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It's time to say... 7



 「……あのさ」
 少し気分が落ち着いてから、新が口を開いた。
「由宇にも聞かれたし、変かも知れんけど、おれな。千早の返事聞いてえんかった間も、おれらにはかるたでの絆があるっていう気持ちもあって、不安とか焦りってあんま感じてえんかったんや」
「……うん」
 千早も静かに相槌を打つ。
「おれの本来の性格考えると、自分でも結構びっくりなんやけど……もし千早の返事がノーやったとしても、それは千早の決断やで受け入れるって、何でか自然に思ってた。多分、それもかるたがあるおかげやろうな」
 そこで新は一度言葉を切り、千早の方に向き直った。
「……ほやけどやっぱ、今、千早から直接聞けたのは凄く嬉しいし、幸せや、って思う。……改めて、受けてくれてありがとう」
「え、や、私こそ……去年、新から好きって言われて、最初はびっくりしたんだけど……強い人と戦うのに緊張して、息が詰まりそうだった私を楽にしてくれたのは、新のその一言だったの。だから、やっぱり新にもゴメン。自分の気持ちが軽くなれてたんだから、もっと早く返事しておくべきだったんだけど……」
 千早は少し、言い淀む気配を見せる。

 「……太一の事か?」
 新の短い問いに千早はこくりと頷いた。
「うん……医学部受験で、夏の選手権で部活のかるたは引退だったし……そんな難しい大学受けるんだから、私の個人的な事で邪魔とかしたくなくて。……確かに太一は頭いいけど、ストレスとかに弱いし、かるたでも運命戦で全然自陣が出ないぐらい、肝心な時の運がないから」
「別におれに謝る事ないざ? 気持ちは分かるつもりやし。……ほやけど太一、ほんな運悪いんか……」
 むしろ新には、千早が最後に言った「太一の運命戦は自陣が出ない」の方が気になった。実際にそうなのかはともかく、傍から見て「絶対出ない」と言い切られるというのは相当だ。
「うん……団体戦なら札合わせするから出る事もあるけど、個人戦では出てない」
「はあー……」
 そうやって実例を挙げられると、新は嘆息するしかない。勿論強い相手に食い下がった結果運命戦になった試合もあるだろうし、太一としてもそうなる前に勝負を決めたいのは間違いないだろうが。

 「あ、太一で思い出した。……おれ、さっき話聞いてて……一個だけ、ショックやったんや」
 バツが悪そうな顔で新は切り出した。
「さっき、さ……部室での話ん時。太一……だ、抱き締めたって言うたやろ。……千早の事。太一の気持ちも分かってるつもりやし、千早はただ正直にありのまま言うただけやって、頭では分かってるんやけどさ。……ごめん、これってただの……ヤキモチやな」
「あ、えー……っと……。じゃ、じゃあ……」
 千早は素早く辺りを見回して、ベンチから立ち上がると、新の手を引いて立たせ、無防備な懐に身体ごとぶつかっていった。
「わっ?!」
 咄嗟の事によろけそうになった新は両足を踏ん張り、反射的に腕を伸ばして千早を抱き留める。その体勢になってようやく千早の意図が飲み込め、背中に回した手に思わず力が入ってしまった。
「えっと……あ、ありがとの……」
 腕の中にある細い身体の起伏や髪の匂いに意識が惹き付けられて、一体、何をどう言っていいのか訳が分からなくなる。
「あ、歩こ……か?」
 急に、ここが屋外の開けた場所だと思い出して新の額に汗が滲む。
「え、あ……うん」
 腕を離すと千早の身体が新からゆっくり離れる。それはそれで酷く勿体ないと感じ、新は自分の我が儘さに閉口したくなった。

 「あ、そっか。炊飯器とかオーブントースター買わないとって言ってたよね、新」
 千早が普段通りに話してくれるので、新も幾分気が楽になる。
「うん。……あ、ほう言うたら、おれ今の住所ってまだ千早に伝えてえんかったな。……ちょお待って」
 新は鞄から自分の手帳を取り出し、アパートの住所を手早く書き付けるとそのページを切り取って千早に手渡した。
「ありがとう! ……割と大学の近くだよね? この住所」
 携帯の電話帳に手早く住所を入力しながら、千早が聞いてくる。
「ほや。まあ、何も変わったもんもないし、狭いけど、気が向いたら遊びに来ねの」
「うん、見てみたい。……今までってさ、お互いあんまり普段の生活って見てないし」
 言われてみればその通りだった。物理的な距離のせいもあるが、顔を合わせるのは試合の時ばかりで日常生活の事など殆ど話した事はなかった。

