Causes/Effects 8
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話が少し戻るけど、と電話口で新が言ってきて、千早も表情を戻す。 『由宇の話ちょっとしたけど……太一からあのメール来て、混乱したまんま練習行った帰りに呼び止められたんや』 さすがに生まれた時からの付き合いだから、自分が何か悩んでいたりすると一番早く見抜いてくる、と新は言う。その言葉に千早の口の中に苦い物が広がる。同じように昔からの付き合いがあるのに、自分は太一の変化にあまりにも疎かったから。 「……うん」 それでも今は大事な話の最中だ。軽く頭を振って、千早は再び話題に集中した。 『そういう時大抵そうなんやけど、話すまで解放してくれん奴や。ほやけどメールの事は答えれんくて。幼馴染みやったかって、由宇は女やから、言うていいんか全然分からんかった』 散々逡巡したあげく、メールそのものを由宇に見せた、と新は告げてきた。 『最初に言うたのは、あいつやった。何かメールに違和感あるって』 「……違和感?」 『うん。おれな、最初メール見た時、千早は太一の告白にうんって言ったんやって思った。両想いになったで、キスしたんやろうなって』 それが新自身の価値観でもある、という言葉が続いた。 『ほしたら由宇は、直球で切り込んできたんや。……おれの女に手ぇ出すなってメールなんか、って。ほやけど、もしその意味で送ってきたんなら、私やったら誤解の余地がないように、もっとはっきり書く。……そう言うた』 二人が交際を始めて、新の存在が邪魔なら、割り込むな、手を出すな、そう書いてくるのではないか、という話だった。 『で、言われたんや。凹むのは事実確認してからでもいいんでないんか、って。太一のメールに書いてない事を聞いてからでもいいやろって』 電話の向こうで新が、物事の「原因と結果」その間には必ず「そうなった経緯」があるが、太一のメールには「経緯」の部分が何も記されていない。それが違和感の正体だと言われた、と話している。 「……それが、言葉と言葉の間にあった事、なんだね」 『ほや。……おれ自身の言葉でなくて、ごめんな。ほやけど、それ以外は全部おれが自分で思った事や』 それを聞いて千早も改めて決心した。今が言うべき時だと。 ◇ ◇ ◇ 『決定戦の後、言ってくれた言葉。……私は、一緒に生きていこうって意味だって、思った』 耳に飛び込んできた、千早のその言葉が新の胸を締め付けた。口の中がからからになったまま、新はようやく言葉を絞り出した。 「……うん、その……通りや」 千早は言外に込めた意味を、分かってくれていた。それが嬉しかった。だからそれへの返事が自分の望まない物であったとしても、気にしない、気にならないと自然に思えた。千早が受話器の向こうで呼吸を整えているのが鼓膜に届く。 『新、私で……いいの? かるたが大好きなのは胸張って言えるけど、私……それ以外は全然ダメだし、すぐ泣くし、思ってる事ズケズケ言ってばっかりなのに』 「うん」 即答は出来たが、自分でいいのかと千早が迷う気持ちと同じものは新の中にもあった。 「千早こそ、おれでいいんか? おれかって、かるたの他はどこも大した事ない男やよ?」 『うん。……一緒に、いたい。新と。……す、きだよ』 つっかえながら言われた、好きという一言に胸が締め付けられる。耳が熱くなっているのが自分でも分かった。 「……ありがとう」 新の「ありがとう」が千早の胸をじわりと温めてくれる。その時新がふと言葉を継いできた。 『おれから話すか? ……太一に』 そう言えば電話の最後に告げてきた事を、新に言い忘れていた、と千早は思い出した。 「えっと、ごめん。メール転送するよって話の時、最後に太一にも言ったんだ。新が失望してなければ、受けるって。それ話した時、一つだけ頼みがあるって、太一が言ってきた」 『どんな事?』 「受けるって決めた以上、おれに気を遣うな」 そうか、と新が呟いている。 『優しいな、あいつ。……って、メール転送したって今、て言うかさっき言(ゆ)った?』 「言ったけど」 『……おれが書いた事も読んだって事やなあ。……照れくさ……』 ぼやくような口調に、千早はつい笑ってしまった。 