It's time to say...
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「……表に居たで、さっきちょっと話途中やったんやけどさ」 湯飲みをテーブルに戻して新は口を開いた。 「あ、うん」 千早も新に倣って姿勢を正す。 「公園で千早、太一にやっぱ申し訳ないみたいな事言うてたやろ。……千早がそう思うのは、おれも分かる。ただ、おれはちょっとだけ意見違うんや」 「……って言うと?」 新は少しだけ言葉を探すように口を閉じ、それからゆっくり話し始めた。 「かるたでもそうやけど、勝った方が負けたもんに『勝ってごめん』なんて言うもんでないやろ。……勿論おれらの事は、勝ち負けって話ではないけど、太一からしたら大差ない事でないんかな」 「それは……確かに私も前に詩暢ちゃんに負けた後、手加減しないでくれてありがとう、って言ったし、新が言うのも分かるんだけど……」 やはり長い付き合いのある太一には、恋ではないにしろ「情」はある。そう答えると新は逆らわず頷いてきた。 「情、って言うたらおれもそうや。なんせ生まれた時から隣同士やったしの。ほやで否定はせんよ。ほんでもずうっと『ごめん』って考え続けるのも、なんか違うって気する。……今はおれらどっちも、太一や由宇に話したばっかやで、千早がそう感じるのは当然やけど」 今言われた新の言葉を千早は心の中で反芻してみる。 (……『ずうっと』って、いつまで? ……太一が新しく好きな人見つけて、吹っ切れるまで? ……でもそれって、いつ?) 自分の心に問い掛けてみて、確かに新の言う通りだと千早にも飲み込めた。 「……うん。……新の言う通りだね。今ね、ちょっと考えてみたの。ゴメンって考え続けるとして、『いつまで』? って。……もし太一に新しく好きな人が出来れば、もちろんそれでいいんだけど、その日が来るのはいつか分からない。私達が太一に誰か見つけなさいって言える事でもない。……ごめんって感じるのって、私の自己満足に過ぎないんだ」 千早は長々と溜め息を漏らす。 「あ、いや……責めてる訳でないんや」 少し慌てて新は言葉を継いだ。 「ただほんでも、今はおれらみんなが、お互い誰をどう思ってるか知ってもてる。……知らんかった頃には戻られん以上、考えるべきは『知った上でどうするか』でないかな、って話や」 「……新は、何か考えてる?」 千早の問いに新ははっきりと首を縦に振った。 「まあほんな大層な事でないよ。千早やおれの決断はあれで良かった、この二人はこれでいいんやって由宇とか太一が思えるぐらいの方がいいんでないんか、って。……なんせ二人も振って付き合うんやし」 かるたでも同じ事が言える、と新は話を続ける。 「もし、自分を負かした相手が、例えばすぐにかるたに飽きてやめたりとか。おれやったら、ほんな相手に負けたって悔しさもあるで、負けた事自体認める気になれんやろうって気する」 「あ、それは私も分かる。すごく強くて、一生懸命な人にだったら、自分の努力が足りてなかったんだって納得出来るから」 今度は千早も力強く返してきた。 「うん。ほやからおれは、二人の前でも堂々としてたい。もしも二人がおれに、千早をどう思ってるって聞いてきても、好きやって正直に答えようって思ってる」 言い切ると、千早は目を丸くして新を見る。 「……何?」 「新って、凄いなあって。言い切る強さもだけど、物凄く率直……」 千早がそう言った途端、新の顔は真っ赤に茹で上がる。 「いや、おれ……千早を見習っただけやし……。それも六年前の千早が言うてた事をや」 「え、私? ……新が見習いたいって思うような事、何か言ったかなあ……」 首を傾げている表情を見れば、千早には本気で自覚がなさそうだった。 「うん。一杯あるざ。