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Causes/Effects 3



 千早が好きだとどちらも告白した今は、三人の関係が変わる事は避けられない。そう思う新の脳裏に、珍しく東京で雪が積もった日の記憶が浮かんだ。
(……もう、あの頃には戻られんのやな……三人とも)
 まだ百首を覚えきっていなかった千早に出題しながら雪玉を投げ、千早が誤答すると太一と二人がかりでさらに雪玉をぶつけた。あんな楽しい百首暗唱はきっともう二度と出来ない、そう思うと少し寂しくもある。

 あの日「綿谷くん」から「新」に呼び名が変わった。自分からそう呼べと言ったのは後にも先にもあれ一度きりだ。
 家族のように育った由宇は元から「新」と呼んでくるが、他の者は南雲会などで周りが「新くん」と呼ぶから自分もそう呼ぶようになった、という程度だ。
(それはきっと……千早やったからや)
 メモなど取らない、と新の気持ちを楽にしてくれ、その日一度取っただけなのに「誰にも負けない」と新のかるたを分かってくれた。そんな千早だから名前で呼んで欲しいと思ったのだ。

 そっと由宇の顔を覗き見る。さっき「由宇と自分はそう簡単に変わる間柄ではない」と言ったが、本当にそうなのだろうか。東京から帰ってきた時の、ぎこちない距離感は福井を離れる前にはなかったものだ。
(おれと由宇も、やっぱり変わってく。……家族同然なんは昔のまんまやけど、きっとどっか違う)
「……どしたんやし、新」
 訝しまれて新は由宇の顔から視線を外した。が、思い直して目線を上げる。
「いや、頭ん中ちょっと整理してた」

 自分がどうするか、どうしたいか。それを明確にしなければ、東京で何があったかを聞いても、さっきのように心が揺れるだけだ。
「尋ねるのも、おれの中に千早や太一とどう向き合うかっちゅうイメージが描けてえんと、聞き方からして違ってまう」
「イメージ、か。……あんたらしい言葉や」
 新はようやく小さな笑みを返せた。
「話聞いてくれて、ほんとにありがとう。違う視点からの意見って、大事なもんなんやの」
 由宇がああ言ってくれなければ、自分はきっと最初読んだ時のまま一歩も動けなかっただろう。
「今頃気付いたんかし。……さて、ほんなら私そろそろ家戻るで、回覧板ちゃんと読んどきねや?」
 新が少しは元気を取り戻したからだろう、由宇はいつも通りの少しお節介な口調に戻って立ち上がる。新も一緒に立って玄関まで行き、おやすみを言って扉を静かに閉めた。

 ◇ ◇ ◇ 

 「太一、お友達が見えたわよ。一緒に勉強する約束してたそうじゃない。ちゃんとお出迎えなさい」
 ドアをノックして顔を出した母の言葉に、太一はベッドから跳ね起きた。
「え、あ、うん」
 誰とも約束などしていないが、それを言えば母がまた煩く騒ぐ。玄関に行けば誰が来たかは分かるのだから、と太一は適当に言葉を濁して階下へ向かった。
「……え?」
 玄関先に佇んでいたのは、つい数日前まで仲間だった駒野だった。手に参考書を持っているのは、太一の母がかるた部にいい感情を持っていない事を知っているからだろう。
「あ、まあとにかく上がれよ」
 何の用事かは分からないが、太一は駒野が使ったらしい口実通り、彼を部屋へ通した。

 「……で?」
 何の用だ、と聞くまでもない。ただ今の気分では詰問調になってしまうだろうからと、太一はそれだけを口にした。
「二人の間に何かあったらしいのは、僕にも分かる。だから聞かないよ。聞いて欲しいのは僕自身の事なんだ。……僕、かるた部に入るまで、周りのみんなを見下してた。バカばっかりって」
 てっきり退部絡みで千早との間に何があったのか聞きにきたものと思っていた太一は目を瞠る。
「ずっとさ、そんなバカばっかりなクラスの平均点を僕が上げてやってるんだ、なんて考えて机にかじりついてたよ」
 そう告げる駒野の姿には、力みや気負いが全く感じられない。
「……初めて東京予選に出た時。僕、一試合抜けたじゃんか。……誰でもよかったんだ、って綾瀬に当たり散らして。あの後、かなちゃんに諭されたんだ」
「大江さんに?」
 駒野は静かに頷く。一度は逃げだそうとした自分に「逃がしませんよ」と言い、着崩れを直しながら、奏が言ってきた言葉を駒野は静かに口にした。太一たちの足の甲にある硬いタコ。それは三人がかるたに懸けて努力してきた時間の証で、まだ自分には追い越せないものだ。それが分かったから、素直に謝る事ができた。

 「今は僕の足にも同じものがある。だから努力してきた事だけは胸を張って言えるんだ。……たとえ、かなちゃんに振られても、その時間はきっと無駄にはならないって、僕は思ってる。そう思わせてくれるようになった原点は、入部の時に真島が僕の机を放り投げて言った、あの言葉だ」
 あの時、太一の背中はとても大きく見えた、と駒野は話を終えた。
『かるたの才能なんて、おれだって持ってねえ。負けるけどやってんだ。きついけどやってんだ。だって勝てた時、どんだけ嬉しいか……!』
 他人に本音を見せたがらない太一が、初めて剥き出しにした本音。千早にさえ言わなかったそれを、何故駒野にだけは言えたのか太一は考える。
(……似てるのか。いや、似てたのか。おれと……)
 今の駒野は全く違うが、「誰でも良かったんだ」と一度は逃げだそうとした、それは「青春全部懸けたって新より強くなれない」と斜に構えていた自分と同じなのだ。
『僕、捨て駒でいい。一番強いやつと当てて!』
 初めて出場した全国大会で、彼はチームの勝率が上がるなら何だってすると言い、以来ずっと仲間みんなを支えてきている。西田とはいい友人になっているし、筑波も駒野に一目置いている。「三字決まりは穴がある」と千早の欠点を指摘したのも彼だ。その駒野の一言で、奏も千早のお手つきの多さについて苦言を呈した。
(……捨て駒、か。……チーム、みんなのための……)
 翻って自分はどうなのか。

 部を作ったのは三人で交わした約束を果たすためだったのは間違いない。けれどその思いが少しずつずれていったのも事実だ。千早への気持ちを自覚する以前も、彼女の視線の先に新がいる事には複雑な感情を持っていた。
『……なんや、戦う前からほんな怖い顔してるんか?』
 若宮詩暢との初対戦後、思い悩んでいた千早に自分が何をどう言っても通じなかったのに、試合会場で顔を合わせただけの新が笑みながら告げたその短い一言は、あっさりと千早の心を軽くしてしまった。
(それが新とのかるた歴の差から来てるのは、競技者としては、分かってるんだ。……だけど、ろくろく会ってもいない新が、顔見ただけで気付いてしまう。気付けてしまう。……千早が一番欲しかった言葉を掛けられる。まるで、魔法みたいに……)
「……聞いて、くれないか。駒野」
 小さな声で切り出すと、駒野は正面から太一に視線を合わせてきた。







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written by Hiiro Makishima