「まるでプロポーズじゃんか、って言われたよ。新は案外ここ一番で思い切った事言うよなって。……高松宮杯の時、柱に隠れてたくせに……だって」 『プロポーズか。……そうなんかもの。かるたは一生続けるし』 意外にさらっと新は答えてくる。 「堂々としとこうって思ってるんや。……どうせメールは読まれつんたし」 気を遣うな、それが太一の思い遣りなら、素直に受け取ろうと新は決めた。礼など言ったら、それは太一への侮辱だ。 『うん。だから私も言わなかった』 千早の答えに、それでいいと思うと新は言葉を返した。 「太一も、いつかきっと戻ってくる。……友達やから、おれはそう信じる」 あれだけ迷っていた、これから先太一とどう接するか。その答えも既に新の中にあったと気付いた。 『そうだね。……実は、新からメール来る前ずっと悩んでた。……まだ太一にも謝れてない、部のみんなにも退部は自分のせいだって言えてない、新にもどう説明していいのか分からなかった』 「六年分積み重なっての事やし、しょうがないんかもの。……冷たい言い方やけど、その時間は他の人には簡単に分からん事やろうから。……どこまで話せばいいんかも分からんし」 千早は自分も同じように思った、と返してきた。 『だけど、実際自分のせいなんだけど、そうやって私のせいでって考えてるのも、自分可愛さなんじゃないかって』 「……自己憐憫? おれあんまり好きでない考え方やけど」 千早がそう考え続けているとしたら、少し残念な気はした。だが電話口の千早の口調には、自分を哀れむような響きはない。 『他の事なら私もそうは考えないけどさ。酷い事言ったのは事実だし、だから私には、新の告白受ける資格なんかないんじゃないか、って思った。……そのくせ、そんな事考える自分も嫌で、動けなかった』 それはそれで無理もないと新は思う。確かに千早自身が言う通り、時折何の気なしに彼女が口にした言葉が突き刺さる事もあったが、素直な気性から来るものだというのも分かっていた。それだけに落ち込みもきついのだろう。 『だけど新は……取り消さない、そんな気もない、そう書いて……ううん、言ってくれた。あれで私、決めたんだ。三人とも同じだけ、この話は知るべきなんだって。ここで逃げたら、誰とも畳の上で向き合えなくなる、そう思ったの。だから太一にもそのまま転送した。それで太一がどう感じるか、どうするかは太一自身が決める事だけど』 由宇が告げてきたのと同じ言葉を、千早が口にした。 「実はおれも、太一に関してはちょっと迷ってた。千早から話聞かん事には決めようがないって。ほやけど、友達やで信じるってさっき言ったが? ……それが、おれの答えや」 新が出した答えに、千早は安堵の息を吐く。その時不意に、新の語調が変わった。 『ところで、おれな? 割とどうでもいい疑問があるんや。よう耳にしたのが、瑞沢の人やったで聞くんやけど』 「……どんな?」 かるたの話なら「どうでもいい疑問」などと新が言うとは思えない。だから逆に意味が掴めなかった。 『何でみんな、おれの事だけ綿谷新、って一々フルネームで呼ぶんかなあ、って。別に誰とも苗字被ってえんのに』 「え? か、考えた事、なかった……ごめん」 自分が普段「新」と呼び捨てにしているからか、意識した事がなかった。部内で新をそう呼ぶのは肉まんくんと机くんが多いが、言われてみれば他校のA級選手もどういう訳か新だけフルネームで呼んでいた。祖父との呼び分けなら「綿谷先生」や「永世名人」で通じているのに。見知った範囲では例外的に詩暢が呼び捨てにしているぐらいだろうか。 「けど、うちの部でも女の子は綿谷さん、って言ってるよ? 私や太一はずっと新、って呼んでるけど」 千早がそう答えると、何故か新は電話の向こうで軽い笑い声を上げてきた。 『その呼び捨て。福井でも南雲会の人とかが新くん、って呼んでるで、そのまま周りも新って言うてるけどの。……昔、そう呼べって言った事あったが? 東京に雪降った時』 「うん、覚えてるよ? 雪の上に一緒に転がったまま言ってたよね」 ほやの、と短い答えが返ってきた後、一拍置いて新が言葉を継いできた。 『おれが自分から新って呼べ、って言うたのは、あの一度っきり……千早にだけや』 |