……千早にとっては、当たり前すぎて覚えてえん事なんかも知れんけど、おれは凄い嬉しかったんや」 「まあ……新がそう思ったんなら、私もそれでいいけど。……ちょっと照れちゃうかな」 はにかんだ表情に、新の胸がドキリと高鳴る。 「率直ついでに、言うても……いいか?」 「勿論いいけど、何?」 自分の心臓の音がこんなに煩いのは生まれて初めてだと新は意識の隅で考える。 「……ドン引きしたら、そう言うての」 「引くかどうかも、聞かなきゃ分かんないよ、新」 「それはそうなんやけど。……えーと、ほやでさ……」 (これのどこが『率直』なんや……しっかりせえま、おれ……) 「あの、さ。おれ……な、……千早にキスしたい……って、思って……」 (……どうしよ、言っつんた……引かれたかもや……) 自分が口にした事の気恥ずかしさで頭が一杯になり、向かいに座っている千早に視線一つ向けられなかった。 「……」 小さな折り畳みテーブルの向こう側で、自分から顔を逸らした新が首筋まで真っ赤になっているのが見える。 (今の、聞き間違い……じゃない、よね? ……えっと、えっと……どうしよう……) 『ドン引きしたら、そう言うての』 その直前に言われた一言がふと千早の脳裏で再生された。 (……新は、真剣に言ってる。恥ずかしくても、引かれてもって、正直に……言ってくれたんだ……) 真剣さには同じだけの真剣さで返したい。そう思った千早は静かに床から立ち上がり、新のすぐ隣に座り直した。 「……え?」 気配に気付いた新がようやく千早に視線を向けてきた。 (心臓が……すごくドキドキ鳴ってる。恥ずかしい、けど……) 一度だけ新にまっすぐ視線を向けてから、千早はそっと両目を閉じた。 「千早……」 新の中で、受け入れてくれたという喜びと、自分の思い切りの悪さで千早に恥ずかしい思いをさせてしまったという申し訳なさが何度も交錯する。そのごちゃ混ぜの感情が、千早の長い睫毛が小さく震えているのを見て一気に消え失せた。 「好きや、千早……」 触れたら壊れてしまいそうで、新はそっと千早の肩に腕を回す。指先が触れた瞬間、千早の睫毛がまたぴくり、と揺れる。思い切って顔を寄せていき、とうとう唇が千早のふっくらした唇に辿り着いた。 (……柔らかいん、や……) 千早はいつも表情が豊かだから、もっとピンと張った、採れたてのサクランボのような感じがしそうだと、新はずっと思っていた。 (柔らかいし……甘い。想像してたのと、全然違う。……ほやけど、物凄く……気持ちいい……) もっと欲しい、と新は肩に回した手に力を込めて口付けを深くした。 「……ん……」 鼓膜を打つくぐもった千早の声は、今まで聞いたどんな声とも違い、耳から新の心臓と脳天に稲妻が閃くような衝撃さえ感じるようだった。それまで身体の脇に下ろしたままだった千早の手が新のパーカーの袖をきゅっと掴む。その弾みに唇が離れた事が残念で仕方がない。 「……あ……」 合わさっていた唇が離れた時、吐息のような新の声が千早の耳に届いた。ゆっくり目蓋を開けると、熱っぽく、泣きそうにも見える新と視線が交わった。 (……こんな時って、どんな顔したらいいのか分かんないよ……) 嬉しいのか恥ずかしいのか、千早は自分の感情がはっきりしない。 (でも、嫌じゃないのは……ホントの気持ち。それは、分かってる……) 「……千早……」 新に名前を呼ばれた途端、また鼓動が早くなる。 「あ……新、あの……」 「……ごめん、嫌、やった……?」 自分に向けられる新の目。そこに浮かぶ表情がまた変わる。千早を傷つけてしまっただろうかと、その目が問うている。 「う、ううん。……その、は、初めてだったから、き、緊張、して……どうしていいか、分かんなくて……でも、う、嬉しかった……」 そう答えると眼鏡越しの瞳に安堵の色が浮かび、次の瞬間千早の身体は新の両腕にしっかり抱き締められた。 |