Causes/Effects 7
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「新の名前が出た時、私……考えたんだ。新は何でああ言ったのかって。あの言葉の意味はって。それが分かった時、私は太一に言った。……ごめんって」 その後の太一は学校や部活では笑顔を見せていたが、千早の目にはどうしても作り笑いにしか見えず、そんな太一を直視できなかった。また太一もその視野に千早を入れていなかった。 「しばらくして、放課後に新入生勧誘の部活紹介があって。……その日、もうすぐうちの番って時に、聞かされた。太一が退部届を出したって。受験勉強に専念したいからって。それは確かに、成績落ちたら退部しろって前々から言われてた事だけど」 『……ほうなんか』 新の声が少し詰まったのが分かった。それでも話は続けないと、と千早は思い直して口を開く。 「今年は女の子三人で袴着てやろうって話で。太一も、その原稿みんなと作ってたのに」 『立つ鳥跡を濁さず、やったんやろうな』 今度は静かな声が届く。メールにあった批判しないという事を、新は貫いてくれているのだろう。 「一番手の私が部の紹介してる間に、それまで一年生の後ろで見てた太一が歩いて出てった。それ見えて……私、追い掛けたんだ。ここまで一緒にずっと、頑張ってきた仲間だったから」 その続きを話すのは、やはり怖い。けれど逃げてはダメだ、と千早は携帯を持っていない方の手を握りしめて言葉を継いだ。 ◇ ◇ ◇ 『私……退部なんていやだ、やめちゃいやだ……そう太一に言っちゃったんだ……無神経に。考えなしに。昔、学校で新聞配達の事言って、新にも辛い思いさせてたのに、私……忘れてた』 「おれは気にしてえんざ」 あの日、その事があって、太一に揃って水溜まりに突き飛ばされてずぶ濡れになった。それがあったから、千早とかるたが取れた。 「禍福はあざなえる縄のごとし、って言うやろ? ほやからほんとに気にしてえん」 『……ありがとう。話、戻す。……そうやって引き留めた時、太一は……私に本気で怒った。……お前はおれが、石で出来てるとでも思ってんのか、そう言って……キスしてきた』 覚悟はしていても、その単語に新の胸はズキンと痛んだ。 (……源平戦大会の賞品はキスや、って千早が言って。千早と同点首位なら太一かって期待するやろ。どっちからどっちにキスしたかって、太一には同じ事やから。……けどその千早に告白断られて。……千早のために頑張ってきたっていう気持ちが無駄やった、そう思わされた所に、それでも部には残れって言われれば……) 自分も太一と同じ男で、同じ相手を好きだから分かる。本気で思っていた分、太一の傷は深い。それを更に抉られれば、自分が太一でも同じ事を言ったかも知れない。 (ああ……ほやで昔の話、出したんか) 思った事をそのまま口にしてしまう、その事は当時も千早が慌てて言いつのって謝ってきた。 『それから、言ったの。……かるた、出来ねえよ。今、百枚全部……真っ黒に見えんだよ、って。そう言って歩いてった』 メールの言葉と言葉の間にあったのは、それで全部だと千早は細い溜め息を吐きながら伝えてきた。 「百枚全部真っ黒、か。……おれも経験あるわ」 『新も?』 太一が昔の事を千早に懺悔したなら、自分も言うべきだと思った。だからまず、祖父が死んだ後は札だけではなく、見ている物全てが灰色だったと簡潔に告げる。 「……吉野会大会の決勝、千早と太一やったやろ。あれ見てる時思ったんや。なんで千早と戦ってんのがおれでないんや、って。……ほやでかな。試合の後太一に言ったんや。千早は別に、誰のでもないよな……っての」 新は福井で再会して以来、千早は太一のものだと思っていた事を正直に話した。だからメールも観戦時の土産も太一を経由させてきた。それが変わったのは吉野会大会の決勝戦が、あまりにも凄くて、それなのに二人が楽しそうな目でかるたを取っていたからだ。 「そう思った事とか、太一に言った事。……なんでや、って考えて何日も落ち着かんかった。西日本予選も、そんな気持ちのまま出た。……決勝残った時な、うちの栗山会長が東の経過メモったの見たんや。準決勝のカード」 『うん』 千早はごく短い相槌だけ返して、聞く姿勢を保ってくれていた。 「……メモに、太一の名前はなかった。負けたんやって思った時、おれは……ホッとしたんや。何でか分からんけど、ホッとした。自分なりに理由が分かったのは、決勝戦の最中やった」 それを話すのはやはり勇気が要る。けれど逃げてはいけない、その思いは決勝の時よりも強い。あの時そうしたように、新は拳で胸を叩いてから、話を続けた。 「試合する時はいつも帰る、あの部屋。決勝の時も、おれはそうした。ほやけど頭に浮かんだ風景は、いつもと違ってたんや。