FX情報の口コミ

Causes/Effects 4



 自分の部屋に戻った新は、壁の方を向いて正座になる。その方が、自分の心の中だけを見つめやすいと思ったからだ。
「由宇はああ言ってたけど、人はどっか、何かしら変わっていくもんや。……おれ自身そうや」
 かるたが好きで、名人になりたいという思いは変わらないが、高校にチームを作りたいと思うようになったり、太一と何度でも戦ってみたいと思ったり、同じでありながら刻々変化してきた。
(千早の事もそうや。知り合うた時から好きやったけど、好きの意味は昔のまんまではない。……て言うか、意味がはっきりしたって事なんやろうな)
『新。私達にとって原田先生は、どこまで行っても先生なんだよ』
 耳元で囁かれたあの一言。千早の方から初めて「勝つために」告げられた言葉だった。それがあったからこそ、三試合目終盤を千早ならどうしたか、聞きたくなった。

 新のその問いに迷わず答えた千早の顔を見て思った。友達としての付き合い方はともかく、かるたに関しては一日の長がある分、新が短くアドバイスする事が多かったが、今はこうして対等な目線でかるたを語っている。それでいて初めて自分の夢を話した時そのままの千早が居る事が、こんなに嬉しい事だったのかと。
(だから言えたんや。かるたを一緒にやろうって。おんなじ目線で、お互いのかるたの事を言い合いながら、戦いながら、生涯高め合っていきたい一番の相手やって……。そう、思えたんや)
「ははっ……なあんや。……千早の事やったら、おれとっくに答え出てたんやな」
 自分が名人を目指すのと同じに、千早はクイーンになろうと頑張っている。だからきっとかるたがある限り、千早と自分の人生はどこかで重なる。それがどういう形であっても、向かう先はきっと同じだ。そこまで考えた時、「かるたがあるからまた会える」と六年も前に千早が口にしていたと思い出して、新の顔には苦笑が浮かぶ。立ち上がって携帯を手にすると、一、二度深呼吸をしてから文章を打ち込んでいった。

 「ほやけど……太一とどう向き合うか、おれはまだ決められん……。何があって、何でそうなったんか。何を思って、おれにメールしてきたんか……。それ分からん事には決めようがない」
 入力し終えたばかりのメールにもう一度視線を落とす。正直に言えば、このメールを送る事が怖い。その返事次第で、宝物にしてきたあの時間が完全に過去の物になってしまうかも知れないから。
「ダメや。ほっから逃げたら、二人の事追い返した時のおれと同じや。……目ぇ瞑ったかって、耳塞いだかって起きた事をなかった事には出来ん。ほやからおれは……逃げん」
 祖父の死を境にかるたをやめた事すら二人に話せなかった、臆病な自分には戻りたくない。
(同情されとなかった、それも本音やけど……きっと、おれは……名人になるっていう夢から背を向けた事を、責められるのが嫌やったんや。自分がかるたやろうって言うといて、勝手にやめるのはどういう事や、って……)
 二人の頑張る姿が復帰する勇気をくれた。だから何があろうと目を背けない。心を定めた新は静かに「送信」ボタンを押した。

 ◇ ◇ ◇ 

 「そんな事が、あったのか。昔の事正直に話すって、勇気要ったろうな」
 太一の話を聞き終えた駒野がぽつりと言った。奏にほのかな思いを寄せるようになって以来、太一の内面にも気付ける事が増えてきた。だから太一が昔の事も含め千早に告白した事にはあまり驚かなかった。
「その後の事は……まあ確かにそれは綾瀬が酷すぎるけど、そのメールで綿谷新から綾瀬を引き離せたとして、それで綾瀬が真島のものになるのかな」
「……」
 黙ったままの太一に気付かない風で駒野は言う。
「綾瀬は凄いかるたバカだ。その綾瀬にかるたを教えた綿谷も、きっと同じくらいかるたバカなんだろう。目指すものが同じな人間は、どうしたって同じ物を見る。見るなって言ったって、見えてしまうんだ」
 独り言のように呟かれた駒野の言葉は太一の心に突き刺さる。それから駒野は顔を上げて言葉を継いできた。

 「僕は真島を仲間だと思ってる。だからきつい事言わせてもらうけど、さっき話してた小学校の時の話。綿谷新が真島に対して許せなかったのは……眼鏡の事だけ指したんじゃないかも、ってちょっと思った」
「……って、何だよ」
 駒野は自分自身も眼鏡を手放せないから、綿谷がその事でも怒ったのも分かるんだけど、と言ってから先を続ける。
「僕が初めて部室に連れてかれた時、裏返しで取り切った真島なら分かる筈だ。……その後友達になったから、水に流した事なんだろうけど、本当に許せなかったのは眼鏡も含めて、真島が、かるたを冒涜した事……だと思うよ」
「……!」
 新に『卑怯』と言われたのもショックな事だったが、駒野が口にした『冒涜』。生まれて初めて人から言われたそれに太一は衝撃を受けた。眼鏡を返した後「太一の気持ちもちょっと分かる」と言った新とも友達になり、新も蒸し返さなかったから、今までずっとあの一言は眼鏡の事だと思ってきた。
(けど確かに、その通りだ。もしあの裏返しかるたの時、こっそり場所変えられてたら……おれだって取れなかったろうし、そんな事する相手は許せねえってきっと思う。……自分が人生懸けてるものなら、尚更だ……)
 あの時太一は暗記した札を「表にして」頭の中に並べ、その記憶で決まり字がどう変わったか、他の札がどう寄せられたのか、自分がどう札移動させたのかを把握して取っていた。それは六年前の新が眼鏡なしで取った時と同じだ。むしろ知らないうちに札が動いていた分、六年前の新が置かれた状況の方がもっと不利だった筈だ。

 「おれがズルしてるって先生に言おうと思えば、言えた筈なんだ。言えば、あんな下らねえ勝負だってそこで終わりに出来たのに」
「きっと……かるただったから」
 その短い一言に全てが集約されている。大切にしている「かるただから」こそ、不正な手段に対して、ルールに則った上で最後まで取り切ろうと思ったに違いない。だから試合前、ごちゃごちゃと言って寄越す太一を、新はあんな厳しい目で睨み付けたのだ。
(おれを本気で許せなかったから。勝負だ、って言っておいて、まともに戦うチャンスさえ潰しておいて、負けた時の言い訳用かなんて、よくそんな事が言えるもんだな……って)
 自分だってトップに立つため見えない所で努力していたのに、他人もそうしてきたのかも、と全く考えていなかった。太一の唇が歪む。

 『───我々選手一同は、かるた道精神に則り正々堂々と戦う事を誓います』
 使い古されたような文言だが、それに懸ける者にとっては重い言葉だ。百枚全てが真っ黒に見えている今ですらそれは理解できる。
(……真っ黒に見えて当然なんだ。おれにとって、かるたの出発点は……千早だったから)
 新への対抗意識も、突き詰めれば「千早の目を惹いたから」だ。太一の口から震える溜め息がこぼれ落ちる。
「僕、真島の仲間思いな所や、どんなに辛い努力さえ人に見せない、言い訳をしない、そういう面を尊敬してる。……尊敬出来る真島のままで居て欲しいって、思ってるよ。……でもそれを強制する権利は、誰にもない。綾瀬にも同じ事が言えるけど」
 そろそろ帰るよ、と駒野は腰を上げる。太一も一緒に外まで出たが、立ち去るまで駒野の顔は直視できないままだった。








Next



written by Hiiro Makishima