 「けど……ほやなあ。昔のアパートも、一番最初のお客さんは千早やったし。……今回もっていうのも、いいかも知らんな」
 初めて二人でかるたを取った雨の日を懐かしむような新の言葉で、千早の顔にも笑みが浮かぶ。
「んーと……か、買い物したら荷物置きに戻るけど……。く、来る……か?」
 昔のアパートには家族と一緒に住んでいたが、今は一人だ。それを不意に思い出し、新の言葉から滑らかさが失せてしまう。
「あ、うん。行ってみたい」
 屈託のない様子を見て、新の肩からも力が抜ける。軽く笑い返して歩き始めた。
「そうだ、新。引っ越し祝い、何がいい?」
「気持ちだけでいいって。さっきも言うたけど狭いで、あんま色々物は置けんし」
 狭いのも事実だが、かるたのために床のスペースを確保しておきたい新は、実家から運び入れる物をかなり絞り込んだ。それを話すと千早の顔にも納得の色が浮かぶ。

 一緒に家電量販店に行き、買ったばかりのオーブントースターを膝の上に置き、電車のシートに並んで座る。そんな些細な事がここまで心を暖かくしてくれるのかと、新は生まれて初めて知ったような気がした。
「……千早って、食べ物の好き嫌いあったっけ?」
 買った物からの連想で、新は聞いてみた。
「好きな食べ物はあるけど。チョコとか。でも嫌いなのは別にないかな。新は?」
「おれか? 食う分には嫌いって訳ではないけど、作ってる時の匂いが苦手なのはある。……自分とこの郷土料理にほんな事言うたらアカンかもやけど」
 新の言葉に千早は朗らかな笑い声を上げてくれ、それが嬉しくてまた話したくなる。
「新、今年はどの大会出る予定?」
「ほやなあ……旅費との兼ね合いもあるけど、いっそ福井大会とか。今までホームやったけど、今度はアウェイで試合してみるのも面白そうやな、って、今喋っててちょっと思った」
「私もエントリーしようかな。まだ間に合うよね?」
「参加要綱出るの、多分五月中旬やざ。原田先生が掲示板に貼ってくれる筈やし、白波会通して申し込めるやろ……って、あ。おれもか」
 つい去年までの癖で、南雲会の栗山先生が手配してくれるつもりになっていた、と新は苦笑を浮かべる。

 「福井大会って、参加者多いって聞いたから楽しみだなあ」
「……うん。A級だけでも百人超える時もあるし」
 A級が百人、と聞いた千早の両目が爛々と輝く。
「宿は南雲会の誰かに聞いてあげられるで、申し込み済ませたら知らせての?」
「やった、ありがとう! ……あ、安いとこでいいから。高校の時も色々出たかったんだけど、部費がねー……。一年目なんか年間三千円だよ?」
「えぇ? ……三千円って札買ったら、あと小銭やが。……畳は、どしたんや?」
「え? ゴミ置き場に六畳分捨ててあったから、太一と二往復して運び込んだよ」
 千早はあっけらかんとしているが、「仲間を見つけてかるたがしたい」という思いの強さを新は素直に尊敬したくなった。電車が減速を始めたのが身体に伝わり、二人は降りる用意を始める。

 駅からしばらく歩き、細い路地に入ると築年数は結構経っていそうな建物が見えてくる。
「……一階の、一番端っこ。おれの部屋や」
 日課の素振りの音が周りの迷惑にならないよう、新は上階の部屋を避けて住まいを決めた。それでも真上と隣だけはどうしても響いてしまうだろうと思い、入居時に手土産持参で頭を下げておいた。
「新ってそういう所、凄くきちんとしてるよね」
「じいちゃんが礼儀には厳しかったんや。……かるたの名人らしくって事抜きにしても、出来て損はない事やし」
 隣人との生活時間帯の差と、祖父の厳しい躾のおかげもあって、新の素振りの音は今の所何も言われないでいた。
「まあ、上がって」
「あ、お邪魔しまーす」
 新に招き入れられて、千早は靴を脱ぐ。六年前の雨の日を思い出して千早は小さく笑った。
「適当に座っててや。お茶持ってくで。……あ、お客さん使って悪いんやけど、そこに畳んであるテーブルだけ出してくれるか?」
「うん、分かった。て言うか、そんな『悪い』とか言わなくていいよ」
 小さな折り畳みテーブルを立てながら千早が言うと、茶盆を手に部屋に入ってきた新は照れたように笑う。
「……まあ性分や。悪いけど慣れてや」
「また言ってるし」
 穏やかな時間が二人の間に流れているのを改めて実感し、顔を見合わせて笑い合った。 



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written by Hiiro Makishima