そのもの、やったんや」
 新は千早に好きだと告げた時と同じすっきりとした笑みを浮かべた。

 「さっき千早さ、自分は女らしないって言うたけど、家庭的とかそういうのって、一つの尺度でしかないんでないかな。おれから見たら十二分に魅力的や。人として……女としてもの。ほやで……まあ、その……したくなったり、するんやし」
 何もそういう部分だけが「女性的魅力」と言いたい訳ではないのだが。照れ臭くて新はずれてもいない眼鏡を指先で直す。
「……ほやけど、長所も短所も全部引っくるめて『千早』やって思ってるでかな、人から千早のどこが好きなんやって聞かれると、正直答えにくい。他の人は優しいとこが好きやとか何とか、ピンポイントで答えれるんかも知れんけど」
 新は「千早が千早だから」好きになったという自覚がある。無論一つ一つの要素を挙げていく事は出来るが、最後に行き着く結論はいつも同じだった。
「何やかんやって偉そうな事言うてるけど、おれにかってやっぱ、千早はおれなんかで良かったんか、って思う時はあるんやよ?」
 何か言いかけた千早を手で制して、新は言葉を続けた。

 「おれはかるたが好きやし、それは胸張って言える。……ほやけど、それ以外の事はおれ、何か大して目立つもんがある訳でない。勉強では太一に敵わんし、走るのなんか由宇より遅かったぐらいや」
 競技かるたに関してだけは、過去の実績もある話だから新が情熱を傾けているのは自他共に認める事実だ。
「そのかるたにしたかって、高校選手権ん時に自分のチーム持ってる千早と太一が羨ましかったんやって自覚するまで、名人になるためのかるた……もっと言えば自分が強くなる事しか考えてえんかるたしか、おれ取ってえんかった。……中学にも部はあったんやけど、入部する気なかったわ」
 祖父の介護があったのも理由の一つだが、当時の新は部活動で和気藹々と取るかるたに意義を見出せなかった。祖父から直々に手ほどきを受けて小学校時代は全国大会で連覇を為したし、強くなりたいなら南雲会で練習すればいいと思っていた新は、中学でかるた部に入って欲しいと言われた話も一蹴して、積極的に関わろうとはしてこなかった。
「おれの目標は名人やし、部活で取ったかって得る物なんもないとかの。……傲慢やな」
 新は小さく溜め息を漏らした。卑下している訳ではなく、冷静に自分を見つめるとそう思うという新なりの率直な考えだった。

 「……小学校ん時もそうやったかもの。覚えてるか、百人一首暗記できたらシールもらえたやつ。あん時百首覚えてたの太一だけやったやろ? そん時先生が、おれが前の日に百首一気に暗唱した、って言うたが。……ほやでその後太一がおれに絡んできた時も、天狗の鼻折られた負け惜しみや、って自分に言い聞かせてた。……おれはかるたで名人になるんやで、ほんなしょうもない事一々相手にせんでいいんや、っての」
 自分の言葉をノートに取っていたクラスメイトに「笑うためにメモ取ってる人と話したくないなあ」と千早が鮮やかに言ってのけたのは確かその日の朝だった。
「あの言葉、おれ凄く嬉しかったのに話し掛けられんくて。帰りしな太一がおれと千早を水溜まりんとこでコケさせて服濡れてえんかったら、多分おれはずっと、話し掛けたいけど勇気が持てんままやったやろ」
 そういう自分のどこに千早が好きになってくれる要素があったのか新自身ずっと疑問ではあった。
「おれはそういう、欠点だらけの人間や。人の気持ちにも疎いとこあるし。……ほやで千早がおれの告白受けてくれたのは、勿論凄く嬉しいし、千早を離すつもりも全然ないけど、不安に思う瞬間はやっぱある」
 新は静かな口調で話を終える。

 「私ね、新にそう言ってもらっても、やっぱり手放しで安心は出来ないかも知れない。……それは新の事を信じてないからじゃなくて、私がまだ、新ほど客観的に自分を分かってないから」
 千早も静かに口を開いた。
「でね、今話聞いてる間に思った事とか……上手くまとまってないけど、聞いてくれる?」
「いいざ、もちろん」
 新は居住まいを正した。






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written by Hiiro Makishima