それまではいつも、最後に千早とかるたした日……太一が札読みしてくれて、おれと千早が取った、あの景色やったのに、決勝戦で浮かんだのは、おれが札読みして、千早と太一が取っとった。吉野会大会で見た、そのままに」 『……』 千早はただ聞いてくれている。 「その時思った。『邪魔や』って。その場所はおれのやのに、何で太一がそこに居るんや……そう、思った。それで気が付いたんや。おれは太一を見下してた。……そう自分が思ってたって気が付いた時、音が遠くなって、昔三人でやった源平戦の記憶も、札も……全部、全部真っ黒にしか見えんくなった」 『聞いていいかな。……今も、そうなの?』 遠慮がちに尋ねてきたのは、思ったままを口にして人を傷つけたくないからだろうか、と新はふと考えたが、すぐに思い直した。全て話すと決めたのだから、千早がどう聞いてくるかは問題にならないと。 「いや。なんも見えんくなってたおれを、村尾さん試合中やのに横っ面叩いて『戻ってこい』って言うてくれて。それで札は普通に……て言うか、光ってるように見えたんや。今まで見てきたどんな札より、ずっとずっと綺麗やった」 『良かった……』 千早がほっとした声で告げてきた。太一を見下していたという、新の中で一番苦かった部分を全部言えたためか、肩がふっと軽くなったような気がする。ようやく普段通りの声で続きを口にした。 「……ほんで……いや、これ言うと千早笑うかもやけど、まあ折角やし全部言うわ。うちの隣にな、由宇……芦野由宇って幼馴染み居るんや。ここらは近所付き合い濃いで、家族みたいなもんやの」 由宇やその家族は新と両親が東京に引っ越していた間も、一人福井に残った祖父を何かと気に掛けてくれていた。 『名前は今初めて聞いたけど、一度……会ってる。新がかるた止めてた理由、教えてくれた』 少しおずおずと、千早が言う。それで新も見当がついた。蹴った札を返しに行った時に由宇は話したのだろう。 「面識あるんなら話しやすい、おれも。……予選の日の朝、差し入れやって言って持ってきたんが、カツオブシ入りのカツサンドやったんや。それも、でっかい皿にようけ並べて。由宇が作ったってバレバレやのに、おばちゃんからやとか言うて」 『……カツオブシ? そういうの、あるんだ?』 「まさか。あいつが妙なもん考えついただけや。福井の郷土料理にかって、そこまで変わったもんは流石にないざ。沢庵炊くのはあるけどの」 とは言え沢庵煮を作る時の、あの匂いだけは今でも苦手ではあるのだが。新が苦笑混じりにそう話すと、ようやく千早も小さく笑ってくれた。 「まあそれ食って予選行ったんやけど、何が悪かったんか、朝からずっと腹壊してたんや、おれ」 『え、大丈夫だったの?』 体調不良と聞いて、千早が気を揉んでいる。試合の過酷さを思えば驚くのも無理はないだろう。 「まあ、一応はの。……ただ、さっき村尾さんの話したやろ? あれで札が見えるようんなったと思ったら、腹下しまで復活してもて。……おれ試合中にトイレ行ってもた。それも名人戦予選の決勝やのに」 『え? えっ? ……ええーっ?!』 千早が目をむいている顔が見えるようで、新は小さく吹き出した。 「まあ、驚くやろうの。おれかってトイレん中で、有り得んって思ったし。ほやけど、前の日由宇が言ってきてたんや。学校でかるた部作ったら入ったげてもいいよ、って。おれその話聞いた時、『そのちっぽけなご褒美』って、偉そうに言うてもたの思い出した。……思い上がってる自分が、恥ずかしかった」 しばらく待ってから、新は再び話し出す。 「顔から火ぃ出たし、十一枚差付いてたけど……思った。……逃げたらあかんって。この試合は手放したらあかん、そんな気した」 減った空札も決まり字の変化も分からないままだが、諦めてはいけない。みっともない自分を人に見せる事にはずっと抵抗があった。それでも絶対に逃げてはいけないと、席に戻ってからも自分に言い聞かせていた。その時運良く自陣の一字が出て自然に身体が動いた事で、気持ちも少し軽くなれた。 「けど、周防さんが予選見に来てて、一回戦始まる前に間下会長に話してたんや。前に一字決まり二十八枚って言うたけど、数え直したら二十七枚やった、って。名人でもあんなんやから、おれは無様晒したかっていい。そう思って取ってた」 『二十七……? あれ? 一字で聞けてないのって、どの札だろ』 「……なんか、気になる事あるんか?」 その問いに決定戦前、原田の練習相手になるため名人の配置と、どの札が周防にとっての一字決まりかを彼になり切って取れるよう朗詠CDを繰り返し聞いた。二十八枚を一字で判別出来るなら、自分も同じ枚数を一字で聞き分けようと。そう千早が答えてきて、新はただ驚くしか出来なかった。それは彼女が周防より一枚多く、一字で取れるという事だから。 |